軽食 動力 お金 84
リーナとアムリテがミネトラと作戦会議をしている頃に、カミヤとナオキはカミネートが経営する病院の下にある名前も分からない街で軽食を食べていた。
「なぁ、ばあさん。早く上に戻った方がよくないか?アイカが…」
「カミネートはアイカに危害を加えない。そんなことあんただって分かってるだろ?それと、会った時から思ってが、女性をばあさんなんて呼ぶんじゃないよ」
カミヤは持っていたフォークをナオキの方へと、軽く投げつける。
「痛てぇな!?」
ナオキはそのフォークを避けることができず、額に三つのへこみを作る。
「そう言われても、俺あんたの名前知らねぇし…」
「会った時に言っただろう。女の名前を忘れる男は嫌われるよ?」
ナオキは頭を抱えて必死に思い出そうとするが、カミヤと会った時の記憶はカミネートの仲間だという思い込みで塗り固められていた。
そんな様子を見て、カミヤはため息を吐いた。
「私はカミヤだよ。呼ぶときはカミヤ様とお呼び」
「あ、そう言えばミネトラの野郎もそんな名前で呼んでたな。どういう関係なんだ?」
ナオキが何気なく聞いた問いに、カミヤは持っていたナイフを本気で投げつける。先ほどのフォークのように当たれば、今度は流血ものだ。
ナオキは全力で下にしゃがむことで、数本の髪の毛とその下の頭皮が赤くなる程度で済んだ。
「ただの言いなりになるしかできない舎弟だよ。あいつの始末も後々はつけないとね…」
カミヤとミネトラの会話を聞いていたナオキはその言葉を真に受けるつもりはなかったが、これ以上の詮索は命の危機に瀕すると思った。
「避けたと思ったのに…。な、なぁ、カミヤさん…。この後はどうするおつもりで?」
「とりあえずは情報を集めないとね。ナオキ、ここはどういう街だと思う?」
「どういう街って…。普通の街なんじゃねぇの?変なのは病院の下にあるってことだけで…」
ナオキには歩く人や建物、現在入っている建物で出てくる食べ物にも一切の違和感はなかった。もちろん、太陽は出ていなかったが、アナザーの中なら不思議なことではない。
「あんたのいた世界では、人工物で覆われた街があったかい?その下にもう一個街は?ましてや、それらすべてを実質一人の人間が管理することは?」
「いや、俺達の世界ではありえないけど、こっちなら魔法でどうにかなるんじゃないのか?」
「なるわけないだろ。魔法は奇跡じゃない。たとえ、今言ったことがすべてできたところで、周りの王国や貴族どもから侵略されるか、魔力が底をついて死ぬのがオチさ」
アナザーは世界一発展した都市だと、周囲からも認められている。ならば、武力を行使してでも取り込もうとする者は少なくないはずだ。だが、アナザーはいまだにカミネートの手の中に存在しているのだ。
「おそらく、武力面はミネトラとアイカが手を組んだらどうにでもなる。だが、病院や空、この街を動かす動力はどうやって賄っている?」
「……この街の人間、って言いたいのか?」
「正解だ。これも推測の域を抜けれないが、ここは治療費を払えなかったもの、あるいはその親族が暮らしているんだろう。借金を返せる見込みのあるものは普通の生活を。到底、返せるものではない者は強制労働という形でね」
カミヤの話にナオキは唾を飲み込んだ。
「で、でもよ、俺達が見てきた人間は全員普通の奴だったぜ?強制労働させられてるやつなんか…」
「お客様、そろそろ閉店の時間ですので、退店していただいてもよろしいですか?」
カミヤが言葉を発する前に、ひげを生やしや店主らしき人物が退店を促してきた。
「おや、店を閉めるには早いだろう?それに、まだラストオーダーも聞かれてないが?」
「それは失礼いたしました。お詫びに、代金は頂戴いたしませんのでどうかお引き取りを」
店内を見渡すと、カミヤとナオキが入店したときには席が埋まるほど客が入っていたのに、現在店にいる客は二人だけだった。
「カミヤ、さっさと出ようぜ。閉店の作業もあるだろうし」
「…いいだろう。コーヒーは旨かったよ。また来る」
カミヤは席を立ちあがると、自分のコップの横に多少の小銭を置いて店の入り口へと歩き出す。ナオキも店主にお礼を言って、店の扉を開ける。
「カミヤ、次はどこに行くんだ?」
「安心しな。用事は向こうからやってきてくれたみたいだよ」
ナオキは店の外を見ることで、その言葉の意味を理解した。
店の外には粗末な武器を掲げた老若男女が入り乱れて、二人を囲っている。その表情からは明確な殺意を感じ取り、能力を発動していないナオキですら話し合いは不可能だと感じた。
「一応聞くが、あんた達は金を払えなかった奴らだね?」
「そうだ!だが、お前たちを差し出せばここから出られる!悪いとは思うが、抵抗するなよ!」
正面にいた男は木の棒を掲げながら、二人に向かって走り出す。それに続くようにして、取り囲んでいた住民も二人に向かって走り出した。
「こうなったら、俺の能力で…!」
「無駄遣いするんじゃないよ!」
未来視で現状をどうにかしようとしたナオキは、カミヤに首を掴まれて中断する。すると、正面の男がカミヤの頭部に向かって棒を振り下ろした。
「カミヤ!」
振り下ろされた棒の直径はカミヤの頭部を超えており、当たれば粉々になるのは目に見ていた。しかし、カミヤはその棒が頭に当たるよりも早くに男の体に触れた。
その瞬間、男はどこかへと消えて行ってしまった。
「魔法、使えるようになったのか!?」
「元々使えたさ。ただ、干渉される範囲が分からなかったから使わなかったのさ」
ナオキと会話している間にも住民は二人に迫ってきており、カミヤは触れられる範囲まで入った住民を次々と飛ばしていく。だが、手数が足りずに攻撃が当たりそうになる。すると、カミヤは首を掴んでいたナオキを住民に放り投げて攻撃を中断させる。
「カミヤさん!?」
カミヤと離れたナオキはあっという間に住民に取り囲まれ、孤立してしまう。攻撃手段のないナオキにはどうしようもない状況だ。
「あ、あのー、俺達人間なんだし、話し合いませんか?そうだ、そこの店でお茶でも──」
ナオキの精一杯の笑顔もむなしく、住民はナオキに向かって包丁を突き刺そうとする。
「危ない!?」
ナオキは体を倒すことで包丁を回避するが、地面に倒れる前に巨漢の男に肩を掴まれてしまう。ナオキを掴んだ男はにっこりと笑う。
「終わった…」
その笑いに涙を流し、ナオキは静かに目を閉じた。すると、突然地面が揺れだし、巨漢の男を含めて周囲の人間はしりもちをつき始めた。
「これは…?」
「ナオキ!」
その隙を見計らってか、カミヤはナオキのすぐ傍まで飛んできて、ナオキの腕を掴んで飛ぼうとして力むと
「逃がさねぇ!」
ナオキを掴んでいた男が、今度はナオキの足に手を伸ばした。その力はすさまじく、ナオキの足はミシミシと悲鳴を上げる。
「くそがぁ!さっさと離しやがれ!」
ナオキは悲鳴を上げる代わりに怒声を上げて、伸ばされた腕に歯を食い込ませる。
「いてぇ!」
巨漢の男はその攻撃に悲鳴を上げて、ナオキの足から手を離す。
「よくやった!」
カミヤはナオキの足から手が離れた瞬間に、目的の位置へと飛んだ。




