偽物の物語
お疲れ様です。
これ以上区切るべきでないと判断し、
少し纏めるのに時間をかけてしまいました。
大切なところですからね、
仕方ありません。
にしても、本業が邪魔すぎて小説が進まない…
「クロ。いい加減に起きなさい。」
気持ち良さそうに寝ているクロの頬をペチペチと叩くシロ。
あの後、シロが泣き止むまで待ってからクロを起こすことにした。
「んん…、…あ、あっ!アレ!?夢っ!?ご主人様はっ!?」
ユウキを見つけたことを夢だとでも思っているのか、絶望した表情を見せる。
安心させてやらないと。
「ここにいるよ。」
笑いかけて撫でてやると、表情は一転してニンマリと笑顔を浮かべていた。
「よ、良かったぁー!!もうどこにも行かせないぞ!ご主人様!!」
「はいはい。一緒にいるから安心しろ。」
右手で頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じる。
さて、ほのぼのタイムはこれで終了だ。
ここからは切り替えていこう。
「俺が神楽耶の魂を俺が取り込んでいるというのなら、返すことは可能だと思うか?」
それができるなら、とりあえず神楽から奪ってしまったものを形だけでも返すことはできる。
その姉妹の歳の差は、以前よりずっと少なくなってしまうことになるが。
「本来であれば可能、だと思うのですが…」
「ですが?」
「魂を返すというのはつまり、魂を操作することに他なりません。今の弱体化しているご主人様の力で意識的に行うのは難しいのではないかと思います。」
「なるほど。他人の考えていることすら分からないほど弱体化しているのに、もっと強力な力なんて行使できないということか。もっともな意見だ。」
神楽耶の魂を本人に戻すには、神楽耶の意思が、神通力の無力化が邪魔だと言うことだ。
というか、そもそも何故彼女は逃げなかったのだろうか?
逃げられなかったのか?
俺の記憶の果てで見た、あの【核】のようなもの。
やはりアレが天地神楽耶の魂?
俺を避け、逆にユリヤのことは即座に受け入れた。
そのユリヤは
愛を引き継ぎ、俺を守る
と言った。
それが俺のためだと。
彼女は俺を守ろうとしている?
何から?
「じゃあ、ご主人様の中の神楽耶に言うこと聞くように言えば良いんじゃないか?」
唐突に面白いことを言い出すクロ。
「どうやって?」
「えっ?え~っと…、シロ!よろしく。」
「少しは考えてから物を言いなさい。ご主人様を困らせたいの?」
「うぅ…。」
当然、シロが賢いと言ってもそんなことは説明不可能。
クロの考えなしの発言を嗜める。
とはいえ、クロも俺のことを想っての発言だ。
それを咎めるのはかわいそうだろう。
「クロもクロなりに頑張ってるんだよ、きっと。」
「…ご主人様はクロに対して少し甘い気がしますね。」
「まぁ、そう言うな。」
シロの頭を撫でてやる。
「ああ、ズルいです…ご主人様ぁ…。」
「ズルいぞシロ!ご主人様!ワタシも撫でるべきだっ!!」
もう片方の手でクロの頭も撫でてやる。
「そもそもの話、俺の中に神楽耶の魂があるとして、だ。それは意識を持っているものなのか?」
「そればかりは分かりません。意識があるとしても、それを判断できるのはあくまでご主人様だけですから。意識があってすぐ近くに魂があったとしても、私たちにはそれを認識することは不可能なのです。ご主人様が何も感じないというのなら、意識は無い可能性の方が高いかと思います。」
「ふむ、せっかくだ。クロの意見を試してみよう。」
「ふぇ?」
天地神楽耶さーん。
魂を体にお返しするので、俺の力を戻してくださーい。
とりあえず頭の中で呼び掛けてみる。
ダメよ
「まぁダメだよな…………えっ!?」
「どうかされましたか?ご主人様。」
「お腹でも痛いのか?ご主人様。」
「今なにか聞こえたか!?」
「いえ…、特には。」
「ワタシが聞こえてないなら気のせいのはずだぞ。」
「そうか…そうだよな、流石に。」
改めて集中してみても何も聞こえてこない。
やはり勘違いか…?
