始まるテストと越えた一線
身体に打ち付けられる暴力的な風圧が少しずつ減ってきて、ようやく視界が少し開けてくる。
辛うじて確認できたのはたくさんの木だ。
ここはおそらく…
どんどん勢いが減少していき、先ほどまでとは裏腹にゆっくりと着地をした。
とても既視感がある場所だ。
「前もどこかで見ていたのか?」
ここは俺が高橋と戦った場所だ。
偶然なわけはないだろう。
コイツ…シロやクロという鬼憑きには読む力が通じない。
見られていたとしても気付けなかったんだろうと予想する。
「ふふっ、答えはNoよ。見たいからココに連れてきたの。」
シロはNoと言う。
しかし、それならばこの場所であることが不可解だ。
嘘をつく理由はないだろうが…
それに、見たいというのは?
まだ何が何だかさっぱりだ。
質問を続けようとするが、そこでまた別の違和感を感じる。
それは視線だ。
それは悪意であり、殺意だ。
俺を殺そうと木の影から様子を窺っている。
しかし、何故だろうか?
殺意の中に『恐怖』がある。
俺の何を恐れている?
俺を知っている存在なのか?
一旦、シロから目を切って辺りを見回す。
自分のことに必死で気付かなかったが、
探ろうとせずとも異変はそこらに転がっていた。
「アレはお前…シロがやったのか?」
お前、と言うと睨まれたので名前に呼び直してソレに指を指す。
俺の指差す先にはバラバラの人間の部位がいくつか転がっていた。
頭もいくつか転がっているが、その内のひとつには見覚えがあった。
あの顔は…龍堂菊と一緒にいたのを見たことがあるな。
つまり、ここに無惨に散らばっている死体は雑木林を捜索していた狩人達か。
「さぁ、どうかしらね?」
シロは口元に笑みを浮かべながらこちらを試すように見ている。
テストはもう始まっているということか。
すぐに状況が動くわけではなさそうだ。
殺意にだけ注意をしておいて、頭の中で状況を整理し、論理を組み立てていく。
「…ここに連れて来られる前に、うちのメンバーがコイツらと連絡を取っていたようだった。会話の内容的にな。だが、今となってはバラバラの死体。死んだのはついさっきということになる。辺りに散らばっている血痕もまだほとんど乾いてないようだしな。」
「…それで?」
「シロは俺を運んでいたし、その前の犯行だとしても流石に余裕が無さすぎる。これだけ汚い殺しかたをする割には返り血もないし、血の匂いもしなかった。…シロは犯人の可能性は非常に少ない。となると、犯人は今回の騒動の大元の鬼憑きだ。」
「へぇ、そうかもしれないわね。」
ニヤニヤしているだけで、向こうからは答えを言う気はないらしい。
「じゃあ、そこのヤツに聞いてみるとしよう。」
身体の向きを45度程度左に。
「そこに隠れてるヤツ、出てこいよ。」
反応はない。
だが、いる。
足元に転がっていた小石を手に取る。
「おまえだよ、おまえ。」
特に力を込める必要はない。
軽く投げて、ソイツが身を隠している木にしっかりと命中させる。
ゆっくりと人影が現れていく。
髪は短く、筋肉質な身体の若そうな男。
そして赤黒く変色している両腕。
どうやら膨張と収縮を繰り返しているようで、まるで腕だけ別の生命体であるかのように脈を打っている。
こういうのも異形と呼ばれる者に分類されるのだろう。
しかし、それよりも気になることがある。
あれ?こいつどこかで見た気が…
「へへっ、久しぶりだなぁ。天地優人ぉ…」
やはりというか、コイツは俺を知っているらしい。
「…すまん。誰だっけ?会ったことはあるんだろうが…」
「…くっ、くくっ…どこまでも人を舐め腐った野郎だ。」
男の怒り、そして殺意が増大していく。
喉まで出かかっているんだが、ハッキリ思い出せない。
どこかで見たのは間違いないが…
「彼はとある学校で教師をしているらしいわ。」
背後のシロから声がかかる。
「教師だと?…ああ、あの時の金魚の糞野郎か。」
シロのヒントでハッキリと思い出せた。
コイツは以前に例の女子生徒が被害にあった件で休校が決まった日、校門前で絡んできた教頭の隣でふんぞり返ってたやつだ。
小物過ぎて俺の中から存在を抹消していたから思い出すのに手間取った。
俺に殺意や恐怖を向けていたのも納得だ。
殺意に関しては俺に対する逆恨み…といったところだろう。
実に小物らしくて分かりやすい。
あの時は一方的に教育してやったから、その時の恐怖も頭の片隅に残っているということだ。
「久しぶりだな。ええっと…名前は知らんけど、確か体育のやつだよな。」
「…テメェはぶっ殺す!!」
会話のキャッチボールができないやつだ。
鬼憑きとなってすごい力が使えるようになったと言っても所詮は小物ということだな。
「おいお前!もう良いのかっ!?」
何を言っているんだ?
