姉さん
「どうやら逃げられてしまったようですね。全く気配が掴めません。とても面白いです。」
微笑みながらこちらに話しかけてくる彼女。
車椅子から落ち、地面に這いつくばっている割には明るい表情を見せる。
「改めまして、ユリヤ・ロマノワです。」
杏が手を貸し車椅子へと腰を下ろした彼女は、先程までのことなどまるで何もなかったかのように平然と自己紹介をし始めた。
「ユリヤ様。本当にありがとうございました。私はあの時壁を壊されて動揺し、ただ死を待つのみでした。」
クロードは礼を言う。
その通りだ。
この女の邪魔さえ入らなければ確実にクロードは殺れていた。
これ以上なく、完璧なタイミングで乱入されてしまった。
「ユリヤ様!私のこと、覚えていらっしゃいますか…?」
杏が歓喜と不安を押し殺しつつ、自分のことを尋ねる。
憧れの存在と再会できとことの歓喜と、自分のことを忘れ去られているかも、という不安。
「お久しぶりです、涼宮杏さん。最後にお会いした時より随分明るい表情をされるようになりましたね。きっと、良い友人に恵まれたのでしょう。」
「ユ、ユリヤ様…。」
感極まり泣き出してしまう杏。
泣いて抱きついてきた杏の頭を、彼女は優しく撫でていた。
「初めまして、ユリヤ様。私は天地神楽と申します。お会いできて光栄です。」
姉さんは礼儀正しく綺麗なお辞儀をしてみせる。
うん、美しい。
だが、ユリヤの反応は少し不可解だ。
少し目を見開いて姉さんを見る。
驚いているようだが、何かあったか?
「アナタが、彼女の妹の…」
そうユリヤが言葉を発した瞬間、姉さんから激しい動揺が伝わってくる。
おまけにアカネもなんだか落ち着かない様子でオロオロと姉さんとユリヤを交互に見ていた。
というか、聞き捨てなら無いことを聞いた気がする。
彼女の妹?姉さんが?彼女って誰だ…?
姉さんからは聞いたことがない。
姉さんは唇を噛んでうつ向いてしまっている。
アカネを見るとちょうど目が合い、しかし即座に逸らされる。
なんなんだ、さっきから。
ダメ元で、杏を見る。
杏も最初から俺を見ていたのか、すぐに目が合ったがアカネ同様に逸らされる。
どうやらここにいる殆どの人間に心当たりがあるようだった。
クロードだけはポカンとした様子だったが、ババアの方は何やら憮然とした表情を浮かべていた。
「姉さん、妹っていうのは一体…?」
言葉通りに捉えるのなら、ユリヤの言う『彼女』というのは姉さんの姉さんということになる。
しかし、俺はそれを今まで全く聞いたことがない。
俺が、初めて姉さんの弟になってから、
ずっと。
「姉さん…?あなたは山田太郎さんですよね?」
真面目な話をしたいのにこの女はまだそんな嘘を信じていたのか。
いや、よく考えたら国籍も違うのだ。
日本人のよくありそうな名前だと、むしろ分かりやすく納得してしまったのかもしれないな。
「山田太郎?何言ってんだ、ユリヤ。ソイツはユウト。神楽の……弟だ。」
間違いを訂正するのはいいが、弟で何故言い淀む?
「弟…?彼女には弟はいない筈ですが…」
「ユリヤ!空気!空気!!」
アカネが焦ってユリヤの袖を引いているが、
やはりアカネは…いや、俺の周りの人間は、俺に隠し事をしているということは見て取れる。
それには姉さんも含まれる。
姉さんが、俺に隠し事?
鬼憑きや狩人のことなら理解できる。
俺を危険から遠ざけるため。
分かりやすく、姉さんの立場で考えても納得できる。
しかし、家族のことはほとんど聞いていなかった。
俺が家族になる前の、
本当の家族の話を。
両親のことはアカネからコッソリ聞いていた、というか無理やり聞き出した。
既に亡くなっていると。
しかし、姉がいたなんて聞いたことがない。
アカネや杏のばつの悪そうな顔を見る限り、口止めされていた可能性が高そうだ。
「ユウ君…」
姉さんは、何かを覚悟したかのように強い目で俺を見つめてくる。
目には力があるが、精神的には未だ動揺が強く残っていた。
「今まで話せなくてごめんなさい。私が弱かったから、どうしても話せなかったの。今から言うこと、落ち着いて聞いてくれる?」
「…うん、姉さん。姉さんの話なら俺、何でも聞くよ。」
聞きたい。
俺の知らない、姉さんに関する話。
姉さんの大切な人の話。
それを、姉さんの口から。
「私にはね、お姉ちゃんがいたの。」
それは俺が初めて姉さんに会う前の、
更に前まで遡る。
お疲れ様です。
次回は神楽の回想となります。
一応、匂わせていたユウトと神楽の関係性。
それを一部明かしていくような展開となっていく予定です。
大きい区切りとしてまもなく山場を迎えようとしております。
頑張って書いていこうと思いますので、応援よろしくお願いします!




