68.元の姿に戻れるの?
「詳しくって言われても、あの時は無我夢中だったからな。俺も、何が起きたのかハッキリ言って分からないんだ。ただ、ガードンの魔力で吹き飛ばされて、これで最期か、と諦めて目を閉じたことだけは覚えている」
オークルは、その時のことを思い出したのか、さっきまでの不遜な口調じゃなく、込み上げてくる恐怖を抑えているような声で語った。
「で、気が付いたらこの姿になっていた。言葉も人間には通じなくなって、ただの野良猫扱いか、愛玩動物マニアの獲物になっちまった。マーナに出会うまではな」
「そうだったんですか。でも不思議ですね。同じ神獣族である私と会話が成り立つのは分かるのですが、なぜミラクやマーナまで今のオークルの言葉が分かるのでしょうか」
フレイユが顎に手を当てて首を傾げると、同意するようにマーナが頷く。
「そうなのよ。私もずっとそれが不思議だったの。でも、私とミラクに共通していることで考えらえるのは、神獣王妃様と接触したってことじゃないかと思うの」
マーナが身を乗り出しながら持論を展開すると、フレイユはなるほど、と小刻みに何度も頷いた。
「確かに、シルヴァーナ様に導かれ、あの神々しく温かい空気に包まれたことで、人間であるあなた方でも神獣族に対する何らかの力を得られた可能性はあります」
神獣王妃様の姿を見た時、温かなものに包まれたような何とも言えない心地よさを感じた。それが、いつの間にか私達にも神族に似通った力を与えてくれていたということか。
「ふうん。で、マーナはオークルに頼まれて私達を追いかけてきたんだ。でも、宮廷魔法使いの仕事はどうしたの?」
何気なくそう聞いたのに、マーナはみるみるうちに表情を曇らせた。
「マーナ?」
あれ、まずいこと聞いちゃったかな、と焦った時、マーナが妙にサバサバした様子で答えた。
「辞めたの」
「え?」
「でも、それはオークルのせいじゃないわ。採用された時に提示されていた仕事内容と余りにかけ離れていた業務への不満と、あとは人間関係が理由ね」
淡々とそう説明しながらも、私の目を見ないマーナの表情を見ていると、この話はここまでにしておいたほうがよさそうだ。
私は無理矢理話題を変えた。
「あ、そうだ。確か、私達を訪ねて来たのは、エルドーラで魔族を倒した魔法使いだって聞いてたんだけど、それって本当にマーナのことなの?」
賢い猫を連れた若い女性の魔法使いって、今まさに目の前にいるマーナそのものなんだけれど、ロザーナで居候していたマーナしか知らない私にとっては、話だけ聞いた限りでは余りにもその人物とマーナはかけ離れている。
「そうね。確かに、それは私のことだわ」
「何か、信じられないなぁ……」
「何よ。っていうか、やっぱりそう思うわよね」
マーナは、そんな私の反応を楽しんでいるみたいだ。
「しかし、封邪の剣もないのに、人間が魔族を倒すことができるなんて思えませんが」
フレイユが僅かに眉をひそめると、マーナは腰から一振りの杖を引き抜いて見せてくれた。
「実は、この杖のお蔭なの」
「これって、クロスがマーナにあげたっていう白蛇の杖だよね?」
「そう。でも、これがただの杖じゃなかったのよ。これを使えば、私のあんなに小さな火の玉の魔法が、魔物を一発で倒せる白い炎の魔法に早変わりするんだから」
「白い炎? それって、私があの日、家の外から見たのと同じ?」
「きっとそうね。あの魔族にやられそうになって、無意識のうちに私が魔法を使っていたのよ」
そして、マーナはいきなりその杖をブンブンと振り始めた。
「実は、この杖の力はそれだけじゃなかったの。この杖の白蛇はね……、このっ、このっ、早く起きてちょうだいよっ!」
訳の分からないことを言いながら杖を振り、それから苛立ったようにマーナは杖に絡みついた白蛇の装飾を掴んで引っ張った。
「ちょっと、大丈夫? マーナ……」
マーナがおかしくなっちゃったんじゃないか、と心配になった時、突然どこからか老人の声が聞こえてきた。
「ふわあああ。……何だ、何用だ、うるさいの」
「つ、杖の蛇が喋った……」