と疑問に思うが、どうやら俺ではなく俺の後ろにいるシロに話しかけているようだ。
「ええ、良いわよ。存分にやりなさいな。」
「へへっ、言われなくてもなぁ…。」
シロから何かしらの許可を与えられた男は怪しい笑みを浮かべながら俺を見る。
この後の展開はもう予想できるが…
「一応聞くが、俺はどうしたら良いんだ?」
背後のシロに話しかける。
「テストは続いているわ。私は見ているだけよ。逃げても隠れても良いけど、とりあえずは死んだら不合格ね。」
「そりゃそうだろうな。」
死んだら見込み違い、ということか。
倒しても合格なのかどうか分からないのは質が悪い。
「そういえば言い忘れていたけれど、もう能力を使って良いわよ。」
「了解した。」
「余所見してんじゃねぇ!クソガキッ!!」
突如として拳大の大きさの石がすごい勢いで飛んできた。
「うおっと!?」
間一髪のところで左に転がって避ける。
殺意には警戒していたが、予想外の攻撃だった。
ここにある狩人たちの死体はコイツの仕業で間違いないだろうが、石を投げたところであそこまでバラバラになったりはしないはずだが…コイツの能力は一体?
とりあえず、このまま投石攻撃を繰り返されるのは厄介だ。
もう少し距離を詰めて神通力の無力化で確実に動きを止めよう。
まずは隙を作らないとな。
「テメェは俺を散々コケにしやがったからなぁ。すぐには殺さねぇぞ。飽きるまでいたぶって、両腕両足をぶっちぎってダルマにしてやる!楽しくなるぜぇ!!」
ニタニタ笑いながら言ってる。
アイツの頭の中の俺は四肢を捥がれて
泣き叫んででもいるのだろうか。
「妄想垂れ流してないでさっさとやってみろカス。」
「上等だコラァ!!」
ドゴォッ!!
男がものすごい勢いで突っ込んできた。
勢い任せの突進を再び身体を転がしてなんとか無傷で避ける。
結構ギリギリだった。
ヤツの立っていた地面が大きくめり込んでいて、かなりの衝撃であったことがよくわかる。
「ちょこまかしやがって。逃げるのが精一杯ですってかぁ?クソガキ。」
「お前こそ。せっかく特別な力を得ても結局は力任せばかりか?もっと面白いもんを見せてくれよ。それとも、ハゲ教頭の金魚の糞には石投げたり突進することしかできないのかなぁ~?」
憎たらしい声で、顔で、仕草で。
俺の全身全霊をもって、全力でこの男をバカにする。
多分、この男から見た俺は世界で一番腹が立つ存在だろう。
「どこまでも舐めやがって…このっ、クソガキがぁー!!」
咆哮と同時に奴の身体から大量の神通力が溢れ出てくる。
おそらく俺が狩人として神通力の無力化を得たのとそう変わらない時期に鬼憑きとなったいるのだろうが、出力は姉さんにも匹敵しているように感じる。
まぁ姉さんの本気を見たことが無いから一概には言えないが、危険な存在であるのは間違いないだろう。
強力な鬼憑きであるならユキの役に立つかもしれない。
またコイツには上下関係を一から叩き込んで、死ぬまでこき使ってやるとしよう。
「はっ、少し小手調べで遊んでやろうと思ったら調子に乗りやがって!後悔すんなよクソガキ!もう遊びは無しだ!さっさと肉だるまにしてやるとするぜっ!泣き喚きながら命乞いするお前を町中引きずりまわして!何もできない無力で死にかけのお前を…」
またしょうもない妄想を口から垂れ流し始める。
大言壮語が過ぎるのも小物の特徴らしくて見ていて滑稽だ。
俺は吞気に聞き流しながらさりげなく、少しずつ距離を詰めていった。
しかし、その後に続くヤツの言葉に俺は心の底から驚愕し、絶句し、吐き気を催し、
眩暈がして、足を止めることとなる。
「お前の姉の前に引き出す!そしてっ!絶望している天地神楽を犯して犯して!犯し尽くしてやるんだっ!!」
コイツハイッタイ、
ナニヲイッテイルンダロウ…?
脳が理解することを拒否する。
言葉を受け入れないように、全神経が注ぎ込まれている。
身動きが取れない俺を見て男は気を良くしたようで、勢いを増してその醜い口で妄想を吐き出し続けた。
「そうだ!俺は最強なんだ!!天地神楽だけじゃぁない!龍堂茜も!それ以外も!全ての女は俺の物にする!!その手始めがお前の姉だっ!そうだ!良いことを思いついたぞ!神楽には特別に俺の子供を産ませてやろう!嫌がる神楽を!無理やり!毎日抱いて孕ませてやるんだ!産まれた子供は『ユウト』と名付けてやろう!最高だろう!?ハハハハハハハハハッ!!」
もうダメだ。
これ以上はもう耐えられない。
一刻も早く、今スグに。
この蛆虫をぶち殺さなければ




