8話 恥ずかしながら、マザコンです
一ミクロンでも口角が上がれば★やブックマークをお願いします。
「ほんと、お母さんは強いのか、弱いのか。どっちなんだろうなあ」
そんなことを考えながら、僕は慣れた手つきで、母の鼻血や、こぼれてしまったお酒を掃除する。
気絶している姿すらも偉そうで、また自然と口角が上がった。
「……うん」
ツンツンと母のほっぺたを指でつつき、まだ起きてこないかを確認。
こうなった母は、本当に急に起き出すことが多い。それこそ、地面に伏した蝉が、急に騒ぎ出すように。
でもまあ、この様子だと、とりあえずしばらくは大丈夫そうかな?
「ふふふっ」
僕はそっと、母の頭を撫でた。
僕には遺伝しなかった太くて硬い、力強い髪質だ。何も間違っていないと言わんばかりに、とにかくまっすぐで美しい黒髪。
それが羨ましくて、愛おしい。
「お母さん、いつもは恥ずかしくて言えないけど、大好きだよ」
そう、この少しぶっ飛んだ母のことが、僕は大好きなのである。
前世で家族に愛されなかった分を補う以上に、僕は愛された。
そのせいか、恥ずかしながら僕は、少しマザコンに育ってしまったようだ。
「お母さんの親バカも大概なものだけど、僕のマザコンっぷりもまあまあやばいよなあ……」
少しだけ言い訳させてくれ。
だってさ、溺愛と言っても、その身一つで僕という弱い存在を守ってくれたのは確かなんだよ? それも、こんな肉食獣溢れる世界で。
態度、行動、発言、その全てが僕を肯定し、甘く愛してくれる。それも、こんなにかっこいい母が。
そんなのさ、好きにならない方が無理ってものでしょ。
「僕が『UQロボ事件』で死ぬほど有名になった時も、世間様から『そんなに息子さんの情報をおおっぴらにして、息子さんが大切ではないのですか!? 息子さんが可哀想です!!』と大バッシングを受けた時も、いつだって強気に母は戦ってくれた」
弱い僕の代わりに、母はいつだって全力で戦ってくれたんだ。
それが当たり前ではないことを、僕はよーく知っている。
「母と姉と妹。3人のおかげで、僕は綺麗な身体のまま成長できたんだよ。ありがとう、お母さん」
世間では僕の家族を「3人の最強のガーディアン」と呼ぶ。
それを象徴するようなある一枚の写真は、あまりに有名だ。
母がカメラに向かって中指を立て、姉が愛嬌のある最高の笑顔で笑い、妹が鉄パイプをへし折り、その中心で僕がすやすやと寝ている。
「隠し撮りではあるけど、僕たち家族を表すいい写真だと僕は思うな」
そんな素敵な写真を、母は最高に楽しそうにインターネットの海に投稿し、僕のことを徹底的に自慢した。
今まで言えなかった鬱憤を晴らすかのごとく、それはもう楽しそうに。
……ああ、もちろん僕が「有名になるのは覚悟の上だよ」と言った後の話だよ。
それからだ。それから、僕は有名になり始めたんだ。懐かしいなあ……
「ふふふっ」
母の頬をそっと撫でた。母が起きてしまわないように、そおっと。
年齢だけで言えばもう中年にも関わらず、母の肌はモチモチしていて、きめ細かい。
シワ一つないとはいえないが、それでも年齢を考えれば少ないほうだろう。
相変わらず、この世界の女性はみんな綺麗だ。
特に母なんて、僕の前世の世界に行けば、あっという間にアイドルとして愛されてしまうだろう。
それほどのポテンシャルがあると思う。
「……今日はもうちょっとだけ大胆にやってみようかな」
不意に魔が差した。
僕は甘えるように、母の横に寝そべった。いわば、腕枕というやつだ。
たとえ実の親だろうが、こんな風に甘えるのは、今みたいな時しかできない。
母は僕の全てに対して、あまりにクソザコだからね。
起きている時にこういう事をすれば、下手をすれば母の心臓が止まってしまうだろう。
親殺しになるのは、僕の本意ではない。
(でも、大好きな母とスキンシップを取るなら、気絶した今が絶好のチャンスだから……)
ドキドキ……ドキドキ……
ずっと鼓動が喚いている。
このドキドキが異性に対するものなのかは、恋愛経験の少ない僕には分からない。
前世の感覚がある人からしたら、母にドキドキするなんておかしいと思うはずだ。
でもね、実はこの世界では「家族との結婚」なんてものはありふれている。
なにせ男女比が1:10だ。一夫多妻制や、近親婚は、ごく普通のこと。遺伝子的にもなんの問題もない。
ってことで、いずれ僕は、母や姉、妹と結婚するかもしれないのだ。
っていうか、家族みんなその気満々。
案外僕も、結婚することに異論はない。
小さい頃からそういうものとして育ってきたので、前世の感覚でおかしかろうと、そういう感覚はないのだ。
ただし、今は少しだけ待ってもらっている。その理由は単純。
(僕の頭の中は今、初恋の人、そばかすちゃんでいっぱいだから)
そんな宙ぶらりんな状態なのに、母にこんなことをしてしまうのは、流石に酷だろう。
本当はこんなこと、すぐにでも辞めるべきだ。
でも。
もうちょっとだけこの幸せな時間が続くように願いながら、母の暖かさを感じていたい。
今なら誰も見ていない、もうちょっと、もうちょっとだけ……
不意に、穏やかに呼吸をしていた母の呼吸が止まった。
やばい。これは、母が気絶から目覚める時の兆候だ。
名残惜しさをかなぐり捨て、咄嗟に母から離れた。
「――ッ! 悠久のせいで地球の温暖化が進むだとっ……なんだ、夢か」
一体どんなトンチキな夢を見ていたんだろう? 母の前で、ちょっと笑いそうになってしまったじゃん。
後ろを向いて、一度大きく息を吸って、吐く。
これでよし。正真正銘、誰が見ても真顔だ。
「ほら、お母さん、飲み直そう」
「うむ」
さっきまで甘えていたことなどなかったかのように、僕は晩酌の続きを促した。
「クンクン、なんだか身体の右半分が、幸せな香りに包まれているような……?」
「あ、ああ、そこにお酒をこぼれちゃったのを、僕が重点的に拭いたからかな」
「そうか。ありがとう、悠久。流石はこの私の息子だ」
僕のちょっとした嘘に、母はまるで気づく様子がない。いつものように、目をクワッとかっ開いて、ただ僕の言うことを心底信じている。
それどころか、「ありがとう」のお言葉までいただいた。
自信家で傲慢不遜な母は、「ありがとう」も「ごめんなさい」も、相当のことがなければ決して言わない。
それでも、僕には素直に感謝してくれる。
少しくすぐったいと同時に、ちょっと罪悪感。そのせいか、母のあの力強い目を直接見ることができなかった。
嘘をつく悪い息子でごめんね、お母さん。
「スンスン。すぅぅぅぅぅぅぅー…………すぅぅぅぅぅぅぅ」
「いや、ちゃんと呼吸して!? ほら、今すぐ吐いて! 死んじゃうよ!?」
「大丈夫だ。母というのは、息子の香りを定期的に摂取しないと、それこそ死んでしまう生き物なのだ。一ミクロンたりともこの幸せな香り物質を逃がしたくない。それに、これで死ぬのなら本望だ」
そう言った母の目は、まるで死地へと向かう戦士のように覚悟に溢れていた――




