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退屈は僕を殺したい  作者: おどろん
第三章 本気の人生を

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闇女 ー やみめ ー

…何故だ!どこが変だった?どこでミスをした…!?


「「なんですって!?」」


姉さんと杏の声も重なる。

そしてその驚愕からでた言葉は段々と納得の声に変わっていった。


「…確かにアカネが傍にいて気づかないなんてことは無い。でもヤツなら…」


「あり得るわ。…まさか、ユウト君がいつの間にか家にいたっていうのは…」


冷静に考えろ、思い出せ、思考をフルに巡らせろ…。


何故、アカネはユキの仕業だと思ったのか。

それはおそらく『アカネが気づかなかった』という点だ。

こいつはボーっとしていようが、気が抜けていようが、近くに居てコイツが気づかないなんてあり得ないことだったのだ、普通なら。


先ほど俺と一緒にアカネを軽く責めていた2人も、『なぜ気が付かなかった?』ではなく、『アカネなら気づくのが遅れても対処できたはずだ』と、そう言いたかったのだろう。


では何故、存在がチートのアカネでも気が付かなかったのか。

ユキの言葉が思い出される。


特別だから

維持も…


本人が言及していたわけではないが、言動的にあの結界?を張っていたのはユキであると思う。

ただユキ自身が特別だからか、或いはユキが特別な力を使い、アカネが認識できないほどの超結界を作っていた、おそらくはそういう感じなのだろう。

だから、ユキという例外中の例外の可能性を考えてなかったアカネは最初に俺を疑っていたのだ。


アタシが気づかないわけがない、と。

では、姉さんはなぜ気が付かなかった?

いや、それも考えてみれば当然だ。

まず前提として姉さんはまだ電車に乗っていた、つまり近くに居なかった。

狩人なら結界を認識できるとのことだが、物理的に離れていれば分かるものも分からないのだろう。

そもそも姉さんは俺が言うことを絶対に疑わない。

だから俺が襲われたと言った時も違和感を持っていなかった。

だが、冷静な状態であればアカネに相談したとき気づいたんだろう。


ユウ君が鬼憑きに襲われたの!

なんとかしないと!


そう慌ててアカネに相談する姉さんの姿は容易に想像できる。

そして慌てた姉さんを見てアカネはこう感じた。


アタシが気づかないはずがない。

ユウトがテキトー言って神楽と一緒にいたいだけだ。


…という風に。


偶然が重なっていただけなんだ。

ここからは絶対に下手を打てない。

もうユキがいたことを誤魔化すことはできない。

これまで見落としてくれていた違和感に気づかれた以上、変な嘘を言えば必ず強い疑念が生まれる。

ここで肝心なのは3人が、狩人側がどこまでユキを把握しているか。


「いや、そんなことを聞かれても…生きるか死ぬかって時にそんな周りなんてしっかり見てなかったぞ。なんか変わった特徴とかってないのか?その黒づくめの女って。一体どんなやつなんだ?」


沈黙が流れた後、杏が口を開き始める。


「詳細な情報は無いのだけど、神出鬼没の鬼憑きの女。狩人たちは【闇女(やみめ)】と呼んでいる、恐ろしい奴よ。なんの気配もなく、突如としてそこに現れ、その場にいる者を殺し尽くす。目の前にいたのに、瞬きしたら後ろから串刺しにされてた…なんて話も聞いたわ。」


「杏さん。揚げ足みたいで申し訳ないんですが、殺し尽くされたのにどうやってその情報を得たんですか?」


「いえ、もっともな疑問だわ。狩人の中に相手の記憶を覗くことができる力を持った男性がいたの。彼は戦闘力は皆無だったけれど、死体の記憶すら読み取ることができたの。彼はその力を行使して鬼憑きに敗れて死亡した狩人たちから情報を得て全体に共有、狩人全体にとても貢献した人物よ。」


