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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第三章 グリニカ王国編
85/89

85.魔穴の封印

前半ミラク視点、後半はボワサン視点です。

「過去、儂が正気を失って暴れた際には、魔穴から出てきた魔物がこの浜辺から上陸した。三百年前はボワサン殿が撃退してくれたが、五百年前にはその魔物のせいで犠牲になった人間も多くいたのだ。それが今回なかったのが不思議だったのだが、なるほど、その封邪の剣があったからなのだな」

 龍はしげしげと封邪の剣を眺めて納得したようにひとりごちている。

 波にさらわれた時に封邪の剣を落としてしまい、本気で泣きそうになった私だったけれど、そのお蔭で魔物は波打ち際に落ちていた封邪の剣のせいで上陸できずに湾内を泳ぎ回っていたらしい。ま、結果良ければってところかな。

 龍の手に乗せられて、私とボワサンは沖の小島に渡ることになった。

 フレイユは一緒についてくるって言い張ったけれど、龍の片手には一人ずつしか乗れないからって説得されて、渋々マーナ達と村に残ることを受け入れてくれた。

 夕日に赤く染まる沖の小島に近づくと、生臭い匂いが鼻につく。黒い煙は消えていたけれど、午前中に船でこの島に来た時には感じられなかった、濃い瘴気が周囲に立ち込めていた。

 島に降り立つと、早速ボワサンに言われた通り、封邪の剣を抜いて砂浜に突き刺す。すると、フワッと清涼な風が吹いてきて、砂浜に打ち寄せる波の透明感が増した気がした。

「おぬしは儂らが戻るまで、そこでそうしておるのじゃ。なぁに、大丈夫。その剣の近くにおったら、この辺にうろついているような雑魚な魔物が襲って来ることはない」

 ボワサンはそう言うと、自分だけ再び龍の手に飛び乗った。

「えっ、どこに行くの?」

「魔穴に封印を施しに行くのじゃよ。その剣のお蔭で、瘴気を薄める手間が省ける分、三百年前よりもずっと楽に済みそうじゃ」

「じゃあ、私も……」

「駄目じゃ。いくらその剣があるといえども、そなたのその身体ではまだ魔穴に近づくのは危険過ぎる」

 厳しい表情を浮かべたボワサンにそう首を横に振られては、大人しく従うしかない。飛び立った龍を見送った私は、浜辺に独り残された。

 けれどそれから、日が沈んでも、空に星が瞬いても、ボワサンも龍も戻って来ない。

「……お腹が空いて、目が回りそうだあぁぁ!」

 こてん、と浜辺に横になって、満天の星空を見上げる。

 今頃、村はどうなっているのかな。龍がいなくなって、村の人達は逃げ込んでいた巫女の館から出てきただろうか。全部じゃないけれど、何軒も家が潰れちゃって、船もほとんど流されちゃったから、みんなショックを受けているに違いない。村を襲った龍のことを恨んだりしていなきゃいいんだけど。

 寄せては返す波の音を聞きながら、いろんな思いが頭の中を過っていく。

 クロス、今頃どこで何をしているのかな。それとも、もう……。

 ふとクロスのことを思い出して、込み上げてきた涙を袖で拭った。

 クロスがいなくなったばかりの頃と比べると、私は随分落ち着いたと思う。それは、私が助けに行こうが行くまいが、クロスの生死には関係ないくらいの時間がすでに流れてしまったからだ。

 どこかで生きていれば、クロスは私がいなくてもどこでもうまくやっていける。だから、私が心配して探しに行く必要なんて、本当は無いのかも知れない。

 マーナの言う通り、クロスが戻って来るのを、ロザーナで待っていた方が良かったのかな。

 そんな思いがふと込み上げてきて、ごろんと寝返りを打った時、ある可能性に気付いてガバッと跳ね起きた。

 もし、クロスが生きていたら、私達があのトカゲの王様みたいな魔族に殺されてしまったと思い込んでいる可能性が高い。だって、クロスが最後に見たのは、あの魔族に襲われている私達の姿だったんだから。

 もしかしたら、クロスは私達が死んだと思い込んで、悲しい思い出の残るロザーナには戻らず、どこか別の場所で新たな人生を始めているんじゃないだろうか。

 やっぱり、クロスを探さなきゃ。見つけ出して、ちゃんと私達が生きているって教えてあげなきゃ。その上で、クロスが私達とは別の人と幸せになりたいっていうのなら祝福してあげたいし、また元のように暮らしたいって思ってくれているなら一緒にロザーナに帰りたい。ううん、ロザーナじゃなくてもどこでもいい。

