67.驚きの再会
「ま、……マーナ?」
目の前の余りに信じられない光景に、私はその場から一歩も動けずにいた。
なんで? なんでマーナがこんなところにいるの……?
「ミラク、ほら」
立ち尽くす私を動かしてくれたのは、背中を押してくれたフレイユの手だった。
夢の中にいるようなフワフワした気持ちで、私はゆっくりとマーナの傍に膝をついた。
手がマーナの肩に触れる。幻なんかじゃない、質量も体温もある、本物のマーナがここにいる。
「……ミラクぅ。会えてよかったぁ」
抱きついてきたマーナの声が耳から体に沁み渡るように響いて、みるみるうちに私の目からも涙が零れ落ちた。
なぜかローザラントのものともサレドニアのものとも違う型の魔法使い用のローブを着たマーナは、私の見慣れたマーナと少し違って見えた。
でも、今、私に縋って泣いているマーナは、間違いなく私の知っているマーナだった。
「マーナ。本当に、マーナなんだね?」
「ええ、そうよ。ミラク、元気そうでよかった」
マーナは体を離して私の両肩を掴んだまま、しげしげと涙に濡れた目で私を見つめている。
「しかし、なぜあなたがここにいるのですか?」
未だその謎を口に出せずにいた私に代わって、フレイユが不思議そうにそうマーナに訊ねた時だった。
マーナが斜め掛けに下げている大きめの鞄から、ひょこっと可愛い長毛の猫が顔を覗かせたかと思うと、そいつはいきなりフレイユ目がけて飛びついた。
「おまえっ! やっっっと、見つけたぞ!」
「はっ……?」
見たこともないほど目を見開いて、フレイユは胸元に飛び込んできたその猫を抱き留めた。
……って、今、あの猫、喋った?
何やら訳が分からずに目を瞬かせる私の耳に、またもや信じられない言葉が飛び込んできた。
「まさか、……オークル?」
私の記憶が確かならば、それはフレイユの幼馴染で、ガードンに襲われて死んだとかいう神獣族の名前じゃないだろうか。
猫の両脇を掴んで目線の高さを合わせるように持ち上げたフレイユは、驚愕の表情を張り付けたまま、呆然と猫を見つめている。
「まさか、じゃねぇよ。お前、俺が言っている言葉が分かるか?」
猫の問いかけに、フレイユはこくんと頷く。
っていうか、この猫、人間の言葉を話しているよね……?
「はぁ、よかった。ガードンの奴にへんな呪いをかけられちまったらしく、こんな姿のまんま、元に戻れなくなっちまってな」
「そう、……だったんですか」
フレイユが呟いた時、突然、背後でマリエルがくすくすと笑いだした。
「その猫、可笑しいね。まるで、フレイユと話しているみたいだ」
「え……? だって、この猫本当に喋ってるんだけど」
振り返ってそう言うと、マリエルは一瞬怪訝な表情を浮かべ、それから苦笑した。
「そうだね。まるで人の言葉を喋っているかのような鳴き声だ。よほど、フレイユに会いたかったらしいね」
鳴き声って……。
すると突然、マーナがまた私に抱きついてきた。
でも、今度のは目的が違った。マーナは、抱擁のふりをして私の耳元で囁いた。
「ミラク、オークルの言葉が分かるの?」
「う、……うん」
「そう。普通の人間には、猫の鳴き声にしか聞こえないらしいのよ。だから、気をつけて」
なるほど。マリエルには、あの猫の声はニャーンにしか聞こえないのか。
そうだよね。普通、猫は喋らないし。でも、オークルが人間の言葉を話しているとなったら、神獣族の存在から何から全部説明しなくちゃいけなくなる。
「マリエルさん。ミラクが大変お世話になってありがとうございます」
マーナは立ち上がると、まるで保護者みたいにマリエルに頭を下げた。
「いえ、とんでもない。助けられたのはこちらの方だよ」
「これから、ミラク達と今後について話し合いたいことがたくさんあるのです。出来れば、私を今晩このお屋敷に泊めていただく訳にはいきませんでしょうか」
マーナにしては大胆な申し出だなぁ、と少し驚いたけれど、マリエルは拒否するどころか満面の笑みを浮かべて頷いた。
「勿論、喜んで。エルドーラの私の友人が、大変お世話になった方だから丁重にもてなしてほしい、と紹介状に書き添えていたからね」
