想いの眠る地 292
リーナとアムリテ、ヒイロの三人はシャンシャン達と別れた地点まで少しだけ急ぎ足で向かった。小さな森を抜けると、シャンシャン達が森の手前で肩を並べて立っているのが見えた。
森から出てきたリーナ達を視界に入れると、腕を広げて涙を流した。その意外な様子にリーナは驚きつつも、皆が落ち着いたのを見計らって説明をした。
「……つまり、ヒイロはもう元に戻ったって事アル?」
「はい。シャンシャンも心配してくれてありがとうございます!まさか、こんなところまで来てくれるとは思っていませんでした」
「数少ない決闘場の女仲間、いや、友達ネ。友達なら助ける、そう教わったアル」
シャンシャンはリーナに視線を送り、リーナがこれまで幾度となく口にしてきた言葉をなぞった。
「ありがとうございます!ロミオさんもカルッベラさんも。それに、オウジンさんまで」
「礼なんてやめてくれ。俺はただの野次馬だからな。先に帰って寝てるさ」
「僕も初めは危険を冒してまで君を助けるのに否定的だった。礼を受け取るわけにはいかないよ。それに、ジュリエットのためでもあったんだ。早くこのパリスを返してあげないと」
カルッベラとジュリエットの人形、パリスを手にしたロミオはそそくさとその場から離れていく。
その時、カルッベラがエンソフィリアの眠る車の方向に歩き出したので、リーナは慌てて声を上げた。
「あ、あの……!」
リーナの声に振り向き、その表情を見たロミオは何かに気付いた様子でカルッベラへと声をかけた。
「……カルッベラ君、僕たちが来た車がある。悪いけど、運転してくれるかな?体中を怪我していてね」
「あぁ?俺は俺の車が……。あぁ、いや、分かった。シャンシャン、帰りは俺の来るまで送ってやれ」
リーナとロミオの様子にカルッベラも何かを感じ取ったのか、自分の車の鍵をシャンシャンに放り投げた。
そして、ロミオとカルッベラは肩を並べてゆっくりと歩いて行った。
「……オウジンさん、どうして助けに来てくれたのか、聞いてもいいですか?」
ヒイロはオウジンの元へと歩み寄り、胸に抱いた疑問をぶつけた。
「……オーナーの命令だ。終わったなら、俺はさっさとオーナーを抱えて帰るぞ」
オウジンはそっけなくそう言い残し、ヒイロたちから離れて行く。
「あの、ありがとうございました!」
ヒイロは離れて行くオウジンの耳にしっかりと届くように、大きな声で礼を言った。
「ところで、あんた達は何で来なかったのよ?あたし一人で死にかけたんだからね?」
リーナの元へと向かったヒイロを見ていたのはアムリテだけではなかった。だが、その場に辿り着いたのはアムリテただ一人だった。
「行かなかったんじゃなく、行けなかったネ。アムリテが森に入った瞬間、変な結界が張られて私達は入れなかったアル。結界が無くなったのは、アムリテ達が出てくるほんの少し前ネ。そういえば、こんな石がそこら中に散らばってたアル」
シャンシャンはポケットから小さな緑色に光る石を見せ、その石を見たリーナは結界を張った人物が思い浮かんだ。
「ソリューシャ……!」
その石はヒイロが拘束されていた場所に散らばっていた石と同じだった。だが、リーナはソリューシャの事をシャンシャンには伏せ、石は見なかったことにした。
「何か考えがあっての事だろうしね……」
リーナの独り言は誰の耳にも届かず、シャンシャンはその場に石を放り投げた。
「さて、私達も帰るアル。あいつの車がとこにあるか、リーナ達は知ってるアル?」
「あ、その前にシャンシャン。ちょっといいかな?」
リーナの言葉に耳を傾けるシャンシャン。リーナはいきなり見せるよりも先に、車で眠っているエンソフィリアの事をシャンシャンに話した。
「……もうそいつは死んでるネ?」
エンソフィリアの事を聞いたシャンシャンは顔をこわばらせ、リーナに問う。
「うん。だから、せめて最期くらいは仲間がいるここで眠らせてあげたいの」
「……あいつらがいなければ私達がこんな思いをすることも無かったアル。それでも、リーナはあいつを許すアル?」
「許すわけじゃない。だけど、もう戦いは終わった。だから、これ以上はもう誰も苦しむ必要なんてないと思う」
「……やっぱり、リーナは見たいにはなれないアル。私はしばらくしてから行くから、三人で行くネ」
「……うん。シャンシャン、ありがとう」
リーナとヒイロはシャンシャンを残し、エンソフィリアの元へと歩き出す。だが、アムリテはその場から動かない。
「あたしはシャンシャンと一緒にいるわ。案内が必要でしょ?これ、持って行ってあげなさい」
アムリテはポケットからハンカチを取り出し、そのハンカチに魔法で生み出した水を染み込ませてリーナへと手渡した。
「アムリテ……!」
リーナはそのハンカチを受け取り、少しだけ目じりに涙を浮かべた。それは同族であるエンソフィリアの死をアムリテが少しでも飾ろうとしてくれたという嬉しさから来るものだった。
「私ね、もしかしたら私がこの子と同じようになってたのかな、って思うの」
それはエンソフィリアの眠る車に着き、動かなくなったエンソフィリアを見つめているリーナの口から出た言葉だった。
「私は生まれた時から優しい人に囲まれて、家を出てからも運が良かった。だから、何も知らなくて、良い悪いを自分で決めようって思えた」
「…………」
ヒイロは口を閉じ、静かにリーナの言葉に耳を傾ける。
「この子も皆が大好きだったんだと思う。だから、戦えたんだと思う」
エンソフィリアはこの戦いで出会った魔族の中で最も幼く、その年齢はリーナよりも下だった。だが、幼いにもかかわらず、エンソフィリアは仲間が全滅した後もリーナ達と戦い続け、自分の命を賭けてヒイロを真の勇者へと覚醒させることに成功させた。
「きっとこんな形じゃなきゃ、友達になれたと思うんだ。私達みたいに笑いあって、買い物して、美味しいもの食べて。もう少ししたら、お化粧もしてさ」
リーナはゆっくりと動かなくなったエンソフィリアの腕に手を伸ばし、手の甲に自分の手の平を置いた。
「最期は大好きな皆と一緒がいいよね。ヒイロ、綺麗にしてあげたいんだ。手伝ってくれる?」
「もちろんです」
その後、リーナとヒイロはエンソフィリアの素肌に付いた血と汚れを拭き取り、森の中にエンソフィリアの遺体を埋葬した。
「……じゃあね。ばいばい」
リーナとヒイロはエンソフィリアの眠る地面の上に森に生えていた綺麗な白と赤の二輪の花を植え、後から来たシャンシャンの操縦する車に乗ってメルモへと帰宅した。
リーナ達のいなくなった遺跡、エンソフィリアの眠る森はその晩、夜が明けたのかと見間違うほどの光を放ち、その光は細かな粒子となって天に消えて行った。