「そう言えば。前から疑問だったんだが、お前たち2人の気配や感情を読むことができないんだが、それにはなにか理由はあるのかな?」
シロの言う通り弱体化しているとして、シロとクロにだけ読む力が通用しない理由にはならない。
「それはおそらく、私たちの魂がご主人様の力によって保護されているからだと思います。そうですね…感覚的には自分に対して力を使っているようなものになるのかと。相手のことは分かっても、自分のことは分からないということでしょう。ご主人様に保護されている影響により、私たちには精神干渉のほとんどを自動的に防げるようになっていますし、それも関係しているかもしれません。」
「凄かったんだな。ユウキって。」
ほんの4歳、5歳とかでそんな化物染みたことができるなんて。
俺とは大違いだ。
俺なんだけど。
「実は、神楽耶の魂を返せるかどうかを聞いたのには理由があってな。ユキがあの日、俺の…暴走?によって出た犠牲者を自分の異空間で保管していたんだ。その中に、彼女がいた。」
「ユキちゃんが?そんなこともできたんですね。彼女もご主人様程ではないですが、かなり特別な存在のようですね。」
「いや、流石に昔の俺でもユキには勝てないんじゃないか?」
「そんなことはありません!ご主人様が弱体化などしていなければ、誰にも負けたりなんかしません!……龍堂茜だけは相性が悪いと思いますが。」
「マジ?そんなに凄いの俺?」
「ご主人様の【魂の操作】は、それこそ龍堂茜のような特別な存在でない限り、そもそも防御という概念が通用しません。ご主人様が魂を奪おうと考えたらそれで終わりなのです。人は、生命とは魂あってのものですから。」
「ふぅん。」
そうは言っても俺自身、そんなことできなければ自覚もない。
「俺ってそもそも何なの?鬼憑きなのか?」
「ごめんなさい。それが分かるのは、おそらく姉であるユウカだけだと思います。」
「そう言えば、ユウカの魂も取り込んでる可能性も高いよな?ユウカは普通の人間なのか?それとも能力を使えるのか?そうならそれを試せば分かるよな。」
「申し訳ありません…聞いたことはなかったと思います。ですが、天地神楽耶とご主人様と私たち。そこに混ざっているからには普通の人間には思えない、とだけ…」
「だよな。なにか変わった特徴とかはなかったか?」
「いえ、特には…。少し影の薄い女性という印象で、神楽耶とは友人のような関係でした。明るい性格の神楽耶が、おとなしいユウカとご主人様をいつも引っ張っていたような印象です。」
「そうか…。」
あまりヒントになるような情報はなさそうだ。
「ユウカがユキの…【保管庫】にいるのなら、2人なら見れば分かるかな?」
「顔は覚えております。ご主人様の姉ですから。」
「それならワタシも覚えてるぞっ!ユウカともいっぱい遊んだからな!」
2人とも記憶はしっかり持っているようだ。
「よし。それじゃ近いうちに適当な理由をつけてユキに2人を呼んでもらうから、うまく合わせてくれるか?」
「承知しました。ご主人様。」
「分かった!」
良い返事だ。
「とはいえ、それはあくまでもサブ目標だ。ユウカという姉には悪いが、今の俺にとってその人の優先度は低いと言わざるを得ない。今回、俺はユキの家族再会に向けて近道ができないかと検討している。それを話に元々2人のところに運んでもらったんだ。」
「どういうことでしょうか?」
「???」
2人とも疑問を浮かべている。
クロには意味がないかもしれんが、順を追って説明しよう。
「昨日、ユリヤに話をされたんだ。」
俺は2人に、ユリヤから言われたことを丁寧に話した。
このままでは俺自身と周囲の者の多くが不幸になる。
それを回避するため、俺の記憶を全て抹消し、狩人や鬼憑きのいないところで普通の男として静かに生活していくべきだと。
クロはもう途中から理解が追い付いていなかったのか、俺の周りを飛んでいた羽虫を観察するのに夢中なようだ。
よく考えたら元々猫なんだし、そういうのが好きなのかもしれない。
今度猫じゃらしを用意しておこう。
