4話 覚悟の上だよ
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僕はお笑い芸人というものを、そもそもよく知らなかった。
それも仕方のないことだ。前世ではそもそも家にテレビがなかったし、スマホを初めて持ったのも18歳の時だ。
そのスマホですら仕事の連絡用に買っただけで、娯楽として色んな使い方があるってことを、そもそも知らなかったんだから。
(ああ、そうだった。幼稚園時代の僕は、母がどうすれば芸人として売れるのかさっぱり分からなかったんだ。だから、とにかく応援することにしたんだっけ)
ただ、芸人の世界に全く詳しくなかった僕は、正しい応援の仕方なんてもちろん知らない。
だから僕は、断片的に聞いたことのある方法を、とにかく片っ端から試した。
(大好きなお姉ちゃんと一緒に劇場に通い詰めたり、応援うちわを持っていったり、お手紙を出してみたり、出待ちしてみたり……色々やったなあ)
ああ、お金については何も問題なかったよ。母が子供にしては考えられない山程の額を「おこづかい」として渡してくれていたしね。
それに、安全面についても問題なかった。母が僕に優秀な「男性警護官」という人をつけてくれていたからね。
この話を聞いて、なんとなく「親バカ?」という感想を抱いた人――大正解である。
僕の母は重度の親バカだ。ていうか、僕にだけ度を越したほどの親バカというのが正しい。
誰が見ても、分かりやすく親バカなことは明らか……なんだけど。
当時の僕は、おこづかいや、男性警護官についても、「過保護だなあ……」くらいにしか思っていなかったんだ。
これについても言い訳させてほしい。
僕のやることなすことが、姉や母に全て肯定されてしまう環境だったんだ。
だからさ、何がおかしくて、何が当たり前なのか、分からなくなるのも無理はなくない?
男性警護官をつけていたとて、普通、男は気安く外を出歩かない。
会場のスタッフさんや警備員などに目が合った時、挨拶する男なんていない。
女性を見て顔をしかめない男なんて、もはやファンタジーな存在。
そんなことが、この国の常識だとは思わなかったんだよ。
(僕の中の“当たり前”をしていただけ。それだけで、いつの間にか僕の存在が口コミで広まり、トントン拍子でここまで来たけど……)
それにしても、ここまで有名になるとは思わなんだ。
僕は手遅れになってから、ようやく常識を学び直すようになった。
多少手遅れ感もあったが……人生はいつだって再スタートできるってこと、僕は信じているから。うん。
世の男が思った以上にクソって知ったのも、この時期だ。
女性を奴隷のように扱う男が普通にいたりするのが、本当に信じられなかったんだよなあ……
そんな世の中だから、僕が当たり前だと思っている行動をしただけで、当時は天使なんて呼ばれていた。
天使扱いなんてもちろん望むところではないが、その一方、この世界の「かっこよくない男」に成り果てるのも、絶対に嫌だ。
この意地を通す場合、窮屈になるのは目に見えているけれど……
迷った時はどちらが「かっこいいか」で選ぶ。
僕は――窮屈な道を選んだ。
そうして、今の僕があるってわけだ。
これは余談だが、僕のこの見た目で「俺」と言うのは、背伸びしてカッコつけているように見えるって知ったのも、確かこの時期なんだよね。
それを知り、妙に恥ずかしくなって、僕は僕と言うようになったんだよ。
うん、とっても余談だ。
で、だよ。ここまで流れるように言い訳しておいて、全てをひっくり返すような話をしようか。
『大丈夫。有名になることは、覚悟の上だよ』
――この言葉を母に告げたのは、紛れもなく僕だ。
要は、ここまで有名になったのは、ぶっちゃけ自業自得なのだ。
◆
「うーん!! このコロッケ、熱々ホクホクで、すっごく美味しいです!!! このコロッケにはソースは必要ないですね!!」
「うむ」
「うむじゃなくて、お前もしっかり食レポをしろ」
「悪くない。合格だ」
「お前はホント……はぁー。コイツをはっきり怒ってくれる大人、いつでも募集してまーす」
変わらずスタジオでは母達のコンビ、大帝国の映像が流れている。
今は商店街の揚げ物屋さんのおばあさんにコロッケをご馳走してもらい、悩みを聞き出すところだ。
僕は共演者の邪な視線をチラチラと感じながらも、さもそんなことに気づいていないかのように、モニターに流れる映像に集中する。
……といっても、さっきから頭の中では別のことを考えているんだけどね。
一応VTRはちゃんと見ているので、それくらいは許して下さい。
と、誰に対してか分からない謝罪をしつつ。
今、僕が頭に思い浮かんでいるのは、とある法律についてだ。
男性保護法。
信じられないかもしれないが、この国には本気でそんな法律が存在する。
この法律のおかげで、男のプライベートはガチガチに守られているってわけだ。
例えば、この国では過去にはこんな例があったらしい。
『ワールドカップの決勝戦での中継で、観客席にこの俺の姿が一瞬だけ映った。よって、この世から全て決勝の映像は消すように』
この男の無茶な要求は、通ってしまった。この国にとって初めての決勝進出で、ものすごい注目度だったのにも関わらず、だ。
しかもこの男、男専用の観客席を利用せず、飛び入りで、かつ違法な手段でそこにいたのにだよ? ありえなくね?
まあ、さすがにそれは極端な例だとしても、この法律の効力の凄まじさは伝わっただろう。
この法律が効力を発揮している限り、僕が国民的というほど有名になるのなんて、本来ありえないはずだった。
それでも僕が有名になった理由はただ一つ。
僕がそれを望まなかったからだ。
例え生きにくくなろうと、とにかく大好きな母の力になりたかった。
『僕を存分に利用して、有名になってほしい』
『……本当にいいのだな?』
『うん。迷惑をいっぱいかけることになるけど、僕がそうしたいんだ。わがまま言ってごめんね』
『……この私は常々思っていた。こんなイケメンな息子を世間様に隠してしまうなんて、世の中に与える損失がでかすぎるのではないかと。ふふふっ、これからは楽しくも刺激的な日々となりそうだ』
母はそれはもうかっこいい笑顔で、にやりと笑った――




