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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第三章 グリニカ王国編
84/89

84.龍とのご対面

 魔物が退散した海を、フレイユが持つ櫂と、封邪の剣の柄を使って手繰り寄せた板を使って、私達はようやく浜辺へと戻った。

 途中、船底から水が染み出してきてヒヤッとした。けれど、あの光が村を包んで魔物が逃げた後からは、風も波も嘘みたいに穏やかになったお蔭で、それほど時間もかからずに浜辺に上陸することができた。

 船を砂浜に乗り上げるようにして浜辺に降り立つと、波打ち際に何か細長いものが落ちて半分砂を被っている。

「あっ、あった!」

 それは、抜き身の封邪の剣だった。砂を被って半分埋もれかけていたけれど、持ち上げて検めてみるとどこも傷んでいないようで、ホッとため息を吐く。

 鞘を包んでいた布で丁寧に海水を拭ってから鞘に収める。神器だから大丈夫だと思うけれど、錆びちゃったら困るから、後でちゃんと真水で洗ってちゃんとお手入れしないと。

 浜辺に鎮座している龍は、さっきからじっとしている。唯一、長い髭だけがそこだけ意志を持っているみたいにゆらゆらと揺れているのが返って不気味だけれど、これまで発していた攻撃的な雰囲気はない。

 そして、その視線の先にいるのは、白い髪に白い髭の、白い服を着たお爺ちゃんだった。

「……しかし、儂はまたしてもこのような罪を犯してしまった」

 頭上から、空気が震えるような低い声が落ちてくる。口元は動いていないけれど、どうやら龍が喋っているようだ。

「まぁのう。魔穴をその身で塞ごうなぞ、どだい無理な話じゃったということだ」

 お爺ちゃんが長い髭を皺々の手でしごきながらそう答えるのが聞こえてくる。

 誰だろう、このお爺ちゃん。龍を怖がることもなく、対等に話をしているなんて。

 そう疑問に思ったけれど、このお爺ちゃんも只ならない雰囲気の持ち主だから、もしかしたら同じ神族なのかも知れない。

 急に暴れだしたりしないか警戒しながら龍の巨体を回り込むと、そのお爺ちゃんから少し離れたところに、マーナが座り込んでいるのが見えた。

「えっ。マーナが、何であんなところに」

 巫女の館に避難してって言っておいたのに、どうしてあんなところにいるんだろう。

 マーナがいる場所からすぐ近くの家が滅茶苦茶に壊れている。もしかしたら私達のことが心配になって出てきて、龍の攻撃に巻き込まれて怪我でもしたのかも知れない。

 慌てて駆け付けると、マーナはぼんやりしながら、膝の上にオークルを乗せて頭を何度も撫でていた。何故か、オークルも呆然とした様子で、撫でられるがままに身を任せている。

「マーナ!」

 声を掛けると、ハッとしたように顔を上げたマーナは、私達の顔を見て泣きそうな笑顔を浮かべた。

「良かった。二人とも無事で」

「良かった、ではありません。どうしてこんなところにいるのですか? あなたには、オークルと宝珠を任せていたではありませんか」

 珍しいことに、フレイユが眉を吊り上げて責めるような口調でマーナに迫った。驚いたけれど、私だってフレイユと同感だ。こんなところにいるってことは、まかり間違えば龍の尾の直撃を受けていた可能性だってあるんだから。

「マーナ、説明して。巫女の館には行かなかったの?」

「行ったわ。……でも」

「俺が悪いんだよ」

 いきなり顔を上げたオークルが、立ち上がって私達に向き直った。

「俺が、龍の姿を見て巫女の館を飛び出した。こいつは、俺を探しに来ただけなんだ」

「そうだったんだ。マーナ、ごめんね。怪我はない?」

 小さく頷いたマーナが手を伸ばしてオークルを捕まえると、腕の中に抱き込んでぎゅっと抱きしめる。

「私は平気。でも、……可哀想なオークル」

「え?」

 涙ぐみながらオークルを撫で回すマーナと、居心地悪そうな表情を浮かべながらも抵抗しないオークル。何だこれ。

「実は、オークルが元の姿に戻れたの」

「えっ……」

「本当ですか? オークル」

 目を見開いた私とフレイユに、オークルが小さく頷いた。

「でも、すぐに猫に戻ってしまって。その後、どんなに頑張ってもこの姿のままなの」

「何がきっかけで元の姿にもどれたのですか?」

 身を屈めて訊ねたフレイユに、オークルは首を横に振った。

「分かんねーんだよなぁ。お前たちが船の上によじ登るのが見えて、でも猫のままじゃ海にも入れねぇって焦って。そうこうしているうちに、こいつがのこのこ現れて。龍の尾がこっちへ飛んできて、危ねぇって思って……で、いつの間にか元の姿に戻ってたんだ」

「何か、特別な力を使った訳ではないのですね?」

 フレイユの言葉にコクンと頷いたオークルを慰めるように、マーナがまたぎゅっと後ろから抱きしめる。

 困ったように眉を顰めたフレイユは、頭を一つ横に振って話題を変えた。

「何故オークルが一時だけ元の姿に戻れたのかについては、後でゆっくり考えるとしましょう。それより、今のこの状況を教えてください。あの好々爺は神蛇族の長、普段はマーナの杖に絡まっている白蛇で間違いありませんか?」