なるほど、狩人にはそんなことができる奴もいるのか。

まぁアカネもぶっ壊れだし、鬼憑き側も似たような奴もいるかもしれんが。


「なるほど。つまりその人が死体の記憶を読み取ったとき、その闇女とやらの情報を得た、そういうことですね。」


「ええ。とは言っても当初は誰も信じていなかった。彼には信用はあったけど、内容が荒唐無稽過ぎたの。『黒い女が気づいたらそこにいて、気づいたら殺されてます』って言われてもね。信じるとしても、そんなの誰も対応できないじゃんって。ただその謎の鬼憑きに何人も殺されてるのは事実みたいだから。最初はただ強いやつがいるから気を付けようくらいってくらいだったの。…その人が殺されるまではね。」

「その人が殺されてしまっては、詳細は分からないんじゃ?」

「彼が殺される前の、最後に覗いた記憶。闇女が狩人を殺す前に言っていたらしいの。」


『私は今から1週間後、再びこの場所、この時間に現れる。滅ぼしたいのなら…十分な準備をしてきなさい。』


宣戦布告、挑発、罠。

狩人目線だと不気味過ぎるだろうな。

ユキも鬼憑きがやられていくことで情報を盗まれてることに気づいたのだろうか?

それとも別の目的が…?


「当然、狩人協会は緊急で人員を集めたわ。罠かもしれないけど、アカネがいれば問題ないってね。アカネが攻撃、それに加えて狩人協会七騎士(セブンス・ナイト)の当時序列3位と4位で闇女を取り囲み逃げられないようにする。それでも万が一逃げられた時のために情報だけでも得られるよう20人の精鋭と、本当にソイツかどうかを判断するために記憶を見れる彼と、その護衛としてさらに5人ほど用意した。万全も万全よ。」


「確かに聞いた感じでは穴は無さそうですね。結果はどうだったんですか?」


「惨敗なんてレベルじゃなかったわ。アカネ以外は皆殺し。」


「…それはヤバすぎますね。アカネ、その女はそんなに強かったのか?」


アカネはしばらく苦々しい顔をして黙っていたが、やがて口を開いた。


「分からん。その場所で、その時を全員で待っていたんだ。時間が来たと思ったら、何故か全員いなくなっていた。3分程か…。周りを必死に探していたんだが、気がついたら全員死んでた。死体が急に現れた。闇女の姿なんて全く見ていない。…何も、感知すらもできなかった。」


悔しそうに、呟くように言った。

メグは『ユキならアカネに勝てる』と言っていたがアカネ同様、ユキの力も凄まじいのだろう。

では何故アカネの事は放置したのだろうか?今度ユキかメグに聞いてみよう。

とりあえず狩人側がユキの事をほとんど把握できていないのは助かった。

分かっているのは神出鬼没なことと、何となくの見た目だけ。そして恐ろしく強いということ。


これだけならどうとでもできる。


「序列3位と4位の狩人も、アカネ程ではないけれど大概デタラメな強さだったわ。その2人含めて3分で全滅なんて…鬼憑き側のアカネみたいなものよ。私と神楽では時間稼ぎにもならないでしょうね。反則よ反則。」


姉さんも頷いて同意していた。

そして俺を見つめてくる。

俺がその女に遭遇していないか、という不安、心配、恐怖。


「ユウ君は、何も見ていない。そうだよね…?」


言葉とは裏腹に、姉さんは確信してしまっている。

それと同時に否定してほしいという強い願いも流れてくる。


「…夢と思って言わなかったけど、気を失う前くらいにそれらしい姿を見た気がする。」


「「「…!?」」」


三人から激しい動揺と息をのむ音が聞こえてくる。


「…ソイツは何か、言っていたか…?」


「正直かなりあやふやなんだが…、すごい力だとか、面白い…みたいなことを言っていたような…。逃げてる時に…目の前に急に…」


「ユウト君。姿はちゃんと見えた?覚えてる?」


「なんか(もや)みたいなのが掛かってた気がしたので、ハッキリとは…。ただ黒っぽいのは間違いありません。女ってところも、声の高さ的に確率は高そうです。少女のようにも感じました。」