そしてシロはと言うと、
「あの女…!ご主人様に対してどこまでもふざけたことを…!!」
激怒してしまっていた。
しかし、シロにユリヤへの殺意を持たせてはならない。
何故なら、
「俺は、その提案を受け入れようと思っている。今はな。」
その瞬間、シロは動作を停止した。
口を開けて俺をただ見ている。
ちなみに、クロは「ふぁ~」と大きく口を開けて欠伸をしていた。
すごく眠そうだ。
おそらく、話の1割も理解できていないのだろう。
「な、何故なのですか!?ご主人様!!」
シロは正気を取り戻してすぐさま俺に駆け寄って俺の真意を確かめようとする。
「知っての通り。俺の記憶は本来のユウキのものではなく、あくまでも天地優人のものでしかない。お前たちがこんなにも慕ってくれているのに、満足に思い出すこともできない。本物の姉のこともスッキリ忘れて、最愛の人を奪っておきながら神楽を姉さんと呼び、ユキの家族がいなくなる要因を作っていたくせに、一緒に見つけようなんてふざけたことを言っているのが俺だ。」
「ご主人様…」
「本来ならお前たちに『ご主人様』と呼んでもらう資格すらないんだ。それに…ユウキのことを全く知らない俺にも、思い出せたことがある。」
「それは、なんですか?」
「人生なんて、退屈でつまらないということさ。」
俺は今まで誰にも打ち明けなかったことを話し出した。
この2人は誰よりも、俺よりも俺のことを想ってくれていると分かっているから。
俺はおそらく、本来の姉であるユウカをとても愛していたんだろう。
記憶を失っても『お姉ちゃん』という単語にしがみつき、神楽に【姉】を見出だして、神楽のために生き、神楽を幸せにし、神楽とともに歩むことが全てだと思っていた。
思い込もうとしていた。
でも、全部偽物だった。
初めからだ。
神楽と一緒にいる安心感の他に、ずっと心の底で燻っていた思いがあった。
これじゃない、という感覚。
自分が見ているもの全てが実は俺の想像でしかなく、何もかもが偽物であるかのような、自分の行動が全て無意味に思えるような感覚。
自分が死んだ瞬間、今見ているこの世界は終わってしまうのではないか。
今いる世界は自分が見ている夢で、何かの拍子に全て無くなってしまうのではないか。
何一つ、心の底から楽しいと思えることがなく、日々を怠惰に生きてきた。
神楽の前では明るく振る舞い、心配させまいと努力することができたが、それも自分のためというわけでもない。
それはひょっとしたら、
ユウキの絶望だったのかもしれないな。
愛した姉がいなくなり、
仲良くしていた神楽耶の魂を奪い、
彼女を最も愛した少女をユウカの代わりに【姉】にして寄生する醜い自分に、心底絶望していたのではないか。
「俺はもう、」
ずっと昔から考え続けていたこと。
「生きていたくないんだ。この愚かしい生を。」
「ご主人様…」
シロは悲しそうな表情でただ俺を見る。
目線を落とすとクロは俺の膝の上で眠っていた。
撫でやすいところにある頭を撫でながらシロに話を続ける。
「…ホントはここまでネガティブなことを言い出すつもりはなかったんだけどな。天地神楽耶を見つけて、お前たち2人の探し人が俺であり、俺が『ユウキ』であると分かった段階で、この物語は大きく変わった。」
「物語…ですか?」
「ああ。意味のない偽物のユウト、絶望しかないユウキ。これ以上、続ける意味はない。」
「天地神楽も、ユキちゃんも、とても悲しむと思います。私たちも…。」
「そうだな。お前たちには本当に申し訳ないと思っている。だが、俺の最後の心から願いだと思って、聞いてほしいんだ。」
「話してください。」
「ああ。俺は元々ユリヤに取引を持ちかけるためにお前たちに会いに来た。お前たちの探し人を、ユリヤの【全能】で見つけさせるつもりだったんだ。そして、同じように。次はユキの家族を探させ、ユキが再会を果たした後に俺はユリヤの元に赴き、全てを受け入れるつもりだった。神楽もついに【姉】という立場から卒業し、『お姉ちゃん』から自立できたからな。それで、皆幸せにできると思っていた。だが、事情が大きく変わってしまった。」
