カミネートの体 90
姿は見えないものの、後ろから着実に迫る足音から少しでも距離を離そうとミネトラは廊下を走っては、突き当りに存在する廊下を駆け降りているとミネトラは二つの違和感に気付いた。
「どうなってやがる…。あいつらがいた部屋は三階だった。だが、俺が逃げ始めてから降りた階層は五階はある…。それに、足音は歩いてやがるのにいつまでたっても聞こえる」
「医者の君ならすぐに分かるだろう?僕の下で何を学んだんだい?」
姿が見えないカミネートの声がどこからともなく聞こえる。逃げ切ることができないと判断したミネトラは走る足を止めて、その場に立ち止まる。
「おや、もう鬼ごっこは終わりですか?」
「うるせぇよ。鬼が追ってこない鬼ごっこなんて茶番でしかないんだよ!」
ミネトラは手にしていたナイフを口の中に入れて、頬の裏側を傷つける。口の中に血の味が広がり、ミネトラはそれを喉の奥へと流し込んだ。
すると、暗い廊下だった景色は姿を変えていき、出たはずのカミネートの部屋にいた。目の前にはこちらに銃口を向けるカミネートの姿があった。
「おはようございます。いい夢は見れましたか?」
「俺は寝起きが悪い方でな!」
カミネートが拳銃の引き金を引くと同時に、ミネトラは銃口に向かって血液の混じった唾液を吐き捨た。拳銃から放たれた弾丸とミネトラの唾液が衝突し、火花を上げてそれぞれの頬をかすめた。
通常の人間の唾液が拳銃から放たれた弾丸を止められるはずはないが、ミネトラの血液が混じった血液は弾丸に負けない硬度を持ち、弾丸の軌道を変えたのだ。
「俺があの部屋で防いだと思った液体は気体になってからでも、効果のでる薬品だな?お前が調子に乗ってなければ、俺の頭には風穴が空いてただろうな」
「素晴らしいですね。その能力もですが、君の判断能力も賞賛に値します。殺すのが惜しいと思わされるほどに」
ミネトラはカミネートから距離を取りながら、舌を使ってナイフで傷つけた頬の傷口を広げる。
「口の中から出る血は薬の役割、唾液は硬質化とでも呼びましょうか?実に多彩だ」
ミネトラは口腔内に一定量の血液をため込むと、姿勢を低くしてカミネートへ走り出す。
カミネートはその様子にただ拳銃を構えるだけで発砲はしない。カミネートの懐にもぐりこんだミネトラは赤く染まった白衣で包まれた肘をカミネートの腹部へと叩きこむ。
「お前の腹は鉄板か何かかよ…」
攻撃を与えたミネトラの肘はミシミシという悲鳴を上げて、骨にひびが入るのをミネトラは感じた。ミネトラが衝撃と痛みで動けないでいると、カミネートはゆっくりとミネトラの背中へ銃口を押し当てる。
「私の人体と言える部分はもう残っていませんよ」
カミネートは拳銃の引き金を引き、銃口から銃弾が発砲される。
「いってぇ…!」
拳銃の銃弾はミネトラの背中に当たると、白衣を焦がしてミネトラの背中の上で止まった。
「こっちは硬質化ではなく柔軟性をあげるような効果ですか?」
「知るかよ!」
ミネトラはカミネートが持つ拳銃の銃口を持つ。幸いにもカミネートの腕力は脅威に値するものはなく、拳銃を奪うことはできなかったものの、射線を自身から外すことに成功する。ミネトラはカミネートが反撃する暇を与えずに、顔面に向かって唾液を吐きだす。
カミネートは首を横にすることで唾液を回避するが、ミネトラは横になった顔面に殴り拳を打ち込む。すると、またしても流血するのはミネトラの方であり、カミネートの顔面には返り血以外の傷は付かなかった。
「だから、私にそんな攻撃は無駄だと───」
「これを攻撃と思ったなら、お前は冷静さを失ってるんじゃないか?」
ミネトラはすぐさまカミネートから離れ、部屋に設置されているソファの裏へと隠れるとミネトラは親指と人差し指を使って、指を鳴らした。その衝撃に反応してか、カミネートに付着したミネトラの血液が赤く光り、カミネートの顔面を中心に爆発を上げた。
爆発によって生まれた煙は次第に晴れていき、棒立ちしているカミネートの姿が現れる。その頭上は一見、髪が綺麗に吹き飛び、丸坊主を思わせたが、次の瞬間にはその印象は消え去った。
爆発によって皮膚は吹き飛んだのか焼け焦げたのか、その顔面は肌色を一切として纏っていなかった。
「てめぇはアイカの人形かよ…」
「ははは…。それに近い何かだと思ってくれるといいんじゃないかな?」
皮膚の下から顔を見せたのは筋肉のような物ではなく、ただ無機質な光沢を放つ素材だった。