「ユウ君が、闇女に…狙われている…?」


姉さんは俺に問いかけてくることは無かったが、絶望した様子で俯いてしまっている。

ごめん、姉さん。


「さっきも問題だ、大問題だとか言ってたけど、こっちも同じくらい…いや、さらに厄介ね。」


「そうだな…。こんなんだったらユウトが嘘ついててくれた方がよっぽどマシだった。」


姉さんの心配を犠牲に、俺を疑っていたアカネの信用を勝ち取れた。

だがまだ油断してはいけない。


「あの闇女に狙われてるってことは、次の瞬間にはアカネ以外殺されちゃってるかもね。」


呆れたように笑いながら言う杏。

ユキに、闇女に目を付けられたら自分の命を諦めるレベル、ということか。


「ですが、俺ってそもそも命を狙われてるんですかね?殺すんだったら昨日やられてると思うんですけど。」


俺がそう尋ねると、それを聞いて姉さんが顔を上げる。


「…そうよ。殺すというならもう殺してるはず。闇女はユウ君の力に気づいて、何かの目的のためにあえて逃がした…?」


「闇女のことはアタシでも感知できないからな。ヤツ自身がユウトをここまで送り届けていたんだったら、ユウトの言ってることに全部筋が通る。…舐められすぎてて腹が立つけどな。宿敵がまさかアタシのユウトの部屋にまで侵入していたとはな。」


「お前のじゃないけどな」

「私のだけどね」


「えっ?」


「あっ⁉な、な、なんでもない、でしゅ…」


「…ユウ君の力が闇女にとって何らかの目的に利用できると考え、他の鬼憑きに襲われているところを助けた、ということかしら?」


「いや、闇女がどんな能力を持っているかは分からないけど、流石に見ただけで分かるとは思えないわね。力は魂の深くに混じっているものだし。そもそも離れていても確認できるとして、ユウト君のニュートラライズは例えヤツでも破れないんじゃないかしら?偶然襲われている狩人を見つけたところでアッチに助ける理由なんかないはずだし…。」


「…確かめようとしたら分からなかった。だから他の鬼憑きをけしかけて確かめてみた、ってところじゃないか?」


「でも、分からなかったってことなら一般人と思われるだけじゃないの?神楽はどう思う?」


「…多分、ユウ君が凄すぎたんじゃないかしら?ユウ君が力を使った自覚が無いというのなら、それまでは鬼憑きを相手に普通の人間としての身体能力だけで逃げ切っていたということになるわ。闇女の思考まではわからないけど、少なくても私ならとても強い興味を抱くとは思うわ。」


「「なるほど…。」」


どうやら着地点が決まったようだ。



では、そういうことにしよう。



「俺の力に気づいた上で逃がしたってことは、今の俺では闇女の目的には『使えない』ってことかな?」


「そう思うわ。命の危機に瀕したときに無自覚で使えるくらいでは利用できない、と考えた可能性が高いわね。」


「ユウトが自分の力をモノにするまでは置いておくってことか?殺さないまでも連れ去ったりすることもできたと思うが…」


「闇女が何を考えてるかまではここで議論してたって分かりっこないわ。分かっているのは闇女が、少なくても現段階ではユウト君を殺すなり何なりするつもりはないということだけね。」


「じゃあさ、」


3人がそれぞれ考えを口に出した後で、俺が案を提示する。

俺にとって都合の良い提案を。


「次に闇女が来た時、少しでも抵抗できるように俺を特訓してくれないか?」


「ユウ君!?まさか闇女と戦う気!?駄目よ!危険すぎるわ!今のユウ君が見逃されたのならそのままにしておくべきよ!わざわざ闇女の狙い通りに動くというの!?」


姉さんは即座に否定する。

しかしそれは意味を成さない。


何故なら意味がないからだ。


「いや、アタシは賛成だな。闇女は殴れさえすれば勝てると思うが、見つけられない。ユウトが闇女を時間稼ぎでもしてくれるんなら一発でかいの叩き込んでアタシが終わらせてやる。」


