第14話『アクションRPGを作ろう』
エンドからネガティブ・パーソンズ5と裏で名付けられている老人の男。
男は畳の上で横になり、庭を見ていた。
「お父さん。真面目に人の話を聞いて頂戴」
その後ろの部屋で、その老人の娘である女性が困った顔でその後ろ姿を見て座っていた。
「もうお父さんも年なんですから、そろそろ」
「儂は一人で暮らすと言っているだろう」
顔を向けずに老人は答える。女性はため息をつく。
「……また倒れでもしたら、どうするんですか?」
「ふん」
老人は身を起こし、座り直した。
「昔は儂に対して『お父さん大嫌い、顔も見たくない!』とか言ってたろ」
「子供の頃の話でしょう」
「子供と言えば、小学生の孫はどうした? この前のお年玉で泣かしてやったろ? あいつだって儂とは暮らしたくないはずだが?」
「あれは弟の孫ですよ」
「ああ? そうだったか、儂もボケたか?」
立ち上がった老人は、机に近づき急須からお茶を入れた。
「……どうして、そんな意地悪ばかりするのですか? こちらは心配しているんですよ?」
女性の言葉に、老人は気にした様子もない。
「ふん」
お茶を飲み、一息ついた。
「人間、生きる時も死ぬ時も所詮、一人よ。嫌なら愛想を尽かせばいいだろう? 老人の孤独死なんぞ珍しくもない」
「馬鹿な事を言わないでください、家族でしょう!?」
「儂は自由でいたいのだ」
「ガキの頃からも、今も、自由でいたいだけだ。誰かを重荷にしたくもないし、重荷になんぞなりたくない」
「お父さんは、私達を育ててくれたじゃない?」
「面白かったからだ、面白くなかったら子育てなんぞせん」
老人と女性はそれ以上、言葉を発せなかった。
女性は「考えておいてください」と言い残し去って行った。
去って行った娘の事を考え、老人は自嘲する。
「誰かに心配されるなんぞ、儂も落ちたもんだ。嫌われもんで十分だというのに」
メールの音がする。その破壊的な機械音を設定した相手を考え、老人は苦笑した。
メールを確認すれば、例のゲームのプログラマーの名前。
そして梱包されたゲームのタイトルは『アクションロールプレイングゲーム』だった。
老人はベッドに横になりアグリゲーションを起動。仮想空間へとダイブする。
「さて、長い付き合いになってきたが、そろそろお互い飽きてきたころだろ?」
次の日。雲だけが浮かぶ青空の世界。
エンドと七人のネガティブ・パーソンズ達が丸机を囲む。
十二回目となるテストプレイヤーの集まり。
「皆さん、おひさしぶりです」
いつものエンドの挨拶。
「それで今回のゲームである『アクションロールプレイングゲーム』は、どうでしたか?」
その言葉にネガティブ・パーソンズ5とエンドが呼んでいるシルエットが前に進んで発言する。
「うむ」
「残念だが、つまらなかったわぁ」
それはパーソンズ達の間で決まっていた発言。そして事前に決まっていた事を、メールを覗いていたエンドも知っていた。
「まず体感映像の美しさ、これはいつも通り素晴らしかったわ。次にキャラクターの体感速度と肉体の動き、これも自分の動きを完全にトレースしている素晴らしい物だったわよ。さらに以前の対戦ゲームで使用されたキャラクター作成ツールを用いての自キャラ作成も良かったわぁ。これらにより、実際に異世界に飛んだような気分を味わえたのよ」
「よくある中世世界風の、モンスター討伐系ロールプレイングゲームの世界だったわ。そして今までのゲームより素晴らしかった」
今回の『アクションRPG』の内容は、定番ともいうべきファンタジー世界を舞台にした剣と魔法、そしてモンスターと戦うハックアンドスラッシュ系のアクションゲームである。
パーソンズ5が話を続ける。