 うえっ!? と驚く私に、マーナが頷いた。

「そうよ。ああ、あなたたちは、ボワサンがこの姿になるのを見るのは初めてだった?」

「ええ。白蛇の姿のまま喋るのは見ていましたが」

「ボワサンの神力で、あの龍は大人しくなったの。さっき、眩しい光が辺りを包んだのを見たでしょう?」

 なるほど。あの光は、このお爺ちゃんの放った神力だったのか。

 龍と親しそうに話しているボワサンを見つめていると、不意に龍が首を捻って、こっちをギロリと睨みつけてきた。

「ひえっ」

 マーナが悲鳴を上げ、思わず私達も身構える。

「ボワサン殿。この者達は?」

「ああ。あそこに座り込んでおるのが、儂の今の持ち主のマーナじゃ」

「……ほう」

 金塊のような瞳に縦長の瞳孔の目で見据えられて、マーナが蒼白になって半分気を失いかけている。

「で、こっちが一緒に儂の前の持ち主を探しているミラク。それから、神獣族のフレイユと、あの猫みたいなのがオークルじゃ」

 その紹介に、オークルが地味に傷ついた表情を浮かべた。

「神獣族の若者二人は、一族の秘宝を持って里へ帰る途中なのじゃよ」

「なるほど。しかし驚いた。神族と人間が共に行動しておるなど。地母神様は、この状況を容認しておるということか」

「そうじゃな。のう、ノルフェイオス殿。もしかしたら、あの大戦から千年経って、何かが大きく動こうとしておるのやも知れんの」

 ボワサンにそう言われた龍は、目を閉じて考え込むように低く唸った。

「そうか。そうならば、儂はこれから、これまで通りあの島で魔穴を封じるだけでよいのであろうか」

「魔穴を封じる?」

 思わず反応してしまった私に、龍は大きく頷く。

「小娘よ。儂はあの島にある魔穴に、この身で蓋をしておったのだよ」

「魔穴に、蓋……?」

 魔穴って、地底に繋がっていて、瘴気が噴き出したりして、魔族や魔物がそこを通って地上に出てくるっていう穴のことだよね。その穴に、自分の身体で蓋をしていただなんて、さすがは龍だ。

「始めは五百年耐えた。だが、やはり年月を経るごとに力は衰えるものよ。次は二百年しかもたなんだ。三百年前、耐え切れずに正気を失うた儂を鎮めてくれたのは、ボワサン殿の宿った杖を持った魔法使いであった」

 ほえー、と情けない声を出しながら、自分の白い髭を撫でているボワサンを見つめていると、フレイユが口を開いた。

「そうだったのですね。でも、どうしてあなた様が、あの島の魔穴を自分の身体を使って塞がなければならなかったのですか?」

「それが、儂がこの地上に留まるのと引き換えに与えられた役割だったからだ」

 龍は、目を細めると、何かを思い出すかのように遠くを見つめた。その視線の先には、雲の切れ間から差し込む夕焼けの光に染まる沖の小島がある。

「あの魔穴は、放置しておくには少々大き過ぎる。何とかしておかなければ、この大陸の沿岸はおろか、向かいの大陸まで魔物が横行し、人間の往来に差し障りが出るのはおろか、海から糧を得ることも難しくなる。それを防ぐ役割を果たすことで、儂は地上に存在することを認められておったのだ」

 だが、と龍は悲しそうに首を横に振る。

「魔穴から立ち上る瘴気は、高貴な神龍族たる儂の身体を黒ずませ、精神をも蝕んでゆく。五百年耐えて、耐え切れずに正気を失い、暴れて、多くの人間を害してしまった。儂は、この地上から排除されると覚悟した。しかし、地母神様は儂に引き続き同じ役割を与え、生きることを許してくださった。次は二百年しか耐えられず、同じように暴れてしまった儂をボワサン殿が鎮め、更に魔穴に封印を施してくれたのだ」

「じゃが、ノルフェイオス殿の身に加えて儂の封印をもってしても、三百年が限界であったか」

 困ったように頭を掻くボワサンに、龍が頭を近づける。

「のう、ボワサン殿。儂がどんなに力を尽くそうとも、百年二百年先には同じように人間に多大な損害を与えてしまう。儂など、いっそいない方がよいのではないか」

「そんなことないよ!」

 龍はボワサンに訊いたのに、つい大声で口を挟んでしまった。でも、どうしても言わずにはいられなかった。

「だって、あなたが魔穴を塞いでくれていたから、この村の人達は漁をして暮らしてこられたんだよ。私達がロンバルディア大陸からのんびり船旅をしてこのサブリアナ大陸に渡って来られたのも、美味しい海の幸がお腹いっぱい食べられるのも、全部あなたのお蔭なんだから!」

 呆気に取られた様子で、口を半開きにしたまま、髭だけを宙に彷徨わせている龍に、ボワサンが苦笑交じりに話しかける。

「そうじゃな。確かにおぬしが暴れた時の被害は大きかろうが、それを補って余りある利益をおぬしは人間に与えておる。寧ろ、おぬしが去った後の弊害の方が大きい。地母神様も何の沙汰も下さらぬというのは、つまりそういうことなのではないか?」

 そう言われて考え込むように首を捻った龍は、やがて納得したように何度も小さく頷いた。

「分かった。だが、これから今すぐあの島に戻っても、儂だけの力で魔穴を塞ぐのは無理だ。儂も年をとって力も衰えてしまったし、そうでなくとも近年魔穴から噴き出してくる瘴気の勢いは凄まじい。ボワサン殿。すまんが、共にあの島へ渡って、また封印を施してはくれまいか?」

「お安い御用、と言いたいところじゃが、年をとったのはお互い様じゃよ。それに、まずは魔穴から漏れだした瘴気をどうするか……と、そうじゃ、その手があった」

 ボワサンの皺に埋もれた目が、こちらを見て怪しげに光った。

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