長い日の終わり
アカネに諭された姉さんは泣き崩れてしまい、本日はここまでということになった。
杏が寝室へと姉さんを連れて行って慰めてくれているようだ。
杏はしばらくここに泊っていくとのことなので客室である和室に布団を敷いておいた。
ちなみに、アカネに殴られて痛む指に関しては杏が治療してくれた。
杏は色々と幅の効く力の使い方ができるようで、ちょっと見せて、と言われて手を差し出したらあっという間に痛みが引いていった。
何をしたかは分からないが便利なものだ。
「じゃあ今日はお開きだろうし、俺も部屋に戻るぞ。」
一人残っているアカネに一応、声だけはかけておく。
姉さんと杏が出ていく前から無言だったし、呼び止められないと思っていたが、甘かった。
「ユウト。お前、なんか随分と強引じゃなかったか?」
「強引なのはしょうがないだろ。姉さんを納得させるには一番効率的な方法だったはずだ。」
そう。
強引なのは認めるが、正義はあったのだ。
アカネも俺と同意である以上、必要以上に文句を言われる筋合いはない。
「いや、悪かったって言ってるわけじゃない。ただ、お前らしくなかった。それがずっと気になってる。すごく不思議、いや不気味だな。気持ち悪いんだ。」
「それはそれは。ずっと悩んどけ。それで悩み過ぎて禿げろ。」
めんどくさくなる前にとっとと退散しよう、無視を決め込もう。
「ユウトが神楽相手に『効率』を当てはめたのが信じられない。お前ならどんなに効率が悪かろうが、神楽を最も傷つけない選択を選ぶ…選ぶはずだった。だが、お前は神楽を傷付けてでも賛同を得ようとした。ユウト、おまえ何か隠し…」
「おやすみ」
やっぱりコイツは早めになんとかしないといけないかもな。
自室に戻りベッドに倒れ込んでスマホを操作し、覚えている番号を入力してメグにショートメッセージを送る。
狩人としての訓練を同居人に依頼、難航したがその方向で進む予定なこと。
ユキの関与がバレてしまったこと。
今現在、家には狩人が3人いること。
内、ロリっ子のほうはどうでもいいが、残った2人の内、龍堂茜ではないほうが俺の姉なので、その人間には危害を加えないでほしいということ。
おそらくだが、しばらくは俺の周りに複数の狩人が付いて回る可能性が高いため、接触は極力控えたいという旨を伝える。
常に携帯を持っていたのか、5秒ほどで既読が付き『了解、伝えます』と事務的な文章だけが返ってきた。
メグの無表情を想像すると、なんだか可笑しくなって少し笑った。
作成されたばかりのショートメッセージの送受信ボックスを削除し、スマホを置いて意味もなく仰向けになる。
「疲れた…」
今日は…いや昨日からだが、本当に濃い日だった。
バケモノと出会い、死に物狂いで逃げて逃げて、そしてユキに出会った。
メグという協力者にも。
そして自分の未来のため、姉さんに嘘をつき、泣かせた。
心苦しさはあるが後悔はなかった。
アカネの言う通り、今までの俺なら絶対にあり得ないことだった。
俺は変われるかもしれない。
違う、変わるんだ。
もちろん姉さんを蔑ろにするわけでは無い。
別に姉さんを大事に想う気持ちを捨てる理由なんかない。
ただ、姉さんと同じくらい大切にしたいと思えたユキと一緒にいれるように、
自分の人生を…本気で生きていきたいと、そう思った。
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コンコン
控えめなノック。
アカネは絶対にノックをしない、つまりこれは姉さんだ。