 でもその為には、クロスが今どこにいるか調べないといけない。マリエルが、ウィザーストンの偉い人に預けているっていう物見の鏡を、何とか使えるようにしてくれないかなぁ。でないと、全世界を回って、森に囲まれた遺跡がある場所を徹底的に調べないといけなくなる。

 そんなことをしていたら、私達、お婆ちゃんになっちゃうかも。

 途方もない旅の行く末を思うと、何だか可笑しくなってきた。

 ……ああ、笑ったら、余計にお腹が減ってきちゃったなぁ。



※※※※※※



 断崖と岩礁に囲まれ、人間が容易に立ち入ることのできない島の裏側にある洞窟。その奥深くに魔穴はあった。

「あの娘を連れて来なくて正解じゃったの。封邪の剣のお蔭で三百年前よりは幾分マシとはいえ、これは儂らでもなかなか厳しい」

 以前見たよりも魔穴は大きくなり、中から湧き出る瘴気は濃くなっている。

「これほどの大きさならば、この穴を伝って出てこようとする者も多いのではないか?」

 そう問えば、神龍族でも上位に位置する銀龍のノルフェイオスは、口の端を持ち上げて牙を覗かせた。

「なぁに。出てきた途端に儂と戦わねばならぬと分かって、わざわざここを通ろうとする者はおらんよ。特に、地母神様の目を盗んでこっそり地上で悪さをしようと目論む、知恵の回るような奴はな」

「ふむ。それもそうか」

 老いたるとはいえ、神龍族の力は強大で、神蛇族など到底及ばない。だが、力では及ばないものの、こと神力に関しては、我ら神蛇族は神族の中でも特に秀でている。

「しかし、ボワサン殿。頼んでおいて何だが、老いたのはお互い様だ。封印を施すなどして大事ないか?」

「多少無理をすることにはなるじゃろうな」

 苦笑しながらも、旧友の手から魔穴の縁に降り立って、早速封印の準備を始める。

 元々、杖の飾りに擬態して眠りにつき、滅多に本来のこの姿に戻らないのは、いざいうときの為に神力の消耗を抑え、力を蓄えておく為であるが、他にも理由がある。人間の社会に入り込み、その実情を知る為だ。だから、年寄りだから無理は利かないというのは半分本気であり、半分冗談でもある。

 封邪の剣が島の表側で瘴気を吸い取ってくれているからか、魔穴から湧いてくる瘴気は濃いものの、勢いは緩やかだ。

 その上から厳重に印を結び、封印を発動させると、光の蓋が穴の上に覆い被さる。その上にノルフェイオスが乗れば、三百年は安泰な封印の完成となる。

 だがそれは、まだ少し先の話だ。銀龍には、儂らを村まで送り届けて貰わねばならない。

「さあ。これで、またしばらくは蓋であるおぬしに負担がかからぬよ」

「いや、かたじけない。では、村まで送って行こう」

 旧友の手に掴まりながら、さすがに近年感じたことのない疲労感を覚えていた。

 杖の飾りに擬態し、様々な人間の手から手へ渡りながら、一時期は密かに元の姿に戻り、魔穴に封印を施していたこともあった。だが、この島ほどの大きな魔穴は珍しいものの、地上に空いた魔穴は無数にあり、また封印してもそれが永久的に続く訳ではない。

 このまま魔穴が増え、地上に魔族や魔物がのさばるようになれば、千年続いた神族大戦後の世が崩壊する。その懸念は、ずっと頭の片隅にあった。

 その世界が変わろうとしている。いや、変わらざるを得ないのかも知れない。



 島の表で待つミラクの元に戻れば、外は満天の星空が広がっており、小柄な娘は暢気にというべきか豪胆というべきか、砂浜で眠りこけていた。

「潮が満ちてきたら、溺れるところだぞ」

 呆れたようにノルフェイオスがミラクをそっと掴み上げる。その間に砂浜から封邪の剣を抜き取って、ミラクの背にある鞘へ納めた。

「しかし、驚いた。このような人間の小娘が、封邪の剣を持っているなど」

「ノルフェイオス殿。おぬし、ただの人間に、この剣が扱えると思っておるのか?」

 そう問えば、金色の目が大きく見開かれ、ほんの僅かの沈黙ののちに息を吐き出すように溜息を吐いた。

「……なるほど。確かにおぬしの言う通り、千年経って、これまでとは大きく何かが変わろうとしているということか」

 自分の手の中で静かな寝息を立てている金の髪の少女を見下ろしながら、かつて地上で最強を誇っていた神龍族の末裔は、姿の見えない偉大なる力を感じ取ろうとするように目を細めた。



