病室と医者と空 68
微かな頭痛に襲われてリーナは目を覚ました。そこは、見たことも無い白いベッドの上で、部屋も真っ白だった。左腕に違和感を感じ、腕を上げるとチューブが繋げられていた。そのチューブの先には液体の入った袋があり、その液体を体に入れる治療器具だと推測した。
「ここは…?」
起き上がると、知らない場所にいるのは人間領に来てからは多くあったので、さほど驚かずに状況を把握しようとする。初めに部屋の中を見渡すと、隣のベッドにはアムリテが寝ているのが分かった。
アムリテは、すぅすぅと寝息を立てて眠っている。アムリテの横にも、リーナがつけられているのと同じ液体の袋があった。
「確か、ドットバットを倒して…。そっか、蛇に噛まれたんだ。っていうことは、アムリテがここまで運んでくれたんだ」
リーナは状況を理解した。しかし、アムリテにも同じ袋がつけられているのが気になった。
「もしかして、アムリテも噛まれた…?でも、それなら二人ともこんなとこには…」
リーナの中に不安と疑問が生まれるが、全ては横で眠っているアムリテが起きてから聞けば解決すること。リーナは思考を止め、気持ちを落ち着かせるためにアムリテの奥にある窓から外の景色を見つめた。
しかし、そこに広がっていた光景にリーナは不安を新たな疑問を生んだ。
「明るいのに太陽が無い…?」
角度的な問題かと思い、ベッドから立ち上がって窓に近づく。歩こうとしたときに、腕に繋がっているチューブが邪魔だったが、それの足には車輪がついていたので棒状の部分を押して歩いた。
「やっぱりない…」
角度を変えても太陽は見つからない。自分がいる建物の反対にあるのかとも思ったが、それにしては明るすぎる上に、影が生まれていなかった。
「どういうこと…?まるで、空が光ってるみたい」
「鋭いね。その通りだよ」
リーナが独り言を発すると、それに合わせるように声が後ろから聞こえた。その方向を見ると、白衣を着た男が扉に寄りかかっていた。
「あなたは…?」
「初めまして。お前の命の恩人、ドクターミネトラだ」
「ってことは、あなたが救ってくれたお医者さんなんですね!ありがとうございます!」
頭を下げたリーナにミネトラは毒気を抜かれた様に、口を開けていた。
「どうかしましたか?」
「あぁ、いや最近の冒険者どもは金さえ払えば良いと思って、威張り散らす奴が多くてね。悪いね。本当に恩人と言うなら、そこで眠っているお姫さんだ」
ミネトラは眠っているアムリテに向かって指を刺した。その動作で、リーナは聞かなければならないことを思い出す。
「そう!先生!アムリテは大丈夫なんですか!?」
「今はもう大丈夫だ。だが、君と同じで非常に危ない状態だったのは、知っておけ」
「危ない状態だった…?」
ミネトラの言葉を聞き、最悪の不安は消えた。
「まずお前の方から話をしよう。君が噛まれたのは、魔獣デュアルサーペント──になる前の個体だ。聞いたことはあるか?」
「はい。頭が二つある蛇ですよね。それぞれの頭が違う毒を持ち、獲物を仕留める」
デュアルサーペントは魔界の魔王領でも使役しているものが多く、幼いころからよく目にした魔獣だ。
「そうだ。だが、さっきも言った通り、噛まれたのはなりかけ。子供だ。だから、神経毒の方は完成していたが、後から生まれる頭が持つ予定の出血毒は弱かった」
ミネトラがリーナの左腕を指さす。そこは、チューブが繋がっているところだ。
「出血毒が完成していたら、最低でも左腕は諦めてもらうとこだったぜ。それを、このお姫さんは知ってか知らずか、正しい順序で応急処置を済ませた。なかなかできることじゃない」
「そうなんですね…。アムリテに迷惑かけちゃったな」
リーナはアムリテの前髪をそっと撫でる。アムリテはくすぐったそうにして、寝返りを打った。
「次にお姫さんの方だ。こっちは外傷こそなかったが、中身がボロボロだった」
「中身…?」
「魔力だ。馬鹿みたいにポーションを飲んだ結果、魔力中毒に。その上、お前を担いでここに入った時には魔力切れを起こしていた。普通の人間なら、頭痛とめまい、吐き気と幻聴幻覚。まともに気を持つことすらできない状態になるはずだ」
想像以上の内容にリーナは血の気が引いて行くのを感じる。蛇に噛まれた自分がマシだと思うほどだ。
「すぐに診ようとしたが、お前を先にしないと左腕とはお別れ。その結果、お姫さんは長い時間苦しんだだろうよ」
「……本当に助けてくれてありがとうございます」
瞼に溜まった涙を落とさないようにリーナは頭を下げる。声が上ずったのを察して、ミネトラは部屋を出ようとした。
「お姫さんが起きたら、謝る前に感謝を伝えな」
ミネトラはその言葉を残し、病室の扉を開けて廊下に出る。病院の廊下は奇妙なほどに静かで、次の手術に気持ちを切り替えるためには最高だった。
「手術後、一時間で目を覚ますとか…。あ、空の事話すの忘れてた」
もう一度病室に戻る時間はなく、ミネトラは手術室に足を進める。彼に休む時間などない。この病院にはミネトラ以外の医者はいないのだから。
ミネトラが去った病室でリーナは、アムリテのベッドに縋り付いて泣いていた。
死の間際にいた恐怖。アムリテへの罪悪感。アムリテが味わったであろう苦しみを考えると、涙があふれた。
自分がもっとうまくやっていれば、アムリテに苦痛を与えることがなかったのではないか。もっと弓が上手ければ、どちらも怪我をせずに済んだのではないか。
溢れ出る後悔を押し殺す代わりに、涙は止まらない。
リーナのすすり泣く声を聞いてか、アムリテがうぅっと小さい声を出した。
「アムリテ!?」
リーナはアムリテの手を取り、顔を見つめる。しかし、アムリテは目を開けず変わらぬ寝息を立てていた。
「今は安心して寝ててね。起きたら、絶対恩返しするから!」
リーナはアムリテが起きるまで手を握り続けることを決め、座ったまま眠りについた。
毒の眠りから覚めたリーナ。そこは、見たことも無いほど白い病室だった。窓を見れば、太陽のない空が光を放っている。病院に一人しかいない医者、ドクターミネトラとは?
ってことで、新章の開幕です!
これからの展開にも、乞うご期待ください!




