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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第2章 ロンバルディア大陸編
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45.庭師に弟子入り

 ジュリア王女は、元々活発で気の強い女性だったらしい。

 けれど、王族としての自分の立場もよく理解していて、ここ数年は淑女の仮面を被って暮らしていたそうだ。

 王位継承権は弟であるヒルメス殿下にあるし、もし万が一弟に何かあったとしても、長女エリーザ王女がいる。だから、自分はいずれ貴族の誰か、若しくは他国の王族に嫁ぐものと達観して、後宮の奥でひっそりと好き勝手に暮らしていたそうだ。

 美しい王女様は、時々皮肉を交えながら自分のことについてそう語った。

 ところがある日、ヒルメス殿下が突然、行方不明になってしまった。弟を可愛がっていたジュリア王女は、密かに自分の配下に命じて弟の行方を探らせた。

 それと同時に、倒れた父王に代わって政務を取り仕切るようになっていた姉と、その夫についても調べさせた。

 すると、不可思議な点がいくつも明らかになった。

 元々、ミリアブルは高位の貴族でありながら、権力的な野心を持たない控えめな性格であることが評価されて、エリーザ王女の夫に選ばれたはずだった。

 ところが、今ではエリーザ王女に物を言わせない勢いで、実質的に政治を動かしているという。

 そして、元々ジュリア王女並みに気が強く聡明だった姉が、そんなミリアブルに何も言えず、操り人形のようになってしまっているらしい。

 ヒルメス殿下の失踪についても、あたかも王の病を彼の責任のように吹聴し、もし王宮へ戻るようなことがあれば反逆罪に問う、という姿勢でいる。

 これは、何かがおかしい。けれど、自分が正面切って出て行けば、弟を助けるどころか今度は自分が命を狙われることになる、と考えたジュリア王女は、まず王宮の中で味方を得ることにした。そして、その味方を通じて、今度は神殿の神官の協力を取り付けた。

 ところが、そんな動きを察したらしいエリーザ王女側から、圧力がかけられるようになってしまった。

 そこで、ヒルメス殿下の無事を祈るという理由をつけて、王宮から神殿に脱出しようとしたところ、魔物の襲撃をうけてしまったらしい。

「そもそも、護衛騎士を一人しかお付けになっておられなかったなんて、不用心にも程があります」

 口髭を生やした四十代くらいの恰幅のいい騎士が、王女に対して遠慮なく呆れたように溜息を吐いた。

「そこは、アレじゃ。物々しい護衛をつければ、自分は襲われても仕方のないような後ろめたいことをしています、と吹聴しているようなものだと思うたのじゃ」

 反省する素振りも見せず、しれっとジュリア王女は言い返す。

 というか、それで襲われてちゃ意味ないよね、と誰か突っ込まないの?

「そもそも、神殿は王宮のすぐ近くなのじゃ。誰が王都のど真ん中で魔物なんぞに襲われると思う?」

「そうですね。まさか、魔物が王都の中、しかも王宮や神殿のすぐ近くに出没するなんて、この国は一体どうなってしまったのでしょう」

 ジュリア王女の主張に賛同したアルマさんが、恐ろしげに体を震わせる。

「であろう? 神官らも、何やら淀んだ空気が王宮に満ち満ちておると申しておったわ。まさかとは思うが、お父上様のご病気もそのせいではないかと案じておるのだが」

「そう言えば、少し前に、王都の外れにも魔物が出現したそうですわ」

「ならば、尚のこと人間同士で戦争などしている場合ではない。それじゃのに、ミリアブルめ。開戦回避を模索しに来たエルドーラの宰相を追い返したそうじゃ」

 憤慨し、興奮するジュリア王女の隣に無理矢理腰かけさせられ、腕を掴まれたままの私は、どうすることもできずに、ただ王女の剣幕に頷くだけだった。

 そこで、意外にもフレイユが口を開いた。

「王女様。私たちは王宮に潜入して、そのミリアブルという人物に会ってみたいのですが、どうすれば可能でしょうか」

 ふむ、と考え込んだジュリア王女は、とんでもないことを提案してきた。

「王宮の女官長も、わたくしの協力者の一人じゃ。女官として潜り込めるよう、話をつけてやろう」

「女官、ですか」

 さすがに、フレイユの口元が引きつった。

 私は女だからいいけれど、フレイユは女装しなくちゃいけないってことだ。

「ほほ、そなたは随分と美男ゆえ、さぞかし美しい女官に化けられることじゃろうの。楽しみじゃ」

 何でジュリア王女が楽しみなの?