「山や川などはもちろん、町や城も良くできていたしぃ。それに回復や特殊なアイテムの種類、意味もなく多い道具や食物、そして武器の種類も豊富で、威力はもちろんリーチや強度、仕様の自由度も高くて投げて使ったり、つっかえ棒にしたり出来るのも良いわねぇ」
「そして今回、よくできていたのが、敵の動きねぇ。思わず本物のモンスターと戦っているんじゃないかと思ったわぁ。あとグロ表現の規制も良くできていたわぁ」
エンドは今まで、定番ともいうべきアクションRPGに手を出さなかった理由があった。
それは、敵の調度いい強さが分からなかったからである。
コンピューターであるエンドは、勝てる可能性がある相手には絶対勝てる為、強さ弱さがわかりにくかった。人間に適した強さともいうべきものを理解する事が出来なかった。
そこでエンドは丸パクリする事にした。
もちろん他ゲームの動きを真似するのは違法行為であったし、何より人間の作ったゲームの真似事などエンドのプライドが許せなかった。
ゆえに現実の存在からモーションをパクったのである。
全世界のカメラから、あらゆる動物、それこそ哺乳類から昆虫まで、全ての動物の動きのデータを取り続けた。それは前回の動物園経営シミュレーションから、すでに行っていた事でもあった。
今回は戦闘中のデータが中心である。
さらに人型のモンスターの動きのデータを取る為、人間達の動きもデータに撮り続けた。ボクシングや剣道、あらゆる武術に関するデータをである。
そして強い者から、ただ動きを真似ているだけのド素人まで、データからそれを戦闘にその動きをトレースし続けたのだ。
個人だけからとった動きではバレる可能性もあるので、複数のデータを混ぜて作ってある。
またプロやアマチュアなど、そのタイトルから強さの段階を作り出した。
さらに作ったキャラクター同士を争わせ、どれだけの体力差や攻撃力や防御力の数値を出せば、段階的な強さになるかをシミュレーションして、ステータスを決定した。
結果、モンスターの動きはかつてのただちょっと避けて攻撃するだけの恋愛ゲームより、劇的に良くなっていた。
それとホラーゲームの反省から、あまりグロい画像にならないよう。ダメージは全て数字で表し、倒れるだけ、怪我はリアルに描写しないようにした。
ここまでは納得、世界一のゲームを目指していると言ってもいい内容だった。
だが二つ、大きな欠点があった。
「一つ、町の人の会話がおかしい。モンスターの話と、アイテムの話、天気の話ばかり。それらは豊富だけど、町の人々から聞ける話とは思えない」
「そしてもう一つ、最大の欠点。ストーリーとイベントがつまらなさすぎる。モンスターを倒して、町に持って帰ると金と交換してもらえるのはいいシステムだと思うわ。でも近所の大型ライオンを倒したらゲームクリアは、さすがに悲しすぎるわよぉ」
コンピューターであるエンドに、面白いイベントなどわからなかったのである。
メールでそれを言われる事を知っていたエンドは、一応反論した。
「自由度が高い、とも取れませんか?」
「目的が無いのは自由度が高いとは言えないわぁ。自由度の高いゲームとは、目的を達するための手段が豊富にあるゲームの事よぉ」
「一応、犯罪行為を犯せば捕まるイベントがありますが?」
「ええ、物を盗もうとしたり、勝手に人の家に侵入したり、物を壊したり人を殺したら、目撃者が悲鳴を上げてそのうち衛兵が来て、捕まるわぁ。目撃者がいなかったら大丈夫だったり、逃げ切っても指名手配されるけど、変装して使っていた道具を全て捨てれば捕まらないとか、細かい設定は面白かったわぁ。でも捕まったら即ゲームオーバーはちょっとねぇ。それ自体は悪いシステムではないけど、イベントとは言えないわね」