私の目の前で、杖からムクッと頭を持ち上げた白蛇が、真っ赤な口を大きく開けて欠伸をした。二又に分かれた細い下が、チロチロと宙で動く。
「全く、少しは老いた者を労われ。本来なら死んでおってもおかしくないほど、わしは年をとっておるのだぞ」
「まさか、あなたは神蛇族の長、ボワサン様ではありませんか?」
呆然とした様子のフレイユにそう言われて、白蛇はコクンと頭を下げた。
「如何にも、その通りだ」
「何と。生きておいでだったとは驚きました。しかし、何故あなたがこのような杖に姿を変えておいでなのですか?」
「ふふ、大した理由はないが、そうだな、敢えて言えば人間により近いところで人間の発展を見るためだな」
うーん、人間でも神族でも、偉い人の言っていることって分かりにくい。
首を捻っている私に気付いたのか、ボワサンは小さく咳払いをした。
「つまりだ。この杖は代々、高位の魔法使いによって受け継がれてきた。ま、この杖を使えば、誰もが優秀な魔法使いになれるということだが。その高位の魔法使いは、次々と魔法分野の技術開発を行う。つまり、その時代の人間社会の中心におることになるな。歴史を積み上げる中でどれだけ人間が力をつけてきたか、わしはずっと見守ってきた。あの若造が、わしを持ったままあんな田舎の街へ越して、わしを物置部屋の箱の中に入れっぱなしにするまではな」
全く、あれは予想外だったわ、とボワサンはブツブツと呟いた。
「あの若造って、クロスのこと?」
そう訊くと、如何にも、とボワサンは頷き、ふと何か思い出したように首を持ち上げた。
「そうそう、あの若造が以前にわしを用いて、魔族を異空間に封じる魔法を使ったことがあってな。今回はそれを神力で応用して、ガザークスめを異空間に閉じ込めてやったのだよ」
「なるほど。魔族を倒したのはマーナではなく、あなただったのですね。それで得心がいきました」
フレイユがすっきりした顔で微笑む。
その時、オークルが突然割り込んできた。
「前から、次に起きたら聞こうと思っていたんだが、あんたなら俺に掛けられた呪いを解くことができるんじゃないか?」
「呪いだと?」
ボワサンは首を捻ってオークルの方を向くと、チロッと赤い舌を素早く出し入れした。
「ふうむ、……特段、おぬしから魔族の呪いは感じられんが」
「そんなバカな……! なら、何で俺は元の姿に戻れないんだ?」
愕然とした様子で叫ぶオークルに、ボワサンは大きな塊を吐き出すような溜息を吐いた。
「そうだな。敢えて言えば、おぬしの神力は尽きかけておるのだ」
「……神力が、……尽きかける?」
「そう表現したほうが分かりやすかろう。つまり、何らかの理由で神力が大量に消費されておるがゆえに、最も弱い型でしか身体を維持できなくなっておるのだろうと思われる」
「神力を消費って、俺は何もしてないぞ」
「だから、何らかの理由で、と言っておろう。原因が何なのか、今の段階では分からん」
「そんな……」
オークルは受けた衝撃が大き過ぎたのか、ブルブルと身を震わせた。
「つまり、ガードンの攻撃で受けた怪我を癒すために、無意識のうちに神力が使われているということでしょうか」
「ふむ、そうかも知れんな」
フレイユが訊ねると、ボワサンは欠伸混じりに答えた。
「でも、オークルがガードンにやられたのは、もう随分と前の話なのですよ。それなのに、まだ神力が必要なのでしょうか?」
「さあな。神獣族については、わしも専門外だし、本当にそれが原因であると断言はできん。しかし、神族大戦の折、激しい戦闘の中で神力を使い過ぎたのか、眷属と変わりない姿になってしまった神獣族がいたのも、また事実。かくいうわしも、普段はこの姿で眠っておるのも、神力の消費を抑えるためだ」
そして、ボワサンは一際大きな欠伸をした。
「という訳だから、しばらくは起こしてくれるなよ」
「え? あ、ちょっと待て……」
「蛇型になるのも喋るのも、この老いた身には辛い事なんじゃ。また今度にせい」
そう言うと、ボワサンはあっという間に、再び元の杖に絡みついた白蛇の飾りに戻ってしまった。