「神楽、悪いけど私も賛成よ。対抗策がなかった最強の鬼憑きを倒せるかもしれないのよ。何よりユウト君を今のままにしておくとして、闇女がユウト君を狙わなくなるなんて保証はどこにもないわ。昨夜にもここに来たというのなら、神楽。あなたが今生きているのも闇女の気まぐれ、見逃してもらったに過ぎないのよ。」


「でも…!」


姉さんはなんとしても俺を戦闘に、というより闇女に関わらせたくないようだ。

それはもう理屈などは関係がない。

姉さんは俺をとにかく危険から遠ざけたいと思っているから、どうしても感情が率先してしまっている。

覆すには、特訓をする方が俺にとって安全だ、という風にプレゼンして持っていく必要がある。

俺が心配だからこその頑なさなので、嬉しいと同時にそれ以上の申し訳なさを感じてしまうが、こればっかりはしょうがない。


「姉さん。姉さんは危険があっても狩人を続けているのは、たくさんの人を救いたいと思っているから。そうだよね?」


「…ええ。そうよ。」


「だったら俺がもし、闇女の想定を大きく上回るほど成長出来たのなら。俺一人では無理でも、俺が闇女を無力化させてアカネや姉さん、杏先輩の力を借りて討伐できれば。それは未来の人たちを大勢救えるんじゃないかな?」


「…それでもダメよ。順調に力を成長させられたとしても、途中でユウ君を危険視して襲ってくるかもしれない。それでは意味ないわ。今ユウ君を殺さないと、向こうが判断しているのだからそのままにしておくべきだわ。」


「…今、姉さんの意見を聞いて思ったんだけど、俺をわざわざこの家に送り届けた上で、姉さんやアカネを見逃した理由、それは多分二人を俺の教育係にしたかったんじゃないかな?」


「「教育係?」」


杏とアカネだ。


「闇女は俺の能力に気づき利用したいと考えたが、今のままでは話にならない。とりあえず様子を見ようと、命を見逃し…というか救い、家にまで送り届けた。そこでアカネや姉さんを見つけた。狩人だと気付いたものの、俺を育てるなら狩人は最適だと考えた。だからあえて俺を脅したり、姉さんたちを傷つけたりしないようにしたんじゃないかな?」


「闇女が2人を見逃したのは気まぐれでも情けでもなく、ユウト君の力を高めさせるため。そう言いたいのね?」


「はい。だから俺を育てようとしないなら、2人が不要と判断されて本格的に狙われてしまうんじゃないかな?」


「構わないわ。」


「…神楽さん?アタシの意見は?」


「構わないわ。」


「いや、構えよ⁉親友だろ⁉」


「だってアカネ、その討伐に向かった時にもアナタだけ狙われもしてないじゃない。アカネから逃げたり隠れたりすることはできても、アカネを倒すのは無理なのよきっと。だから大丈夫よ。」


「ユウトが絡むとアタシの扱いがテキトー過ぎないか?神楽よ。」


「そして、私はユウト君が闇女に好き勝手に利用されて弄ばれるくらいなら…死を選ぶわ。」


言い切られてしまう。

アカネなんて食い下がったが最後には無視されてしまった。


「姉さん。姉さんが俺を自分の命よりも大事にしてくれるのは分かってる。それはとても嬉しくもあり、悲しくもあるんだけど、一つ重大なことを見落としているよ。」


俺の言葉に姉さんは少し首を傾げる。

杏もよく分かっていないようだが、姉さんの次に付き合いの長いアカネには俺が言わんとしていることが理解できてるようだ。


「何かしら?私にはユウ君より大事なものなんて無いわ。」


ハッキリとそう宣言する。

その堂々たる姿はもはや誇りのような物さえ窺え、言い切った姉さんに杏は何故か感銘を受けたようにパチパチと拍手をしていた。

なんか面白いが、切り替えて俺が答えを言おうとしたらアカネに制止された。


「神楽。お前が死んだら、ユウトも多分死ぬぞ。」


正解だ。

コイツに理解されてるのが少し腹立つが、まぁ良いだろう。

姉さんと杏がギョッとした顔で俺とアカネを見比べる。


「姉さん。姉さんが俺をすごく大事に、一番に考えてくれているのは分かる。だけどそれは姉さんだけじゃない。俺も姉さんが世界一大切なんだ。だから姉さんのいない人生に生きる意味なんてない。俺は意味の無い人生を終わらせるために、意味もない死を迎えると思うよ。」