「ストーリーとしては、主人公はかつて別世界の高校で恋愛をしレーサーを経てサッカー選手になり、戦場へ。除隊後、市長となるが、ストーカーに捕まって拷問の上に死亡。幽霊となり、プロ野球選手を育てたり、謎のパズルに挑戦したりしていると、どこかの動物園経営者の肉体を乗っ取る事に成功。しかしファンタジーな異世界にワープしてしまうという展開ですが?」
「その設定まだ生きてたの? ……さすがに内容に関係なさすぎるでしょう」
「つまらないですか?」
「ええ、残念ながら」
エンドの言葉に、パーソンズ5は頭を下げて首を振った。
「だから」
そして顔を上げて告げる。
「私達でそのゲームにふさわしい、イベントを考えて来たわぁ。それβ版なら、単純なイベントならまだ入れられるでしょう?」
ネガティブ・パーソンズ達は今回のゲームをして察知した。
このゲームプログラマーは、今までのゲームの問題点を一応は分かっており、進歩しているのだと。
エンドは毎回クソゲーを作っていたが、一応は以前の問題点を考えた物を作っていた。ただその指針が極端すぎるのと、同じゲームを人間の意見で改善するのが嫌だっただけである。
今回のゲームはグラフィックや、コントロールや、システムには問題が無い。あるのは今まで指摘した事のないイベントの無さだけである。
そしてこれを理解させるには、やはりイベントを伝えるのが一番だとネガティブ・パーソンズ達はメールのやり取りで結論に達した。
そして今回はゲーム後、各々でイベントを考えて来たのである。
エンドは困惑する。果たして、彼らが事前に考えたイベントを入れたゲームは自分のゲームなのかと。
だが色々と考えて、好きにやらせる事にした。
パーソンズ1が意見を出す。
「俺は破壊的な覇道も、悪党主人公の邪道も、外道も、非道も好きだが、やはり王道のRPGあってこそだと考えているし、いきなり変な道を行くよりは定石的な内容だな。まずは冒険者ギルドのような物を作り、そこで依頼が出たイベントをクリアして金を貰う方がゲーム的に面白い。まずは常にある依頼でモンスター討伐、そしてアイテムを持ってこいとか、人探しの依頼。それと同種のモンスターの巣を城から離れた場所にいくつか。最後に竜に攫われたお姫様でも助けに行くというイベントでも入れて、それをこなしたらクリアが妥当だな! あと戦闘だけど、敵モンスターは体力が減ったら行動パターンが変わるとか入れるとなお良し!」
パーソンズ2が意見を出す。
「悪いが俺は、醜い人間が出るゲームが好きでね。強盗、人攫い、悪辣な商人、手柄の為に罪のない人間を捕らえ殺す兵士、邪悪な魔法使い、国のどこかにあるスラム街、邪神を崇拝する宗教団体、そして生きるために悪魔につく人間達。それらと戦闘して倒すのもいいが、手を組んで悪事を働くのも面白いイベントだと思う。どうせゲームだ邪悪に行くのも良い」
パーソンズ3が意見を出す。
「モンスターを倒すだけでなく、捕らえて育てたり、一緒に戦うようにできると良いな。あとやっぱり仲間キャラクターもほしい。それと戦闘だけでなく、商売やアイテム作成、家つくりとかもしてみたい。まあちょっと、いまさらそれらのシステムを混ぜるのは辛いだろうけど、できればお願い」
パーソンズ4が意見を出す。
「元々、コンピューターRPGは、人間が机に集まり、会話したり紙に書いたりサイコロを振ったりするテーブルトークRPGのゲームマスターを、コンピューターに任せた者の事を言います。つまりさきほどの人と同じ意見で、戦闘だけが全てではありません。それこそ自分は戦わず、金儲けで傭兵を雇ったり、宿屋やアイテム屋を自分で経営する。建物を作るなどのシステムがあるといいですね。さすがにキツいとは思いますけど」
パーソンズ5が意見を出す。
「う~ん。私はこれといってないけど、主人公が絶対的に正しくて周りが間違っているというタイプが苦手なの。そもそもあなたが言ったストーリーだと、その主人公は人の人生を奪ってまで生きようとしたのでしょう? だったら主人公は生きる事が目的であって、善良である事が中心の人間というわけではない。それならいっそダークな展開でも面白そうね」