 真夜中とも呼べる時間となっているというのに、ノルフェイオスの手に乗って村の砂浜に降り立てば、杖の主と神獣族の若者と幼獣はまだそこで待っていた。

 それだけではない。この村で巫女を務めているという少女と、その少女と双子だという占い師の少女、それに村長の息子も一緒だった。

 目の前に降り立った龍の姿に、只人である三人の表情には恐怖の色が浮かぶ。それを見たノルフェイオスの顔に、自嘲ぎみの笑みが浮かんだ。

「ミラク!」

 駆け寄ってきたマーナが恐れ気もなく近づいてきて、ノルフェイオスの手から眠っているミラクを受け取ろうとする。けれど、力が足りずに共に砂浜に転がったところに、フレイユとオークルが駆け付ける。

「大丈夫? しっかりして、ミラク!」

「疲れて眠っているだけじゃよ」

 主殿を安心させる為にそう言えば、儂の口からも大きな欠伸が漏れた。久方ぶりに長時間この姿を保ち、しかも浄化の神力や封印等随分と力を使ってしまった。しばらくはまた眠りについて、消耗した力を蓄えねばならない。

「そなたらには、すまないことをした」

 ノルフェイオスが、村の若者達に頭を下げる。それは、誇り高き神龍族の彼からすれば異例のことだった。

「そなたらの生きる術を破壊し、恐怖に陥れてしまった。儂の事は憎いであろうが、どうか許して欲しい」

 すると、巫女ラーラが一歩前に進み出ると、気丈にもノルフェイオスをじっと見上げた。

「いいえ。マーナさん達から聞きました。あなた様のお蔭で、この村は瘴気に包まれることもなく、魔物に襲われることもなく、海からの恵みで暮らして来られたのだと。私の巫女としての力も、あなた様がいらっしゃるからこそ、大いなる神から授けられたものなのやも知れません」

 恵みをもたらす雨が、時として全てを押し流すように。肥沃な土地を生み出す火山が、時に街を飲み込み焼き尽くしてしまうように。与えられるばかりではすまない。それが、人間と大いなる力との関係。地上に住まうことを許された人間の性なのだ。

 それをちゃんと分かっているのか、巫女ラーラは穏やかな顔で微笑んでいる。

「お礼を申し上げるのはこちらの方です。ずっとこの村、いいえ、この一帯の人間の暮らしを守ってくださっていたのに、私達はあなた様の存在も知らず、ただ恐ろしい海竜がいると恐れるばかりでした。お許しください」

「何を言う。儂は、……儂には聞こえておった。そなたらがこの村で生まれ、笑い、楽しみ、働いて生きていくその声が。儂には、それが、はるか昔に失った世界の声に聞こえておった」

 地上で、最強と謳われていた神龍族。天界の神族に最も激しい攻撃を受け、地底に逃れる間もなくほぼ全てが討ち取られてしまった。

 ノルフェイオスには、この村の人々の声を聞きながら、かつて仲間に囲まれた日々を懐かしんでいたのか。そう思うと、千年以上を生きたこの儂でも、目頭が熱くなってしまう。

 涙もろい主殿といえば、すでに泣きすぎて号泣の域に達していた。

「そなたらには、この村を立て直し、また変わらぬ声を届けてほしい。それが儂の願いだ。その為に、これを役立ててほしい」

 そう言うと、ノルフェイオスは身体の割に小さく短すぎる前足で身体を掻く。すると、煌めく鱗が何枚も剥がれ落ち、砂浜の上に落ちた。

「龍の鱗は価値が高いと聞く。村を立て直すにも、その間生きていくにも、糧が必要だ。それで賄えればいいのだが」

「こんな貴重なものを……。遠慮なく、有り難く使わせていただきます」

 巫女ラーラが頭を下げると、満足したようにノルフェイオスは頷き、儂にも別れと礼を言うと、早々に小島に向かって帰っていった。

 さて。儂もそろそろ、主殿のところへ帰るとするか……。


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