「ダメよユウ君!そんなこと、私は許しません!」


「許さないって、許さない姉さんがいなくなってたら意味ないんだよ。第一、俺も姉さんも助かる可能性があるのに、最初からその未来を捨てて姉さんを犠牲にするくらいなら、アカネと一緒に一か八か二人で闇女と戦うよ。最悪、アカネならどうなっても良いし。」


「おい。」


「ダメよユウ君…そんなの、ダメ…」


それでも姉さんは首を縦には振らなかった。

アカネに目をやるも、手をひらひらさせて諦めたように苦笑いしている。

杏は姉さんを見て少し呆れている様子だった。


こうなったら最後の手段だ。

やりたくはなかったが、今の姉さんは理屈では納得してくれないのだ。

俺は無言で立ち上がり、キッチンへと向かう。

目的のものを持って再び席に着き、それを机に置いた。

それを見た途端、全員の眼が見開かれる。


「ユ、ユウト君?どうするの…それ?」


「…………」


「…ユウ君?」


アカネだけは俺がやることに勘づいているのか、何も言わず俺の一挙手一投足を見逃さないよう注視している様子だった。

コイツは本当に俺への理解度が無駄に高い。


「姉さん、俺を特訓してみんなで闇女を倒そう。それが俺の願いだ。俺を助けると思って、お願いを聞いてほしい。」


「………………………ダメよ」


「神楽、あなた…」


杏は、今度はハッキリと呆れたという様子だった。

それもしょうがないかもしれない。

ここまでハッキリ言っても姉さんが認めたくないのは、もはや俺を失いたくないというより『俺が傷ついたり、死ぬようなこと』を考えることすら拒否している。


いや、恐れていると言うべきか。


そもそも俺が戦うことを拒否している。

おそらくこの展開になる前も、姉さんは俺を狩人として戦わせるのではなく、一緒に同行させてアカネと姉さんで守り切るくらいの気持ちだったのだろう。


「そっか。よく分かったよ、姉さん。無理を言ってごめんね。」


「え?いいの?ユウト君。」


「はい、杏先輩。俺は姉さんの意思を無理やり曲げようとは思いませんので。」


「でも、こんなの神楽のワガママじゃない。」


「いいんです。姉さんのワガママなら喜んで聞きますよ。」


「…まぁ、ユウト君がそう言うなら…」


杏は納得していない様子、怒っている風ですらあったが、対して姉さんはホッと安堵していた。


「ごめんね。ユウ君。分かってくれて、ありがとう。」


「大丈夫だよ、姉さん。こちらこそ、今までありがとう。」


そう言っておもむろにテーブルの上の包丁を掴み、自分の首に目掛けて一直線に向かわせる。


直後、分かっていたかのようにアカネの拳が飛んできて、俺の手を殴り飛ばす。

物凄い勢いだったため、恐らく直接受けた小指と薬指が折れたかもしれん。

ズキズキ激痛を訴える指と、勢いよく飛んで行った包丁の先端が壁に突き刺さってるのを見ると、アカネにも余裕は無かったことが窺える。


「「え…?」」


姉さんと杏だ。

二人はそもそも反応すらできていなかったから理解するのにもラグがあるだろう。


「痛いぞ、アカネ。折れたらどうするんだ。」


「……。」


アカネは何も言わず、ただじっと俺を睨んでいた。

かなり怒っているようだ、『お前だって、さっき俺を殺そうとしただろう?』なんて言ってみれば、ボコボコにされるかもしれん。


「な、なんで…?」


姉さんは震えだし、今俺が死ぬ直前だったという現実を嫌でも認識する。

そして勢いよく席を立ち、唇を強く噛みしめながら俺の前に立つ。


バチィイィ‼


姉さんにビンタをされるのは人生で2回目だ。

昔とは違い、普通に痛い。

