デルゴンという男 25
魔獣が姿を現し、周囲の匂いを嗅いでいる。辺りを警戒しているのか、なかなか餌に食いつかない。
(リーナ、焦らない。魔獣、餌に興味津々)
リーナはネルの言葉で冷静に戻り、じっと魔獣を見つめる。そして、魔獣が罠まであと一歩のところまで来ると
「助けてぇぇ!!!」
遠くから子供の叫び声が鳴り響いた。魔獣はその声の方向を向き、匂いを嗅ぐと凄まじい速度で向かって言った。
「今の声……!」
リーナにはその声に聞き覚えがあった。
「ネル、何があった!?」
ミサキは魔獣が離れていくのを見ると、木から飛び降りネルに駆け寄る。リーナも同じように木から降りる。
「待って。見てみる」
ネルは目をつむり、杖の先を光らせる。その光はあっという間に円状に広がった。
「……子供が、怪我して木に縛られてる!近くにデルゴンも!」
「ネル、その子供ってバレン!?」
「わからない。けど、リーナと喋ってた子」
その、言葉を聞くとリーナは全身から何かがこみ上げ、魔獣を全速力で追おうと足に力を入れる。
「待ちなリーナ!」
駆け出そうとしたリーナの腕をミサキが掴む。
「離して!早くしないと、バレンが!」
「走るより、あたしが連れて行った方が早い!」
ミサキはリーナの体を抱きかかえる。その頭には既に杖の先を光らせ続けているネルが乗っていた。
「デルニング!」
杖の先の光が三人を包むと、白黒の世界で光る三つの存在を認識する。それは、バレンとそれに向かって突き進む魔獣。そして、バレンの木の上で待ち構えているデルゴンだ。
「しっかり掴まりなよ!」
ミサキが足を屈め姿勢を低くすると、穴を掘った時同様の赤い光がミサキの全身を包む。
「鬼跳!」
その瞬間、リーナ目をつむり、開けた時には遥か上空にいた。ミサキは上空で、バレンの方向を見るともう一度足を屈めて
「鬼跳!」
なんと宙を蹴り、魔獣よりも早く移動した。リーナは押し寄せる風により、目を閉じた。
風がなくなったのを感じ、目を開けると、目の前には木に縛り付けられ、足から血を流して目隠しまでされているバレンの姿があった。
「バレン!」
リーナはミサキの腕から飛び降り、急いでバレンの目隠しを外す。ミサキは背中の剣を抜き、バレンを縛っている縄を切り裂いた。
「バレン、大丈夫!?」
「……お姉ちゃん!」
バレンはリーナを見ると涙を流し、リーナに抱き着いた。暗い森の中で、怪我をしながら身動き一つできないのはどれほどの恐怖だろうか。リーナも震えるバレンを強く抱きしめた。
「もう大丈夫だからね!すぐにお家に返してあげるからね!」
「ぼ、ぼく、魔獣を、狩る所、見せて、あげるって、言われて」
バレンは泣きじゃくりながら、言葉を発する。リーナはなおもバレンを強く抱きしめながら、頭を撫でる。
「大丈夫だよ。もう大丈夫…!」
「ご、ごべんなざい!」
「おいおい、人の狩りを何邪魔してくれてんだ」
突如、頭の上からあざ笑うかのような男の声がする。リーナはその声をバレンが聞こえないように、バレンの耳を腕で抑える。
「ガッディール・サウンディ」
ネルの声がすると、バレンは瞼を下ろしてすうすうと息を落ち着かせた。
「眠ってもらった。朝、起きる」
どうやら、ネルがバレンを魔法で眠らせたようだ。リーナは眠ったバレンを抱き上げ、ネルに近づく。
「ありがとう、ネル。バレンのことお願いするね」
「うん」
リーナはバレンをネルの近くの木にそっと置き、木の上にいるデルゴンを睨む。
「これは、マナー違反じゃないのか?人の狩りを邪魔してよぉ!」
リーナはざわつく心を、唇を噛むことで必死に抑える。その傷口から、血が流れていることにも気づかない。
「デルゴン、降りてこい。お前のやったことはもう許されないぞ」
ミサキの低い声が、視線がデルゴンを捕らえて逃がさない。
「いいぜ?けど、先に魔獣をどうにかしないと何じゃないか?」
なおも、ふざけた声で挑発するようにデルゴンはミサキと別の方向を見た。その先からは、魔獣が木をなぎ倒しながら向かってきていた。
「やっぱり、魔獣には幼い人間だな...」




