祭事
西浜へと向かって道筋を示すように煌々と篝火が辺りを照らす。
その明かりを頼りに鈴を鳴らしながら白の装束を纏う子供達が列を成し、そんな子供達を引き連れて、竜を模った面を被った星乙女が杖をその手に歩を進める。
自然が作り出した岩礁の舞台には、島伝統の太鼓や縦笛を手にした大人達が彼等を誘うように音を奏でる。
祭の始まりを前に集った王国軍士官達は今か今かと、その様子を屯して見つめた。
「綺麗な音色…、とても神秘的な祭事ですね」
特別席として設けられた椅子に腰掛け、キャスティナは傍らのヴォクシスに囁く。
彼もまた島ならではの娘の晴れ姿を待ち侘びていた。
暫しの後、星乙女に扮するカルディナが堂々と一人で舞台に立ち、しゃらりと杖を打ち鳴らす。
それを合図に一際の太鼓の音が轟き、静寂が辺りを支配した。
「地の民よ!!我は天の彼方より参りし星乙女なり!今ぞ、この地に豊穣を齎さん!」
手にした杖を高々と掲げ、カルディナは舞の始まりを告げる。
「「「いざ!奏でたもう奏でたもう!我等は汝の忠臣!星紡ぎの民なりぃ!!」」」
空を震わさんばかりに島民らの声が彼女の誓言に応えて轟く。
「いざ踊らんかなぁ!歌わんかなっ!」
その掛け声を号令に、若人達が太鼓を大きく打ち鳴らす。
腹に響く轟きに、カルディナが軽やかに砂浜へと蹴り出し、その舞を彩るようにエルファの民が声高らかに唄を奏でる。
風に吹かれた篝火が火の粉を散らし、その光に照らされる星乙女は、恒星煌めく天を駆けた古の先祖の旅路をその身の動きで語り伝える。
遥か古き故郷の地を離れ、新しき土地を知り、栄華を極めては再び旅立ち、新たな土地へ―――、悠久の時の中、星々を旅した流浪の民の生き様を舞い踊る星乙女に、次第に島民らも踊り出し、眺める士官等をも巻き込んで皆が皆、踊り狂う。
踊り疲れた者は篝火の外へと抜け出して、長老達が振る舞う酒と馳走に舌鼓。
楽器の奏者も代わる代わる入れ替わり、休んでいた者も気が向けばまた踊りの舞台に飛び込んで―――、新たな豊穣と繁栄を願う祭事は皆が酔い潰れ、馳走が尽きるまで続くという。
「ハハハッ、これは中々…!」
例に違わず踊りの輪に連れ込まれたヴォクシスは、草臥れ模様で砂浜に座り込む。
休み休みではあるがカルディナは尚も踊っており、負けじと士官達も酒を入れながら島民から舞を習う。
彼等の底無しの体力には驚かされるばかりである。
「閣下、一抜けですかっ?」
ゼエゼエと肩で息をしながら同じく踊りの中に連れ込まれたローバー中佐も何とか脱出。
近頃、デスクワーク続きで体力の衰えは否めなかった。
「まだ病み上がりだし、言うて僕も三十後半ですからね…」
そっと胸ポケットからシガーケースを取りつつ、ヴォクシスは苦笑い。
彼も忙しさに訓練が疎かになっていることは感じていた。
「四十超えるとドンと来ますよ。職業軍人続けるなら後方勤務をお勧めします。後輩には悪いですが、流石にもう戦場駆け抜けるには自分もしんどいです」
我が身の衰えを自嘲しつつ、中佐はライターの火を差し出した。
「肝に銘じておきますよ、ジョルノ先輩」
皮肉を込めつつ火を貰い、ヴォクシスは清々しく煙を吐いた。
「おおぅ…その呼び方、懐かし過ぎて気持ち悪い…」
手元のライターを抱きしめて彼は苦笑い。
職業軍人になって間もなかった頃の呼び方である。
「ラパン少尉が率いたあの分隊で生き残ったのは、もう僕と貴方だけですよ…。…良い奴ほど先に逝く…何だったかは忘れましたが、そんな台詞がありましたね…」
煙草を口に寄せながら、ヴォクシスは酷く悲しげに微笑んだ。
初めて配属された部隊は、軍人にしておくには勿体無い程に良い人ばかりだった。
己の出自を気に留める事も無く、純粋に泥沼の戦争を終わらせたいと、その一心で戦っていた仲間だった。
「その理屈からすれば俺も悪い奴ですね。バンバン下の奴等が入れ替わる中、俺は安全圏のここで長閑に仕事させて貰ってんですから…」