 若干引き気味になりながら、さっきの仕返しとばかりに、私はフレイユに生暖かい視線を送ってあげた。


 女官、といっても、彼女たちはそれなりの知識と経験と身分がある貴族のお嬢様や、貴族家のメイドから引き抜かれた優れた女性たちばかりだ。

 だから、知識も経験もない私たちは、女官の格好はできても、他の女官にばれないように王宮に潜入するなんて、実際問題無理な話だった。

 だから、取り敢えず身元がしっかりしていて素行が真面目なら使ってもらえるという、下っ端雑用なら大丈夫じゃないかという話になった。

 ただし、下っ端は王宮の建物の中には入れない。精々、調理場の外で野菜の皮むきとか、薪割りだとか、搬入される物資の運搬で門から倉庫まで入れるくらいだという。

 だから、そこから奥へ入りたければ自己責任で、ということになる。

 それよりは、王宮の中庭の手入れを任されている庭師の弟子という名目で入り込んだほうがいいのではないか、という結論になった。

 中庭には、高貴な方々もよく足を運ぶ。なので、ミリアブルに遭遇することも可能かもしれない。

「残念だな。せっかく、フレイユの女官姿が見られると思ったのに」

 そう言ってからかうと、フレイユは赤い瞳をキラリと光らせた。

「私こそ残念です」

「え?」

「せっかく、女性らしい格好をしたミラクを見られると思ったのに」

 そう言って意地悪く微笑むフレイユは、何も言い返せないで悔しがる私を見て、どこかとても楽しそうだった。


 庭師、と言っても、さすがはジュリア王女に協力しているだけあって、ただの庭師じゃなかった。

「そもそも、遠い東の島国では、御庭番という言葉があってだな……」

という訳の分からないことを言って一人頷いているのは、庭師長のグレエムさん。

 頭はすでに灰色の白髪交じりになっているのに、日に焼けた顔は精悍で、二の腕なんか私の太ももよりずっと太い。

 何でも、グレエムさんをはじめとする庭師集団は、裏の顔を持っているらしい。

 それが、グレエムさん曰く『隠密』。

 平たく言うと、国王陛下の命令を受けて、表に出せない諸々の事柄を、裏でこっそり始末するのがお仕事らしい。

 国王陛下が倒れた後、権力を握ったエリーザ王女とミリアブルは、『隠密』に関しての引継ぎを受けていないせいか、グレエムさんたちは全くの放置状態になっているのだという。

 それをいいことに、グレエムさん達は独自に王宮内の情勢を調べ、その結果、ジュリア王女へ協力することに決めたそうだ。

「ヒルメス殿下の御為に、余所者であるお前たちまで協力してくれるとは、本当に有り難い。……が、お前ら本当に庭師の弟子になる覚悟があるのか?」

 ギロリと鋭い目で睨みつけられて、私は思わず肩を竦めた。

「そっちのちっさいのは仕方ないとして、お前! 随分なまっちろい奴だな。そんなに色白の庭師なんぞおらん!」

 いきなり指さしでダメ出しされて、フレイユは目を瞬かせた。

「おら、これに着替えろ。それから、ちっとはそれらしく見えるよう、自分らで努力するんだな」

 庭師の制服らしい繋ぎの丈夫な服と長靴を手渡されて、休憩小屋の中に蹴り入れられる。

「私、ちっとも日焼けしないんですから、仕方ないですよね」

 苦笑しつつ、フレイユはフードを下ろしてローブを脱ぐ。

「そっか。フードも被ったままじゃダメなんだ。どうするの?」

「さっき、グレエムの部下の格好を見て、思いついたのです」

 そう言うと、フレイユは大きめの布で白い髪を覆い隠すように頭部を青い布で覆い、後頭部の辺りで縛った。

 白い髪もなるべく項に近い部分で縛り、縛った部分から毛先にかけて別の青い布を細くしたものでグルグルと巻いていく。

 なるほど、これなら珍しい白い髪もあまり目立たないし、何より耳まで隠せてしまう。

 でも、その分顕わになったフレイユの綺麗な顔は、余計に目立ってしまう。

 すると、着替え終わったフレイユは、外の水場に行くと、何とバケツに溜まっていた泥水を、いきなり顔に塗り始めたじゃないか!

「ミラクも色が白いから、こうしたほうがいいですよ」

「う、うん、そうだね」

 一瞬、呆気に取られていた私だったけど、フレイユの美貌がだんだんと鳴りを潜めていくのを見て、この方法に納得した。

 おかげで、とりあえずグレエムさんの合格を獲得できた。

 でも、神獣族的に、これはあり(・・)なんだろうか……。

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