ドットバット 66
リーナがどちらの道に進もうかと迷っていると、アムリテは右手にある道に足を進めた。
「どっちに進んでも一緒よ。奥でつながってるんだから」
「そうなんだ。そう言えば、洞窟は広くないって言ってたもんね」
アムリテに続き、リーナも右の道を選択する。もうすでに洞窟の中にある光は二人が持つたいまつのみであり、日の光は届いていない。
リーナの視線にあるものが入り、そちらを照らすようにたいまつを地面に近づけると、今までにはなかったものが転がっていた。
「アムリテ、これって…」
リーナが照らす地面には動物の骨や虫の足が転がっており、その上や下にはコウモリが排出したと思われる糞が広がっていた、
「確かにいるみたいね。でも、骨だけになるなんて妙ね…」
事前に聞いた話ではドットバットは対象の血を吸うだけであり、肉を喰うほどの大きさはない。落ちている骨が虫などの小さい生物なら理解できるが、落ちている骨は明らかに小動物の骨であった。
疑問が残るアムリテはカバンから水筒を三本取り出し、杖を光らせた。
「アルト・パラスケヴィ」
三本の水筒から水が宙に浮き、アムリテの周辺に三つの水球が生まれる。その様子を見たリーナはたいまつを左手に持ち、右手で腰の鞘から短剣を引き抜くことで臨戦態勢を取った。
緊張感を持ちながら二人はゆっくりと先の見えない洞窟の中を進む。動物の亡骸やコウモリの糞は次第に多くなり、悪臭が鼻を襲う。
「これが終わったら、真っ先に水浴びしないと…」
アムリテが独り言を放った時に、たいまつの明かりで照らされた洞窟の中を動く影が見えた。その影は天井に張り付き、こちらを伺っているようにも見える。
「リーナ!」
「うん!」
二人は動いた影の方向に視線を向け、ゆっくりと距離を縮める。影の瞳がたいまつに照らされ、赤い光を反射する。徐々に影は鮮明な姿を現した。体を覆う真っ黒な翼、大きな耳と潰れたような鼻。そして、赤い瞳。
「チィチィ…」
ドットバットは奇妙な音を出し、静かにこちらを見つめている。
「リーナ、弓であいつの右翼を狙える?」
リーナは静かに頷き、短剣を鞘に戻す。そして、リュックから弓と矢を取り出す。すると、弓を見たドットバットが大きく翼を広げた。
「っち!アルト・ヴェロス!」
アムリテは水球を矢の形にして、ドットバットの左翼に向けて放った。ドットバットは水矢を避けることはなく、直撃した。
「腐っても魔獣ね…」
直撃した水矢はドットバットの左翼を貫くことはなく、ただ濡らすだけという結果になってしまった。
「っは!」
アムリテの魔法にドットバットが気を取られている間に、弓の準備をしていたリーナが矢を放つ。狙いは水矢と同じく左翼。弓から放たれた矢は風を切り裂き、ドットバットに向かう。
「チィ!」
ドットバットはその矢が自身の左翼に当たる直前に、翼の先端に付いている鉤爪で矢を叩き落とした。
「リーナ!あたしが支援する!あんたがメインよ!」
アムリテはリーナの後ろに回り、たいまつを放り投げる。リーナのたいまつも地面に置いているので、周囲が一気に暗くなってしまった。
「フォス・フローター!」
アムリテが呪文を唱えると、暗くなった周囲がすぐに照らされた。リーナが後方を見ると、アムリテの足元にポーションの容器が転がっており、リーナの後方に光の球が五つも浮かんでいた。
リーナは光球で明るくなった洞窟の天井にいるドットバットに向けて弓を構える。鉤爪で叩き落とされないようタイミングを見計らっていると、後方から水矢がドットバットの顔にめがけて飛んで行く。それは損傷を与えるのが目的ではなく、目くらましが目的の攻撃だ。
リーナはアムリテの攻撃の意味を理解し、それに続くように矢を放つ。
二本の矢が自身にめがけ飛んでくるドットバットは、大きく目を見開くと口を開けた。
「キィィィ!」
耳が痛くなるような高音に二人は顔を下に向け、耳を塞いだ。耳障りな高音が落ち着き、顔を上げるとそこにはドットバットの姿がなかった。
