46.ミリアブルとの遭遇
何とか庭師として怪しまれない程度の見た目になった私とフレイユは、朝からグレエムさんに王宮の庭園へ連れられていった。
手には剪定鋏に箒や熊手、麻袋等を提げて、庭師としての装備はバッチリだ。
手始めに、グレエムさんは目にも止まらぬ速さで、一本の植木を綺麗な直方体に刈り込んだ。
「いいか。今日はこの一角の植木を、この高さと幅に合わせて刈り込む。それから、雑草取りもだ。昼までには終わらせるぞ」
「うぃーす」
他の庭師達が、心得たように早速と仕事に取り掛かる。
あれ? 本当に庭師の仕事もやるの?
私たちは王宮へ潜入するのが目的で、庭師の弟子になるのが目的じゃないのに。
「おら、何やってる。お前らはこっちからあそこまでだ」
グレエムさんに怒鳴られて、私は渋々フレイユと指示された場所へと移動した。
ううん、別に働くのが嫌という訳じゃないんだよ。でも、ハッキリ言って苦手なんだよなぁ、こういう美的センスを問われる作業って。
案の定、枝を刈り込み過ぎて、ほぼ直方体の形だった植木の面がボコボコになってしまう。
「ミラク、鋏を貸してください。私が刈り込みますから、枝葉の処理と草むしりをお願います」
これはまずい、と早々に気付いたフレイユにそう提案されて、私はこれ幸いとフレイユに鋏を手渡した。
フレイユは、素早く周囲に目を配ると、私が切り過ぎてしまった部分に手を当てた。
ほんの一瞬、葉の緑が濃くなる。
すると、もさもさと枝葉が目に見える速度で伸び、切る前の状態まで戻った。
「……これも、神力?」
「ええ。緑の精霊にお願いしました」
ポン! と私は手を叩いた。
「ってことは、何度失敗してもやり直しがきくってことだよね」
すると、フレイユが微かに眉根を寄せた。
「神力を、無駄なことには使いません。植木の刈り込みは私に任せて、ミラクは他の作業をお願いします」
軽くこちらを睨むと、フレイユは伸びた枝葉を素早く刈り込み、綺麗な面に整えていく。
叱られてしまったけれど、フレイユのお蔭で、グレエムさんに私の失敗作を見つかって雷を落とされる脅威からは解放されたから、まあ良しとするか。
気持ちを切り替えて、私は雑草取りと枝葉集めに集中することにした。
庭園で作業をしているのだから、作業中に王族や貴族等身分の高い人に遭遇してしまうこともある。そう時の対処法を、私たちはグレエムさんから事前に教えてもらっていた。
「ミラク」
地面ばかりを見ながら作業していた私は、フレイユに声をかけられ、初めて植え込みの向こうに誰かがいることに気付いた。
明らかに貴族の格好をした中年の男性が、何か思い詰めたような表情で、その場を行ったり来たりしている。
グレエム師匠の心得其の一。王族や貴族の姿を見たら、素早く作業の手を止めて物陰に隠れ、さり気なく距離を置くべし。
私たちは鋏や雑草と枝葉が入った麻袋等の荷物を持って、中年貴族がいるのとは逆の方向へ移動した。
五十歩ほど移動した時だった。私が逆さにした箒に偽装させて背中に背負っている封邪の剣が、突然ドクン、と震えだしたのは。
……っ。
ゾクッと背中に寒気が走り、ふと振り向くと、そこにはいつの間にか長身の無表情な男が立っていた。
年齢は四十歳くらいだろうか。血色が悪く、真っ直ぐに通った鼻梁の左右で、眼光だけが異様に強い光を放っている。
格好からして、かなり高位の貴族だ。しかも、封邪の剣が反応するということは……。
グレエム師匠の心得其の二。あってはならないことだが、もし仮に王族や貴族と鉢合わせしてしまったら、その場で膝を付き、頭を垂れて、相手が去るのを待つべし。
その際、もし何かされても言われても、反応してはいけない。ましてや、反撃なんかもっての外である。
素早く膝を付いたフレイユに続いて、私も植木にお尻から突っ込むような感じで慌てて膝を付き、頭を下げた。
頭を下げていても、後頭部に刺さる視線が冷え冷えとしているのが伝わってくるようだ。
まさか、フレイユの正体がバレたりしないよね……?
リムルラントで遭遇した魔族ソルバーンは、私たちを一目見て正体が分かったようだった。
でも、あの時は私もフレイユも旅装だったし、ミリアブルもまさか私たちが庭師に弟子入りして王宮に入り込んでくるとは思っていない、……はず。
……バレてないよね? あ、でも、もしバレたらここで決着をつけるまでだし。
と、覚悟を決めた時だった。
おどろおどろしい気配が、靴音と共にゆっくりと遠ざかっていく。向かう先は、中年貴族がいる辺りだ。
顔を上げてその行方を見守った私たちは、ホッと安堵の溜息を吐いた。
「ああ、よかった。私たちの正体がバレたかと思った」
「ミラク、もしやさっきの男は?」
「うん。こいつが反応したから、まず間違いないと思う」
私は、棕櫚を巻き付けて箒に偽装している封邪の剣を軽く叩いた。
「フレイユも何か感じた?」
「ええ。この王宮には瘴気が満ちていますが、その濃度がとりわけ高い塊のような存在だと思いました」
「じゃあ、あいつがミリアブルで間違いないね」
そういうことなら、と封邪の剣の偽装を解こうとして、フレイユに止められた。
「ちょっと待ってください。今ここで事を起こすのは危険過ぎます。もう少し様子を見ましょう」
確かに、まだお昼前の庭園には、他にも人々が行き交っている。一瞬で勝負が着けばいいけれど、もしミリアブルが反撃してきた場合、他の人たちを巻き込みかねない。
「そうだね。でも、せっかく遭遇できたのに……」
そう言いかけて、私はハッと振り向いた。
フレイユもぎょっとして、慌てて膝を付く。
それに倣おうとした私は、顔を下げるのも忘れて、まじまじとその人物を見つめた。
それは、さっき植木の向こうで落ち着かない様子をみせていた中年貴族だった。
その目は虚ろで、顔色は青く、まるで酔っぱらったかのように足元が覚束ない。
ゾクッとまた寒気を感じた時、封邪の剣が反応した。さっきよりも随分と弱い鳴動だったけれど、明らかにこの男に反応している。
まさか、この人も魔族?
ミリアブルには仲間がいたのかな。それとも、本当はこの人がミリアブルだったとかいうオチ?
その中年貴族は、顔を上げたままの私を全く気にする様子もなく、フラフラと私たちの目の前を通り過ぎて行った。
ううん、違う。気にしていないんじゃなくて、私たちの存在自体が目に入っていないんだ。
「成程。ああやって、エリーザ王女も操っているのですね」
フレイユが小さくそう呟いた。
「操る?」
「ええ。さっきまで、あの男からは瘴気が感じられませんでした。けれど、今はあの通り、瘴気に侵されている。ミリアブルはこうやって、王宮内で着実に自分の味方を増やしているのだと思います」
フレイユはそう言うと、何やら思案するように顎に手を当てた。
その後、中年貴族がさっきまでウロウロしていた周辺をさり気なく覗いてみたけれど、ミリアブルらしき長身の貴族の姿はどこにもなかった。
庭園は広いから、きっとどこか別のルートで庭園から出たんだろう。
それから間もなくお昼になり、私たちは庭師の休憩小屋へと戻った。