いや、杏の可能性もあるか。
どうぞ、と声をかけるとゆっくり開かれたドアから顔を覗かせたのは杏だった。
なんだ、ロリっ子か…と思ったら続いて姉さんも後から一緒に入ってきた。
どうやら最初から二人組だったようだ、姉さんだけが俺の前まで近づいて来る。
杏は姉さんが入ってきた後ドアを閉めて、その場で待機していた。
邪魔はしない、ということだろう。
「どうかしたの、姉さん?」
分かり切った質問をする。
姉さんは俺をどうするか、それを決めたのだ。
先ほどまでの悲しみに暮れて泣いていた少女の姿はどこにもない。
「ユウ君。さっきはカッコ悪いところを見せて、ごめんなさい。」
「こちらこそ、ごめんなさい。姉さん。」
姉さんが謝罪から入ったので、こちらからも即座に謝罪を入れる。
「ユウ君が謝ることなんて、何一つもないわ。私は…ユウ君のため、ユウ君のため、と考えていた。考えていたつもりになっていた。でも、本当は違った。ただユウ君が傷つくのを恐れて、怖がって。ただ見たくないと、子供のように泣いて懇願していただけだった。」
姉さんは自虐する。
それは違う、姉さんは優しいだけだと言葉をかけたいが、そういう風に展開させたのは俺だ。
だから迂闊に下手な言葉をかけるわけにはいかない。
「ユウ君や、2人が言ってることが正しいのは頭では理解していたの。でも、私が弱かったから素直に頷くことができなかった…でも、」
伏し目がちに話していた姉さんがそこで顔を上げ、俺をハッキリと見据える。
「もう、大丈夫。ユウ君にあの力が宿っているのだとしたらこれはもう…運命。アカネも、私も、杏もいる。それに成長したユウ君が加わればもうどんな鬼憑きにも負けることなんてない!そうよ、全部私たちで倒してしまえばいいんだわ!闇女も!…『仇』も!」
まるで自分を鼓舞するように、そして明るく言い放つ姉さん。
ただ最後の『仇』と口にしたとき、本当に珍しいが、確かで強い恨みと憎しみの感情を感じた。
「そうだよ!姉さん!鬼憑きだろうが闇女だろうが、全部俺たちで倒しちゃえばいいんだよ!そうすれば沢山の人も救えるし、俺たちの未来もハッピーだよ!みんなで頑張ろう!」
そう言ってベッドから立ち上がり、姉さんを強く抱きしめる。
「ユウ君…!ええ、一緒に頑張りましょう!ずっと一緒だからね!」
姉さんも抱き返してくれる。
さっきは俺が初めて抱擁を拒否したもんだから、なんだかいつもよりも強く情熱的だ。
それとも、俺を失いたくないという想いの表れなのかもしれない。
観客もいたく感動したようで、
「お~」と言いながら小さく拍手をしていた。
半分くらいは呆れの感情も入っていたようだけどな。
しばらくお互いをしっかりと抱きしめた後、姉さんは『また明日ね』と笑顔で言ってドアから出て行った。
もう姉さんは大丈夫だろう、明日からは特訓だ。
どういう内容になるかはまるで検討がつかないが、早めに寝て英気を養うとしよう。
そう思ったが、姉さんに続いて部屋を出ようとした杏が足を止め、少ししてドアを閉める。
…部屋から出ずに。
「…ユウト君、一つだけ私からも良いかしら?」
良いわけあるか。
さっさと出ていけロリっ子め。
「もちろんです。なんでも言ってください。」
「あなたたちの行き過ぎた兄弟愛は置いておくとして…」
とくだらない前置きをする杏。
全然行き過ぎてなどいない、なんなら足りないくらいと思うが一旦話を聞こう。
「さっき…、なんであんなことをしたの?」
はて、『あんなこと』とはどれのことだろうか?