「逃げた…?」
「まだよ!あいつが小さくなることができるの!おそらく、あたし達のことを狙ってるわ!」
リーナは周囲を見渡すが、ドットバットの姿は見つけられない。リーナは右手に持っていた弓を左手に持ち替え、短剣を引き抜く。一方、アムリテはカバンからポーションを取り出し、飲み干した。
「リーナ、背後を取られないように壁に移動して、予備のポーションを全部ちょうだい」
リーナとアムリテはお互いの背後を守るようにして、洞窟の壁まで移動する。そして、弓を地面に置いてリュックからポーションを取り出した。
「これで全部だよ」
リュックから取り出した六本のうち、三本のポーションをアムリテに渡そうと手を伸ばす。その時、二人の間に大きな影現れた。
「キィィ!」
魔法で小さくなっていたドットバットだ。リーナは驚いた拍子に、手に持っていた三本のポーションを落としてしまう。地面に落ちたポーションは、パリンという音を立てて割れてしまった。
「こんの!」
アムリテはドットバットの出現に怯まず、持っていたたいまつを、ドットバットの腹部に突き付けた。
「ギィイイ!」
ドットバットはうめき声を上げて、飛翔する。しかし、場所は洞窟内。ドットバットは岩肌に強く頭を打ち付けて、墜落した。
その隙に、怯みから立ち直ったリーナは短剣を力いっぱい握り、ドットバットの首筋短剣で切り裂いた。
ドットバットは、キュゥウという小さい声を上げて絶命した。その場には力の抜けたリーナと、頭と胴体を切断されたドットバットの死体が残った。
「リーナ!やったのね!?」
「う、うん…!やったよ!」
刃が通らないと思っていたリーナは、しばらく実感がなかったが、現状を見ると自分が仕留めたのだと実感できた。
「これで、あたし達一ヶ月は遊んで暮らせるわよ!」
リーナとアムリテは互いの手を握り、飛んで喜んだ。
ドットバットの処理は川がある所でアムリテが行うというので、リーナは頭を袋で梱包してからリュックに入れ、ドットバットの死体を洞窟の外まで運ぶことにした。
「それにしても、よくあの状況で攻撃できたね」
リーナは突如現れたドットバットに驚いて、攻撃ができなかった。しかし、アムリテはそれに驚かずに、一撃を与えた。それが少し不思議だった。
「まぁ、あたしがあいつの立場なら、ここで現れると思ってたからかな。あんな状況でポーションを渡すなんて、格好の的だもの」
「えぇ…。そんなこと思ってたなら、私にも伝えてよ」
「あはは!ごめんごめん!でも、リーナって演技下手そうだから、言ったらその方向ばっかり見てそうで」
リーナはその言葉に、確かにと思ってしまった。
二人で笑いながら、先ほどの戦闘を振り返っていると、洞窟の出口が見えてきた。
「リーナ!こんなとこさっさと出て、体を流しに行きましょ!」
アムリテが走って、洞窟の外へ出ようとする。
リーナも走ろうとした直後、あるものを目にする。それは、洞窟の天井から伸びる縄のように思えるほど太く、大きい蛇だった。
「アムリテ、待って!」
リーナはアムリテを止めるためにドットバットから手を離し、アムリテに駆け寄る、それに気づいていないアムリテはこちらを振り向く。蛇はアムリテの首筋にめがけ、大きく口を開けて飛んだ。
間に合わないと思ったリーナは右手でアムリテの肩を掴み、後ろに倒す。
「痛ったい!」
硬い岩にお尻をぶつけたアムリテが声を上げる。何事かと、視線を上げるとそこには左手を前に突き出しているリーナと、その腕に噛みついている大きな蛇がいた。
「ったぁ!」
噛まれた痛みはそれほどではなく、リーナは右手に持ったままだった短剣で腕ごと蛇の頭部を貫いた。腕にも短剣が刺さるが、蛇が動かなくなるまでは抜けない。蛇の体から力が抜けたのを確認し、リーナは短剣を腕から抜いた。
蛇は力なく地面に落ちると、リーナの視界が揺らぎ、平衡感覚を失ってリーナは倒れてしまった。
「リーナ!?リーナ!?」
アムリテの呼びかけも効果はなく、リーナは瞼を閉じた。