()()()とは状況も何もかも違うが、姉さんが泣いていることだけは一緒だった。


「一体何をしているの!?馬鹿なことをしないで!!」


怒鳴られるのもかなり久しぶりだ、怒っている姉さんもかわいいな。


「俺も姉さんのワガママを聞き入れるから、姉さんにも俺のワガママを聞いてほしいんだ。」


そう言いながら突き刺さった包丁を引き抜こうとするが、姉さんに手首を掴まれる。


「痛いよ、姉さん。多分アカネのやつに折られちゃったかもしれないから。」


「…ワガママって、ユウ君のワガママって、何なの?…」


先ほどまでは怒りで一杯だったが、俺が痛いと言うと優しい姉さんはすぐに怯んで手の力を弱めてしまう。

しかし、完全に離すことはなかった。


「姉さんが俺を戦わせてくれないなら姉さんが、もしくわ姉さんと俺の両方が殺されると思う。でも俺は姉さんが殺されるところなんか見たくないし、そんなわけ分からないバケモノに戦う手段も無く、ただ殺されたり、利用されたりなんてのは以ての外だ。だったら自分で姉さんより先に死ぬよ。そうしたら姉さんはこの選択肢を悔いて、アカネや狩人全体と全力で闇女に立ち向かってくれるかもしれない。そうすれば俺が死んでも無意味じゃ…」


「バカなことを言うのはやめて‼」


最後まで俺に言わせず、俺の頭を胸に抱きかかえる。

とてもいい匂いだ、姉さんの優しい香り。

以前の俺なら、このまま死ねるなら『幸せだった』と心から言えただろう。


しかし、今では悔いが残る。


姉さんの抱擁を優しく拒否して少し距離をとる。

悲しかったり、寂しかったり、逆に嬉しかったりと、姉さんは俺をよく抱擁してくれた。

俺もすかさず抱き返し、今まで色んな想いを共有してきた。

俺がそれを拒否したことなど一度もなかったから、姉さんは酷く動揺して怯えている。


「俺を生かすのも殺すのも、決めるのは姉さんだよ」


これは、真っ赤な嘘である。

これは強請(ゆす)りだ。

人質を用いた卑怯で交渉とも呼べない何か。

俺は、姉さんにとって命より大事な物である『俺』を人質に賛同を引き出そうとしている。


姉さんは言葉に詰まる。

目が涙で潤み、俺の顔もまともに見えていないことだろう。

すると、今まで黙っていたアカネが本格的に助け舟を出してくる。


「神楽、お前の負けだ。お前がユウトを認めない限り、ユウトは何回でも繰り返すぞ。さっきは警戒していたから間に合ったが、毎回止められるなんて保証はできない。なにより、神楽の発言には筋が通っていない。ホントにユウトが大事なんだったら鍛えてやるべきだ。それで全員で闇女をぶっ叩けばいい。そうだろ?」


「私も、ユウト君の力を完全に引き出せたとしたら。どんな鬼憑きにだって負けはしないと思う。アカネもいるし、ユウト君の力はあの人と同じ。神楽が信じないでどうするの?」


「でも!死んじゃったじゃない‼ユウ君だって…」


バチン!


今度はアカネが、泣き叫ぶ姉さんにビンタをお見舞いする。

全く本気ではないだろうが、痛そうだ。


「いい加減にしろ、神楽。弱気になるな。アタシがユウトを守って見せる。みんなでやれば大丈夫だ。アタシとユウトを信じろ。」


そのアカネも勝てなかったという狩人は、やはり姉さんにかなり近しい人物だったのだろう。

俺には分からないが、ひょっとしたら師弟のような関係だったのかもしれないな。

だが、そんな強者も死んでしまったのか。

寿命、というわけではないだろうな。


ユキがやったのだろうか?

それも、いつか確認できればいいが…

5/5テコ入れしました

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