怪物 ー 龍堂茜 ー
「自分を、超越……?バカバカしい。」
そんなこと、できるわけないじゃないか。
「アタシ自身、試したことはない。でもやるんだよ。そうしなきゃ勝てないんだから。」
「できるわけないでしょ。」
半ば自分に言い聞かせるように。
だってそうだろう。
そんなことができるなら、それは無限に強くなれるということ。
【無限】
ユリアの万物を可能とする【万能】の力も有限であった。
有限であるが故に、アカネにはどうあがいても勝てることはなかった。
アカネは、無限だから。
「アタシがなぜ今までそれをやろうとしなかったか。それは必要がなかったからだ。【悪】が強くても、アタシも同時に…より強くなれば全て解決できた。してきた。だからワザワザ自分を超越なんてこと、やろうともしないし…考えたことすらなかった。」
「ユリヤと一緒だ。アタシは…人間でいたかったから。」
言葉を皮切りに、アカネの中心に神通力の力が暴風のように吹き荒れる。
「うっ…」
この場にいる唯一、神通力を持たないメグが苦しい声をあげる。
今のメグの立ち位置ではアカネから最も距離があったはずだが、アカネの神通力に当てられて肌のあちこちに傷が生まれていっている。
「ユキ!メグをっ!!」
「分かってるわ!」
慌ててユキに声をかけたけど、言葉が終わる頃には既にメグを転移させていた。
おそらくは例のアジトだろう。
にしても、このままでは僕やユキもマズい。
単純なフィジカルではまともにやり合えない。
アカネとは10m程度の距離だが、先程からずっと【神通力の無力化】の力を飛ばしているのに、アカネからバカみたいに溢れてくる神通力の波と相殺されてしまっているようで、アカネ自身には全く届いていない。
仮にアカネが真っ直ぐ突っ込んできたら、目の前にきてようやく力を消せたとしても、その残った勢いでぶつかられるだけで確実にやられてしまうだろう。
「ユウト、ユキちゃん。ここは私たちに任せて。あなたたちは隠れていなさい。」
「そうだぜ。龍堂茜はすごいヤツだ。こっちも、本当に全部出す。」
そう言うクロとシロの顔に今までの余裕はない。
しかし…どこか嬉しそうにしていた。
2人の真の姿にはとても驚いたけど、更にまだ何か隠し玉でもあるというのだろうか?
それをようやくぶつけられるという、
強い『期待』。
「ユウト。ここは2人に甘えて少し様子を見ましょう。」
「…そうだね。気をつけて、2人とも。」
僕が声をかけると2人は無言でこちらに手を上げた。
ユキが異空間を開き、2人でそこへ入る。
シロとクロが負けるとは思わない。
不死身だと言うし、心配することはない…はずだ。
僕たちがいても2人が動きづらくなるだけ。
分かってはいるけど、あの怪物を見ていると不安が押し寄せてくる。
アカネはユリヤを抱き抱えて僕たちから距離をとる。
一瞬、逃げる気か?とも考えたがそれは勘違いだった。
壁まで下がってユリヤを横に寝かせる。
異空間越しに近づいてみる。
というか、気を失っているユリヤはアカネの神通力に耐えられるのだろうか?
メグなんて立っているだけで傷が付いていったのに。
不思議に思ってよく見てみると、あれだけ暴威を振るっていた神通力の嵐が鳴りを潜めていたことに気付く。
どうやら、アカネは今の自分自身を完全にコントロールできるようになったということだろう。
アカネはユリヤの傷口付近に神通力を寄せ集めているようだった。
「ケガを治す…なんて繊細なこと、アカネにできるわけないと思うけど…」
アカネは急にユリヤの上着をひっぺがして上半身を露にさせてしまった。
なにをする気だろうとじっと見ていると、急に視界が真っ暗になる。
「ユウト。女性の裸をマジマジと見るのは感心しないわ。」
どうやらユキの両手で目を塞がれていたようだ。
指の隙間から少しジト目のユキが見える。
「こんな状況で言うことかな…?それに、僕はユキ一筋だから大丈夫だよ。」
「そ、そう…。それなら、よし。」
照れた様子で視界を解放してくれた。
再びアカネとユリヤのほうに顔を向けるとまた異変が起きていた。
「…血が止まってるね。」
「能力というより、これは…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ユリヤは気を失っている。
急所を刺され、血も止まらず、このままでは確実に死ぬだろう。
最低でも血は止めなければならない。
アタシには繊細なことは向かないが、やるしかない。
神通力をユリヤの傷口に集中させる。
…このままだと傷口が見えないな。
ユリヤの服をひっぺがして傷口を出す。
白すぎる肌に一筋の切り口。
無駄のない一突き。
あの謎の少女の技量がうかがえる。
血は今も流れ出ている。
しかし急所はギリギリ避けているようだが、狙いを外したのだろうか?
それともユリヤがすんでの所で躱した?
それがユリヤを救える可能性を残してくれた。
傷さえ塞げれば、血を止めれば。
ユリヤがとりあえず一命をとりとめ、いずれ意識を再び取り戻すことさえできれば。
ユリヤの【万能】で直ぐ様全快復することが可能だろう。
再び神通力をユリヤの傷口に集中させる。
今のアタシの神通力の出力なら、きっとできるはずだ。
考えた通りにうまく行くかは分からない。
だが、繊細なことが苦手なアタシにはこんなやり方しかできないんだ。
傷口に重ねた神通力に更に上から神通力を強く重ねていく。
覆いかぶせるのではなく、練り混ぜる。
範囲はそのまま、強度だけを増していく。
それを、ひたすらに繰り返す。
神通力の濃度がどんどん増していき、やがてそれは気体が固体へ変化する凝華のごとく、『固さ』を生じさせた。
ユリヤを体の向きを反転させる。
左右肩甲骨の中間くらいにある刺し傷。
今度は外側ではなく、内側からだ。
刺し傷に手を当てる。
手のひらから伝わる感触。
正常ではない脈の動き。
複数の血管が損傷しているのが分かる。
先程と似た要領で神通力を傷口から押し流していく。
傷ついた位置に無理やり宛がい、『固める』。
それを奥からやっていき、少しずつ手前へ。
内側の傷を塞いだあと、内部に流れ出た血を神通力で無理やり生み出した圧力によって体外に排出。
最後に背中の傷を正面と同じようにして塞ぐ。
「よし、これで止血は完璧なはずだ。」
今度はユリヤの演技でもなんでもない、
本当の『虫の息』。
だが、生きている。
「ア、アカネ…さん…」
「意識が戻ったか!?血は止めておいた。すぐに傷を治すんだ!」
ユリヤは意識を取り戻した。
これで…
「…ダメです。まだ神通力を練ることができません。まさか…神楽耶さんにもできなかったとこを、不完全な状態で、それも借り物の力でやってのけるなんて…」
うわ言のように言っているユリヤだが、どうやらもう少し時間を稼ぐ必要があるようだ。
あの短刀に付加されていた【神通力の無力化】の効果が切れさえすれば、ユリヤの万能でどうにでもなるはずだ。
それまでシロとクロをアタシが抑える。
…いや、時間稼ぎなんか必要ない。
不死身だろうがなんだろうが、
化け猫だろうが化け鴉だろうが、
闇女だろうが、なんちゃってユウトだろうが。
全部、アタシ1人でぶっ倒す。