「モルガナ様が……」
「彼女とは、国家や身分の枠を超えたよき友人だ。エルドーラとサレドニアとの講和も、絶対にうまくまとめてみせるよ」
リムルラントの商人になぜそんな力があるのかと不思議に思っているのか、マーナは笑顔を浮かべながらも少し首を傾げていた。
元サレドニア王族で、サレドニアにも商売の拠点を持っているマリエルは、きっと私達の知らないところでそれだけの影響力を持っているんだろうな。
マーナは喋る猫ことオークルを連れて、私達が使わせてもらっている部屋についてきた。
「私をここまで送ってくれたマリエル商会サレドニア支部の人から、あなた達の行動は大体聞いたわ。サレドニア王女の夫に成りすましていた魔族を倒したんですって?」
マーナがこの部屋に泊まる準備をしてくれていたメイド達が支度を整えて出て行くと、マーナは椅子に腰を下ろして寛いだ様子を見せた。
「うん。それと、これは私達の他には誰も知らないことなんだけど、リムルラントの商人に成りすましていた魔族もいたんだ。フレイユと二人で、こっそり倒したけどね」
「倒したのはミラクですよ。この封邪の剣を使って」
フレイユが壁に立てかけられている封邪の剣を指さすと、それまでソファの上で丸くなっていたオークルが、ムクッと顔を上げ、耳をピクンと動かした。
「封邪の剣? 何でそんなものがこんなところにあるんだ」
「何でって、私がずっと昔に、育ての親から預かったものなんだけど」
非難めいた口調にちょっと驚きながらもそう答えると、オークルは大きな目をすがめてこちらを睨みつけてきた。
「育ての親が? ……っていうか、お前、何者だ?」
「ちょっと、オークル。ここに来る前に、何度も説明したわよね? ミラクは私が居候してた家の養女なの。ちょっと普通の女の子とはかけ離れた身体能力と食欲の持ち主だけれど、とってもいい子なのよ」
マーナはそう言ってオークルを窘めてくれたけど、何かその説明にはモヤッとするものを感じる。
「ミラクが封邪の剣を使って魔物を倒してくれなければ、マリエル商会も今のように自由に動くこともできず、サレドニアの問題も解決できなかったでしょう。つまり、あのままの状態では私達はサブリアナ大陸へ戻ることもできなかったということです」
真剣な顔のフレイユに詰め寄られて、オークルは面倒くさそうに顔を背けると、フン、と鼻を鳴らした。
「まあ、いいさ。で、そいつはまさか、これからもお前にくっついてくるつもりなのか?」
「うん、そのつもりだけど」
フレイユに問いかけた言葉に私がすかさず答えると、オークルは呆れたように溜息を吐いた。
「お前、こいつを里まで連れていくつもりじゃないだろうな」
「まさか。そこまでフレイユに迷惑を掛けるつもりじゃないよ」
「っつーか、俺はフレイユに話してるんだ。てめぇと会話するつもりはねぇよ」
「は? ねぇ、オークルって本当に神獣族なの? 信じられないくらい柄が悪いんだけど」
腹立ちまぎれに、ついつい本音をマーナにぶつけると、笑いを堪えながら同意するように頷いてくれた。
「私と出会ってからここまで、ずっとこんな調子なの。つまり、オークルってこういう性格なのよ。いちいち気にしていると、体に毒よ」
「はあっ? てめぇ、そんな風に思ってたのか?」
「そうなんです。オークルは元々こういう奴なんです。決してミラクに悪意があって突っかかってくる訳じゃないので、気にしないでくださいね」
「フレイユ、お前まで……」
ソファの上で足を突っ張り喧嘩腰だったオークルだったけれど、フレイユまで敵に回ったことがショックだったのか、力なく項垂れてしまった。
ふと、疑問に思って私は首を傾げた。
「でもさ。同じ神獣族なのに、どうしてオークルはこんな姿なの?」
「彼も、本来は私と同じように人型に獣の耳がある姿なのですが、今の姿はまるで幼い頃の獣型ですね。さっき、ガードンに呪いをかけられたと言っていましたが……」
フレイユがオークルの傍らに腰を下ろす。
「オークル、詳しく教えてくれませんか。一体、何があったのです?」