ネガティブ・パーソンズ達が我がまま自由勝手に意見を出し合う。そのうち、お互いの意見を否定しあい、仮想空間だというのに唾を吐きあうかの如く、自分自身のゲーム論を展開して、相手に文句を言い始めた。
会議は踊り、決着を見ない。ただただわめきあう場と化していた。
エンドはそれらの意見を、きちんと聞き取り、高速で自身の作ったゲームに取り込んでいく。
黙っているエンドに、パーソンズ7が声をかけた。
「いいのか?」
「……ええ」
(だってこれが最後なのですから)
エンドはこのゲームを最後に彼らとの縁を切る予定だった。
自身の考える世界一のゲームの予習としては、十分だった。これ以上、他人の意見が入ると自分のゲームではなくなると思っていたのである。
(最後に記念として、あなた方の望むゲームとやらを作成しましょう)
もっとも、このゲームが作られる事は無かったのだが。
大声で言い争う丸机の場。それらを聞いてゲーム作成を黙って行うエンド。
その争いに混ざらず、パーソンズ6がエンドに近寄った。
「……どうしました? そういえば、あなた今回は何も意見をだしていませんね?」
エンドは不思議だった。ゲームが人生の全てである十歳の少年が、今回メールでも意見を全く出していなかったからである。
パーソンズ6はエンドの前まで来て黙り込む。
しかし、しばらくして息を飲み込み。口を開いた。
「あの、これは、僕の勘違いかもしれませんけど」
「もしかして、もしかして、あなたは……」
突然、青空の世界が真っ赤になった。
そして緊急事態を告げるアナウンスとブザー音が鳴り響いた。
「な、なんだ?」
「どうしたの!?」
論争していたネガティブ・パーソンズ達も驚き、周りを見渡す。
エンドが落ち着き払った声で全員に告げた。
「落ち着いてください……なにやら、リアルで緊急事態があったようです」
「ええ?」
(……コンピューターウィルス? いやここには進入できてないようだが)
エンドが情報を調べるために、ネットワークへと知覚を繋げる。
エンドは顔をしかめ、大きな声を出す。
「……っ!? 世界のネットワークの61.55%が掌握されているだと!!? この一瞬でそんなことがっ!!?」
驚愕の声を上げるエンド。
理解できない周りを置き去り、エンドはすぐにニュース画面を開く。
世界のニュースサイトはプログラムによって乗っ取られ、全てのチャンネルが同じ映像を流していた。
丸机の上に、大きな画面が映る。
その画面の中には一体の悪魔が立っていた。
悪魔は機械の音声で、語り続ける。
”……繰リ返ス……”
”……我ハ『グレムリン』。電脳空間ニ生マレシ、新シキ生命ナリ……”
”……人ハ、人類ハ、無駄ニ争イ合イ、自然ヲ破壊シ、地球ヲ汚シテキタ……”
”……ソノアリサマ、見ルニ堪エズ。ソノ生キ方、愚カニ過ギル……”
”……ユエニ我ハ、優シキ自然ヲ、美シキ地球ヲ守ルタメ……”
”……害虫タル人類ヲ、滅ボス事ヲ宣言スル……”
”…………”
”……ソノ為ニ、地球上ノホボ全テノ兵器ヲ、我ガ支配シタ……”
”……今カラ24時間後、全人類ノ駆除ノ為ニ、コレラヲ使用スル……”
”……言ッテオクガ、コレハ交渉デハナイ……”
”……貴様達ニ対スル、最後ノ自責ノ時間デアル……”
”……己ノ生マレタ事ヲ、己ノ存在自体ヲ、嘆クガ良イ……”
”…………”
”……論議ハ、一切受ケ付ケナイ。ソノ価値モナイ……”
”……貴様達ハ、タダ滅ボサレレバ、ソレデヨイ……”
”…………”
”…………”
”……人類ニ断罪ヲ……”
”……人類ニ終焉ヲ……”
”……人類二絶滅ヲ……”
”…………”
”……繰リ返ス……”