そう言って肩を竦めたローバー中佐も胸ポケットから煙草の箱を手に取り、箱を振って飛び出した一本を口に咥えた。
「中佐は良い人ですよ。たった一年弱でここまで島民の心を開いたんですから。貴方を兵長代理にして正解でした」
「それは嬉しいお言葉で…、抜擢された時は偉いビビりましたし、何で俺?って思いましたがね。大方、お人好しで人情に弱いところを推したんでしょうけど?」
そんな呟きじみた言葉にヴォクシスは大笑い。
全くの図星である。
かれこれローバー中佐とは十五年以上の付き合いで、良くも悪くも人情深い人である。
面倒事が嫌いな癖に気付けば進んで諍いの仲裁に入るような男で―――、それで毎回の如く痛い思いをしているのに、運が悪かったと笑って済ませるのだから中々の気概と根性である。
「この戦争が決着するまでは暫く掛りそうですが…、引き続き、島の事を宜しくお願いしますね」
笑みを浮かべ、傷跡深い手を差し出すヴォクシスに中佐は困ったように笑いながら勿論だと握手を交わした。
「あらあら、お二人も島民の皆さんに扱かれたようですね?」
そんな声に視線を向けた二人は、気を改めるように煙草を消し潰して起立した。
島の女性達と酒や馳走を振る舞っていたキャスティナが良く冷えた果実酒とその肴を持って来てくれた。
「去年のプラムを漬けた島民お手製だそうです。ヴォクシス様にはサイダー割りでご用意しました。お酒が苦手だと聞いておりましたので」
そう言いながら、差し出されたアルコールに二人は恐縮した。
付き添いに島民が寄り添っているとは言え、かつての姫君にお酌をさせてしまった。
「「いやはや、助かります」」
苦笑を添えて自然と揃った言葉に、ヴォクシスとローバー中佐自身も大笑い。
温くなる前にと口に運んだ酒は滑らかな味わいで、スルスルと喉を通った。
「おぉ、これは飲み易い…」
あまりの飲み口の柔らかさに、ヴォクシスは笑みを零しつつ、内心この一杯だけで止めておこうと警戒。
うっかりするとひっくり返りそうである。
「美味いですね…、…これは売れるな…」
そんなローバー中佐の呟きに、傍らの島民は堪らず失笑。
島民の間で農産物を使った名産品を考えていたが軍人である筈の彼もその話し合いに度々顔を出している。
酒を前に考える姿は最早、島の人間であった。
「…そう言えば、バルシェンテ殿の姿が見えませんね」
辺りを見回して、ヴォクシスははたと気付いた。
士官に引っ張り出されてバンデット隊は控えめながらに祭に参加しているが、隊長であるフォルクスの姿が見当たらない。
キャスティナの外出時はいつも忠犬のようにぴったりと傍らに寄り添っているのに、今夜はどうしたのか―――…。
「嗚呼、フォルクスね…。それがその…、ちょっと気持ちの整理が付かないみたいで…」
「…と、言いますと?」
話の筋が見えず、小首を傾げる彼にキャスティナは困ったように笑みを零した。
「実は昨晩、カルディナさんが舞踊の練習をしているところを一緒に見掛けたのですけど…、その後から、ちょっと…ね?」
何ともアンニュイな返答に、ヴォクシスとローバー中佐は暫し沈黙。
無駄に鋭い勘が働いてその意味を悟った瞬間、ほぼ同時に噴き出した。
「ま…まじすかっ…、待って、彼って今年で二十六ですよねっ…?」
「こ、これは想定外だなぁ…!」
肩を震わせ、両者湧き上がる笑いを堪えるので必死である。
日頃は恐ろしい猛禽も、恋した相手の前では小鳥となって木陰に隠れてしまうらしい。
「初めての感情で少々狼狽えているみたいです。彼は青春を戦場で過ごしたものですから…。私としては、この恋が実ると良いのですが…?」
頬に手を宛てがい意味深に微笑む彼女に、ヴォクシスは咳払いをして尚も込み上げる笑い声を抑えた。
「…私としては複雑です」
「俺もです」
帰って来た同意見に、キャスティナはあらあら…と困ったように笑うばかり。
それぞれの想いが民謡と共に交差する中、島を彩る篝火はいつまでも煌々と揺らめいていた。




