変態
「ユウ君も知らない、記憶喪失以前の記憶を。」
記憶喪失以前の記憶。
つまり、俺が姉さんと会う前の記憶。
興味がないと言えば嘘になるが、必要ないと言えばそれまでだ。
「そんなものを見てどうするんだ?」
「さぁ?それは見てから判断します。」
「なんだそりゃ。」
「ちなみに、おそらくその記憶は私が見るだけです。ユウ君には見せてあげられないと思います。」
「ええ…?」
相変わらずめちゃくちゃだな。
俺の物なのに、俺に共有する気が無いだと?
「なんか協力したくなくなってきたな。」
「そう言わないでください。キスしてあげますから。」
「アカネみたいなことを言うな。そんなんで俺が素直に首を縦に振ると思うなよ?」
「二人きりの時に他の女性の名前を言うとは感心しませんよ。」
頭をガッチリ両手で掴まれる。
弱々しく見える手だが、抵抗しようにもビクともしない。
契約があるから神通力の無力化を使うわけにもいかんし。
「本当に嫌だったら抵抗してくださいね。」
「い、いや…そもそも逃げられないんだが…」
徐々に近づいてくるユリヤの顔、
というか唇。
顔自体は非常に整っている。
間違いなく美人の分類。
頭の中はかなりぶっ飛んでいるサイコ野郎だが、流石に緊張してしまう。
「中々に失礼ですね。ですが、ユウ君なら許せてしまうのが不思議です。」
もうほとんど目の前まで来た顔。
コイツ、本気なのか?
いっそのことキスでもなんでも好きにやらせて、俺にベタ惚れさせたら最終的に狩人を寝返ったりしないだろうか?
「それは非常に面白い考えですね。」
息を肌で感じるくらい近づいたものの、ユリヤはそっと離れた。
顔もその両手から解放される。
「やはり、こういうのはお互いの合意が大切だと思います。」
「ようやく分かってくれたか。」
「ですが…先程のユウ君の考えが魅力的過ぎて、このままめちゃくちゃに…なんてことも正直考えました。」
「頼むから考えるだけにしておいてくれな。」
「悩ましいです。」
ユリヤは本気で悩んでいる。
煩悩と理性が渦巻き、戦っている。
煩悩が勝てば、俺は『めちゃくちゃ』にされてしまうのだろうか?
「そんな目で見ないでください…。そそるじゃないですか…。」
俺は慌てて目を閉じた。
確信した。
ユリヤはドが付く変態である。
これ以上、ヤツを刺激してはならない。
しかし、目を閉じたのとほぼ同時だった。
右の頬に柔らかい感触。
すぐに目を開けると、どうやら不意打ちでキスされてしまったようだ。
「今回は、この程度にしておきましょう。」
「今回で終わりにしてほしいものだな。」
「ふふっ。実は今、私は1つ大きな『賭け』に勝ったのです。」
また急に何を言い出すんだ?
「先程の契約、覚えていますか?ユウ君が追加した物です。」
「俺が追加した…?『俺の意思をねじ曲げるような操作や誘導』の禁止ってやつか?」
「ええ、そうです。ユウ君が心の底から私を拒否していれば、キスしたと同時に私はユウ君に絶対服従になるはずでした。私のこと、少しは異性として見てくれているのですね。」
「いや、それは勘違いだろ。操作や誘導なんて…」
考える。
先程のユリヤの言葉。
そんな目で見ないでください
…俺にキスするために、俺が目を閉じるように『誘導』したということか?
俺が本気でコイツを拒否していれば、それで勝敗は決していた…?
「そういうことです。」
「だが最初だって…」
いや、最初も同じだ。
俺はユリヤに『操作』されていた。
逃げようとしても頭を掴まれ全く動けず、ただ結果を受け入れるしかなかった。
ユリヤは気まぐれで止めたが、あのままキスまでいっていたら俺に絶対服従していた?
…おそらくそれはない。
「そう。あなたは私を心から否定していない。劣情か、優しさか、興味心かは分かりません。…私は前者の2つを期待しますが。」
「…もうさっさと本題に入ってくれ。」
これ以上、この変態と話していても疲れるだけだ。
記憶だかなんだか知らんが、もう好きにさせよう。
「ありがとうございます。では私をそこのソファまで運んでもらえますか?」
「ん?ああ、分かった。」
ユリヤの背後にいって車椅子を押そうと思ったが、横に並んだところで手を掴まれて止められる。
「なんだ?」
「私の子供の頃の憧れに、騎士に抱き上げられる姫…という構図がありまして。」
「………」
めんどくさいから何も言わない。
ユリヤの左手を取って俺の肩に回し、両ひざを左腕で受ける。
右でユリアの上半身を支えて立ち上がる。
これはズバリ…お姫様抱っこ、というやつだ。
「ああ、素敵です。胸が高鳴って…またキスしたくなってきました。」
「よし、来い。」
今度はこの変態を服従させられる気がする。
「…いえ、やめておきましょう。悪いことを考えていますね?」
バレたようだ。
ユリヤをソファまで運び、上半身からゆっくりと座らせる。
「優しいですね。ユウ君は紳士です。」
「機嫌を損ねたくないだけだ。」
「また強がりを…。まあいいです。ではユウ君、こちらに。」
ユリヤは座りながら両手を広げて、俺を見る。
何がしたいのか、求めているのか分からない。
「こちらに?どういうことだ?」
「察しが悪いですよ、ユウ君。じゃあ私の隣に座ってください。」
「…分かった。」
特に気にせずユリヤの隣に腰かける。
「これで良っ!?」
頭を掴まれたのだと思う。
すごい力でユリヤのほうに持っていかれ、身体も同時にユリヤの方に倒れ込む。
「殺す気か!?この野郎!!」
首が痛い。
当たり前だ。
俺の反射神経で合わせなければ、頭だけ持っていかれてたのではないかと不安になるぐらいだ。
「失敬な!これは膝枕と言って、日本の漫画にもよく出てくる由緒正しい…」
「やり方が間違ってるんだよっ!!」
コイツはダンクシュートのやり方でも見たのだろうか?
膝枕で首を折りかける漫画などないと思いたいが…。
「膝枕がしたいならそう言えば良いだろ。」
「…少し、恥ずかしかったので。」
コイツの恥ずかしい基準というのが全く分からない。
「…で?記憶を見るんじゃないのか?」
「はい。この体制が一番制御しやすいので。ユウ君も記憶の喪失の後、神楽さんと出会うくらいまでは一緒に行きましょう。ソコから先は多分行けませんが。」
「行くって何を言って…」
途端、目まぐるしく景色が変わる。
場所が変わる。
時間が変わる。
ここは、俺の記憶?
そうですよ。
私は1度見ていますが、ユウ君は初めてなのでもう一回ゆっくり見ましょうか。
正確には初めてじゃなくて2回目と言うべきじゃないか?
ふふっ。そうかもしれませんね。
さぁ、楽しいデートの始まりです!




