魔王と勇者 290
真っ暗な闇の中から現れた赤い光を放つ球体。その球体には深々と長剣が突き刺さっており、リーナは一目で子の長剣が元凶だということを理解した。
「これを抜けば……!」
リーナは球体に刺さっている長剣に手を伸ばし、柄を握る。その瞬間、リーナの視界が強制的に切り替わり、気が付くと目の前にはアムリテが立っていた。
「何してるのよ?早く来なさい」
「アムリテ……?」
突然現れたアムリテは少し離れたところからリーナを呼ぶ。辺りに視線を向けると、真っ暗だったはずの空間がリーナとアムリテが出会った街、リーロットの街並みになっていた。
笑顔でリーナを手招くアムリテ。リーナは無意識のうちに足を踏み出しそうになり、視界の端に入った足元の真っ暗な闇を見て我を思い出した。
このままアムリテの方へ歩き出し、足元の闇を抜け出すと戻っては来られない。そんな予感が過り、リーナはアムリテに背を向ける。
「どうしたのよ?忘れ物?早く行かないと新作のアイス、売り切れちゃうわよ?」
アムリテの近寄ってくる足音が聞こえる。だが、これはヒイロの心を壊した長剣の見せる幻覚だ。
「アッシュも待ってるわよ?カミヤもミネトラも、ナオキも。皆で食べるって、楽しみにしてたじゃない?」
長剣はアムリテの容姿で、声で、口調でリーナを誘惑する。それ自体に大きな問題はなかった。これが長剣の作り出した幻覚、偽りだと割り切れば揺らぐものはない。
だが、リーナはこの幻覚に怒りを感じていた。
「あなたはアムリテじゃない。アムリテの真似をして、皆の名前を呼ばないで……!」
「どうしたのよ?おかしなものでも食べたんじゃないの?お腹壊してるなら、言いなさいよ?それか、アマナに治してもらう?」
その言葉を言われた瞬間、リーナはアムリテの方へと向き直った。
「アムリテ、どうしてアマナさんを知ってるの?」
「知ってるって、何言ってんのよ?アマナにカルロ、それにシヨンもあんたの大事な人でしょ?けど、シヨンの試験はやりすぎだったわよね?」
アムリテは思い出話をするかのようにして、顔を斜め上に向けて笑い出した。
「その時、アムリテはいなかったよね?アマナさんが治療をできる、なんて話したことも無かったよね?」
「…………」
アムリテの笑い声が止まり、その表情が固まる。
「アムリテ、ううん。あなたは誰なの?どうしてこんなことを……?ヒイロを元に戻して!」
アムリテの姿をした何かが口を開き、アムリテとは全く異なる男性とも女性ともつかない声を上げた。
「魔王よ、貴様は何故生まれた勇者を助ける?何故、魔族の悲願を阻む」
「悲願?そんなの知らない。助けるのはヒイロが友達だから。こんなことをしたあなたは許さない」
「魔王と勇者が友……。そんな戯言が通ると思っているのか?勇者は魔王を討ち、魔王は人間を滅ぼすもの。両者は対極に在らねばならぬ」
「知らないって言ってるでしょ!?友達に魔族も人間もない!ヒイロもアムリテも皆友達!それが分からないなら、ヒイロを返してよ!?」
リーナは思いの高ぶるまま、アムリテの姿をしてる者に言葉をぶつける。
「勇者は勇者であり続けなければならない。それが定め。それが世界」
「だったらもういいよ。あなたを壊して、私達は友達に戻る!」
リーナは真っ暗な闇の広がる足場から飛び出し、アムリテの胸に短剣を突き刺した。すると、アムリテの胸から光が溢れだし、再び視界が切り替わって行った。