「天地神楽耶は生きていた。お前たちの探し人は、俺だった。ユキの家族がいなくなった原因を作った【災厄の鬼】は、俺だった。もう全てを終わりにしたいとはいえ、やったことの責任くらいは果たさないといけない。俺が言うことを聞く代わりに、ユキの家族を見つけ出し、ユキから天地神楽耶を受け取り、なんとしてでも魂を返して蘇生させる。最後に、神楽とユキの2人から俺の記憶をユリヤに消させる。それで誰も傷付かず、皆が幸せになる……お前たち以外は。」
「…私たちは、どうすれば?」
「ユキから俺の記憶を消すにはユリヤの『万能』が必要だ。だが、理由もなくユキが納得して記憶の消去を受け入れる選択肢は絶対に選ばない。」
「私もそう思います。」
「だから俺が隙を作る。後ろからユキを気絶させてくれ。神楽に関しても同様だ。」
「2人の記憶を消す必要はあるのですか?」
「ある。神楽にとっての神楽耶。ユキにとっての姉と兄。それは2人が自分の命よりも大切にしていた、最愛の家族なんだ。偽物、部外者なんか必要ない。俺のことを覚えていては再会の幸せにノイズが走る。それに、ユリヤから俺を取り戻しに必ず無茶をするだろう。だったらスッキリ忘れてて、元々いないものとして…最愛の人たちと幸せに過ごしてほしいんだ。」
「その後の、私たちは…?」
「2人にはできればユキたちを守っていてほしい。ユキにとってはお前たちももう大事な仲間で【家族】なんだ。邪険にされることなど絶対にないはずだ。…ただ、これは命令とか頼みではない。俺の望みだ。嫌になったら自由に生きてもらって構わない。ユリヤは言う通りにすればお前たちを見逃すと言っているが、アカネはむしろ目の敵にしているから気を付けるんだぞ。」
「ご主人様は、どうされるのですか?」
「俺は記憶がなくなるからどうでもいいさ。今と大して変わらない。お前たちにだけは、心の底から本当に申し訳ないと思っている。」
「…ご主人様と共に歩むことはできないのでしょうか?」
「…一応、ユリヤには聞いてみようか。ただ、また何もかも記憶がなくなった俺の近くにいて、お前たちが辛くなってしまわないかが心配ではある。オススメはしない。できれば俺のことなんか気にせずに幸せに…」
「ご主人様のいない世界に幸せなどありません!!」
「…ごめんな。」
「どうして、共に生きていこうと言ってくださらないのですか?ご主人様のいない世界なんて…。せっかく、また会えたのに…。」
「ごめんな。」
シロを引き寄せて抱き締める。
俺はあと何回、コイツらを泣かせるのだろうか。
もう、俺を大事に思ってくれている存在を悲しませたくない。
俺のことを皆忘れてしまえば良い。
どうせ偽物なんだから。
「ユリヤのところへ行ってくる。宣戦布告までしちゃってるからな。土下座でもしてお許しいただいてくるわ。それで足りなきゃ靴でも足でもケツの穴でも舐めてやるぜ。」
どうせ忘れるし。
「そんなことをしてはいけません!!」
「うおっ!?冗談だよ冗談…。とりあえず、また必ず戻るから。お前たちに黙っていなくなったり、隠し事はしないようにする。そこは安心してくれ。」
「…分かりました。そういうことでしたらこの場でお待ちしております。クロには今の話は言わないでおきますね。ご主人様の気が、お変わりになるかもしれませんから。」
「そうだな。不本意だが、ここのところは行き当たりばったりの予定変更ばっかりだよ。」
膝で寝ているクロを起こさないよう、ゆっくりとシロへ預ける。
「じゃあ、行ってきます。シロ。」
「はい。ご主人様。お帰りを心からお待ちしております。」
最後にシロの頭を撫でてやる。
こんなことで目を細めて嬉しそうに笑う彼女を見て、来る別れの日のことを思うと切なくなってきてしまう。
「さて…」
意識を切り替えろ。
『どうせ聞いているんだろう?ユリヤ。』
頭の中で呼び掛ける。
『…また私の家でもよろしいですか?』
『ああ。頼む。』
くだらない偽物の物語。
その終幕は、もうすぐだ。




