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再びの旅立ち


 夜更けまで続いた祭から一夜明け、エルファの島は何処となく哀愁が漂っていた。

 僅か十日間の里帰りは濃密でありながら一瞬のように過ぎ去り、カルディナは着々と出立の準備を進めながらも、再びの故郷との別れに寂しさを隠せずにいた。


「…やっぱり寂しい?」


 いつものようにヴォクシスと昼食を取っていたら、そんな言葉を掛けられた。

 少し戯けながら肩を竦め、彼女は残りのパンを口に含んだ。


「閣下も何だか、元気が無いですね」


 そんな指摘に彼は困ったように額を掻いた。

 正直、二日酔いである。

 エール一杯分も飲んでいないが、頭の芯が痛い。


「色々と懸念がね…」


 そう言葉を濁しつつ、温かいコーヒーを傾けた。

 今後のスケジュールとしては一旦、島より程近いベルウッド領にある陸軍基地にて第五師団と合流し、燃料補給や装備の点検を行った後、アヴァルト王太子コルベルとルーク王子、更にはキャスティナをヴェルフォート領にある迎賓館に護送。

 バンデット隊及びモーヴ少佐率いる第八〇六特務機動連隊第三地上攻撃中隊を護衛に就けて、残りは空路もしくは陸路で王都に向かう流れだ。

 カローラス王国内の諸々の混乱が収束し次第、護送されるキャスティナとコルベル王太子等は都市国家ルノレトに亡命する手筈であるが、それがいつになるかは今のところ未定である。


「やはり、王都の…ですか?」


 そんなカルディナの問いに、ヴォクシスは控えめながらに頷いた。

 王都にいる部下からの情報によれば、現在の情勢不安を王家へと差し向ける動きは日増しに強まっており、彼自身をその最大悪とする謀略的吹聴も複数確認されている。

 各報道機関も領土奪還の功を成した英雄ヴォクシス・ハインブリッツに浮上したこの大スキャンダルに熱を上げており、王都への帰還はその渦中に飛び込むようなものであった。


「ここの穏やかさを思うとね…、ちょっと気後れしちゃうよね」


 自嘲気味に呟く彼に、カルディナはその刹那、溜息のような深呼吸と共に目を伏せた。

 その様に気を遣わせることを言ってしまったとヴォクシスは後悔。

 気に留めるなと告げようとした矢先だった。


「閣下のことは私が守ります」


 その言葉と共に、碧の瞳が真っ直ぐに彼を捉えた。

 彼女のその眼差しは静かな強い意志を宿していた。


「私は閣下の相棒(バディ)です。恐れないでください。閣下には第八〇六特務機動連隊の総員と我等がクロスオルベ家がついています。この中に閣下を仇なすものなどおりません。もし万一、不埒な輩がいるならばクロスオルベ侯爵の名において鉄槌を下します」


 淡々としながらも気高さを堪えた激励に、ヴォクシスは胸が詰まった。

 ほんの一年半前まで只々理不尽に怯えて蹲っていた少女が一体いつの間に、こんなにも頼もしくなったのか―――…。

 英雄と呼ばれるに相応しい彼女の風格に、安堵と高揚感を覚えずにはいられなかった。


「これは心強い限りだ…。クロスオルベ侯爵、どうぞ宜しくお願い申し上げる…!」


 項垂れていた己を振り払うように背筋を伸ばして、ヴォクシスは気を引き締めるようにカルディナへと手を差し出す。

 その手を取り、固く握手を交わす彼女は不敵な笑みを零して、深く任せろとばかりに頷いて答えた。




 夕暮れの島に戦闘機のエンジン音が鳴り響き、次々に銀翼が飛び立つ。

 島の人々はそれぞれに手を振って見送り、最後にヴォクシスを乗せる輸送機とデュアリオンに纏ったセルシオンが残った。


「ではローバー中佐、引き続き、島の事をお願いします」


「はい、おまかせを!」


 互いに敬礼をし合い、ヴォクシスとローバー中佐は別れの挨拶を交わす。

 その傍らでは涙ぐみながら島民達と別れを名残惜しむカルディナの姿があった。


「姫様、どうかお気をつけて」

「ご武運を祈っております」

「絶対に戻って来るのですよ?」


「必ず戻ります。皆も元気で…」


 最後の言葉を交わし、涙を浮かべながらも家門を背負うように外套を翻す。

 貰い泣きする士官等が機械竜への搭乗を手助けする中、彼女は堂々とコックピットへと乗り込んだ。


「「「お元気で〜!!」」」


 島民皆が手を振る中、咆哮を上げてセルシオンがカルディナを乗せて飛び立ち、時を同じくしてヴォクシス他、要人を乗せた輸送機も離陸。

 上空を旋回していた戦闘機部隊は直ちに警護の陣形を組みながら、島に残る仲間達へと向けて煙幕や閃光弾を放って別れを惜しんだ。


『…こちらハインブリッツよりシャンティス特務大佐へ。カルディナ、大丈夫かい?』


 夕焼けに照らされる島が段々と小さくなっていく中、搭載した通信機より聞こえるヴォクシスの声にカルディナは小さく「はい」と答えた。

 それ以上は、涙に声が震えて言えなかった。

 終わりゆく束の間の里帰りに、始まりゆく過酷な戦いへの言い様のない恐怖―――…。

 微かに雑音の中に交じる鼻を啜る音に、通信を繋いでいた誰もが彼女の心境を察した。


『カルディナ、エルファ島に無線を繋いでごらん?』


 その指示に袖で涙を拭いながら、彼女は無線回線を島に合わせた。

 雑音を掻き分けるようにチューニングして、微かに聞こえてきたのは島人達が歌い奏でる民謡だった。


『…門出の唄…っ…』


 そう気付いた瞬間、嗚咽を堪えることが出来なくなった。

 旅立つ者へと向けられた餞の唄は、戦いへと赴く彼等の無事を願う人々の想いを乗せて、その帰還を待ち詫びるように歌い続けられていた。


『…っ…機械竜シャンティスより、ハインブリッツ閣下へ…、教えてくださり、ありがとうございましたっ…。そして…今、この声を聞く全隊員に告ぐ…』


 尚も続く歌声を耳にしながら、カルディナは涙を拭い堪え、息を整える。

 皆が静かに耳を傾ける中、彼女は強くその意志を示すように言葉を放った。


『皆、必ず生き残って…、生きてこの醜悪な戦いの全てに終止符を打ちましょう…!私達には、私達の帰りを待っている人がいます…!どうか、その事を忘れないで…!この戦い、絶対に勝ちましょう…!』


 まるで皆の背を叩くように告げられた言葉は、十五歳の――等身大の彼女の願いの全てだった。

 若くも気高き指揮官の悲痛なる願いを前に、猛者達は己を奮い立たすように空が割れんばかりの雄叫びを上げた。

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