「自分で自分を刺そうとしたことよ、包丁で。」
ああ、あれか。
なんでって、姉さんを説得するために決まっているだろう。
だが、おそらく聞きたいのはそういうことではないか。
「あの時は…、僕も多分おかしくなってたんだと思います。急に怪物に襲われて死にかけて、すごい力があるって言われて驚いたのも束の間、すごく恐ろしい奴に目を付けられたと知って…。少しヤケになっていたのかもしれませんね。」
「…そう。そうよね。確かにまともな判断なんてできるわけないか…。」
まるで俺がまともじゃないような言い方だ。まぁ俺もそう言ってるんだが。
「でも…、でもね。あんな自分の命を平然と捨てるようなことをしてはいけないわ。神楽の部屋に戻った時も、『私のワガママでユウ君を死なせるところだった』って、ずっと泣いていたのよ。…とても深く傷ついていた。ユウト君なら分かるわよね?」
「はい。もちろんです。本当に馬鹿なことをしてしまいました。申し訳ありません。」
このロリガキが…俺に説教なんざ百年早いんだよ。
身長を10cmは上げてから出直してこい。
「あのまま本当にユウト君が死んでしまっていたら…きっと神楽は立ち直れなかったわ。アカネがもし間に合わなかったら…」
「アカネは絶対に間に合いました。」
好き勝手言わせても面白くないから水を差しておく。
「…なぜそんなことが言い切れるの?」
少しムッとした表情でこちらに疑問をぶつけてくる。
「アカネの事は好きでもなんでもないですが、付き合いだけは十年近くになります。あいつは俺の姉さんに対する想いの強さ、そして俺の意思の強さや性格など、よく理解しています。そんな俺が姉さんの説得に難航して、包丁まで持ち出した段階で俺がどんな行動を起こすのかを予想していたと思います。アカネはあの時、一言も会話に参加しないでずっと俺の動きを注視していました。」
「えっ?そうなの?…全然気がつかなかった…」
「ヤケになっていたとはいえ、考えなしでやったわけではありませんよ。姉さんを悲しませる行為をしてしまったことは心から後悔をしていますが、それでも姉さんは絶対に立ち直ってくれると確信していました。」
「…それこそ何故?あんなに深く落ち込んだ神楽は私は見たことが無かったわ。何故言い切れるの?大丈夫だと思った、そんな感想のようなこと言わないわよね?」
やはり少し怒っているように感じる。
語気も少し強い、姉さんを思うが故だろう。
「杏先輩がいてくれたから、ですよ。」
「………へ?」
間抜けな顔をしたロリっ子の前に立ち、両手を取って目を真っすぐ見つめる。
「あ、あわ、あわわわ…」
「姉さんと杏先輩を見て、二人はとてもお互いを信頼しているように見えました。それに先ほども言ったかもしれませんが、杏先輩は聡明な人のように思います。それに、とても優しい方。そんな方が姉さんのすぐ傍にいてくれるなら。姉さんがどれだけ傷ついてしまっても必ず立ち直れると、そう確信していました。俺に『謝ることは無い』と言った姉さんの言葉に不満を覚えて、二人きりになってから俺に釘を刺しておこうとするくらいに優しく思いやりのある杏先輩がいれば、ね。」
ただでさえ顔を真っ赤にしたロリっ子が、図星までつかれていよいよ何も言えなくなる。
少し屈んでその小さい顔の前に、ズイッっと俺の顔を近づけた。
まともに言葉も発せずに目を泳がせ、顔を背け、その顔を優しく両サイドから両手で抑え込み、こちらを向かせる。
「これからも、俺と姉さんを傍で支えてください。杏先輩がいてくれれば、俺たちはきっと大丈夫。ずっと一緒ですよ。」
「は、はいぃ…善処しますぅ…」
と、わけわからん返事をした後、フラフラと退室していく。
「一階の和室に布団を敷いてますので、そちらを使ってください。」
ヨボヨボの婆さんにも見えるその背中に声をかける。
「は、はいぃ…善処しますぅ…」
もはやただの善処ボットに成り下がっているようで意味不明だが、返事があったということは聞いてはいるのだろう。
これでいい。
あのロリっ子はアカネと違ってガサツじゃないし、マスコット兼姉さんのメンタルケア枠として置いておこう。
簡単な治療もできるみたいだし、ラッキーだったな。
…さて。改めて、明日からだ。
力を鍛え、成長し、鬼憑きと狩人の争いを止める。
それがとりあえずの、大雑把な今後の目標だ。
最終的な到達点としては、ユキと姉さんと俺、この三人で末永く幸せに過ごすこと。
それの障害となるものは、俺が全て排除する。
アカネだろうが、世界だろうがな。
5/5テコ入れしました




