3話 とにかく、歪むんだ
「ひかりさーん! 今日も相変わらず目つきが怖くて偉そうですね!!」
「あっ、ママー、見て見て! 悠久君のお母様だよ! 生で見ると大迫力だね!」
「大帝国の番組、いつも見てます!!」
商店街で、母が色々な人に声をかけられている。
あんなつっけんどんな母でも、地元ではかなり愛されているのだ。
芸人というのは不思議なものだ。あんなつっけんどんな母でも、世に出てその独自のキャラクターが認知され始めた辺りから、愛されキャラとして扱われる。
案外母には芸人という仕事は向いていたのかもしれないな。
「お前ら。以前この私が教えたありがたい教えを、しっかり覚えているな?」
母がいつものように目をくわっとかっぴらいた。
「「「もちろんです」」」
「では、言ってみろ」
「「「この命は悠久くんのために!!!」」」
「よろしい」
「よろしいじゃねえよ! お前は地元民に何を教えてるんだ!!」
うぐっ、あまりのテンポの良さと、息ぴったりさに笑いそうになった。危ない危ない。
そもそも、なぜ僕がこんなに笑うのを我慢しているのか。
すっごく簡単に説明すると、僕の素の笑顔が、この世界の女性には刺激が強すぎるからってことになるのかなあ……
突然だが、僕はものすごくイケメンだ。
そんな僕が一度笑うと、周りの女性がたちまち変になる。
僕と笑顔の相性は、すこぶる悪いのだ。
いや、良すぎるっていうのが正しいのかな? ま、どっちでもいいや。
実際、僕の母や姉、幼馴染は、僕が笑ったことで突然お笑い芸人になってしまった。
……まあ、流石に全てを捨てて芸人になるなんて、稀な例だけどね。
よくあるのは「笑ったってことは、合意ありってことだよね?」と、謎の理論を展開され、相手を性犯罪者にしてしまうことかな。
びっくりするかもだけど、これは本当に数多く経験してきたんだ。もう一度言うけど、びっくりするくらい、本当に数多く。
『なんだかあの笑顔を見て、許された気がした』
『その自然な笑みにムラっときて、つい本能が勝手に動いた』
『美少年が私だけに笑っていた。いけると思った』
『逆に聞きましょうか。ねえ、おまわりさん。あなただって、私の気持ちが分かるはずですよね?』
『あの笑顔を見て、全身を愛撫されたようなくすぐったい快感が、全身を駆け巡りました。そして思ったんです。愛撫されたなら、キスくらいしてもいいよねって』
僕の笑顔により性犯罪者になってしまった人の言い分は、こんな感じ。
僕の自然な笑顔は、女性の何かをかき立ててしまうらしい。
だから僕は安易に笑わないってわけ。
まあ、心から笑いたくない理由は、実はもう一つあるんだけどね。
これはとても個人的かつ、かなりしょうもない理由だ。
言うなれば……
「(って、あの、カメラマンさん?)」
僕はVTRの邪魔をしないように、視線だけで言葉を発する。
その舐めるようなカメラアングル、やめてよ。これ、ただのワイプでしょ?
まあ、僕ってギャラがとんでもなく高いから、多少のやんちゃは受け入れるけどさあ……
◆
母達の勇姿を純粋に楽しみながら、頭の片隅で冷静な部分が僕にこう語りかけてくる。
『おまえはなにも成し遂げていないのに、なぜこんなところに座っているのだ』
『おまえはアイドルになどなりたくなかったはずだ。それなのに、なぜ偉そうにタレントなどになっているのだ』
いや、そんなの正直、僕にも分かっていない。でも、なんというか、うーん、その……
僕はまるで言い訳するように、ここまできた流れを頭に思い浮かべてみることにした――
違うんだよ、最初はさ、母がお笑い芸人を目指すとか言うから、全力で応援してただけなんだ。
遺伝子研究の第一人者として超有名な天才が、何故わざわざ芸人の道を進むのかは心底理解できなかった。
でも、母はやると決めたらやるかっこいい女性だ。
それなら僕もできる限り協力したいと、子供ながらに思ってたんだよね。
僕って前世で親に恵まれなかった分、温かい母と姉のことが大好きだったから、成功してほしいと思ってさ。
ただ、当時幼稚園生だった僕には、この世界の理解度が足りていなかった。
男が貴重ということは分かっていても、それによってどんな社会になっているのか、ちゃんと理解できていなかったんだ。
(別に男女比が1:10でも、言ってみれば10人に一人は男がいるってことだよな? なら、大したことないか)
あの時は安易に考えていたっけ。
……バカだなあ、僕。前世でもっと勉強しておけば、こんな安直な考えは持たなかったのに。
ただ単純に、数字の問題じゃない。十人に一人男がいるっていうだけじゃないんだ。
男女比が偏るってことは、想像以上の影響がある。
とにかく、歪むんだ。
なにがって?
価値観だよ。ノリ、とも言うかな。
ほら? 前世の男子校でずっと過ごしてきた人なんかは、「女性と何を喋っていいのか分からない」とかさ。
女子校にずっと通っていた人だって、「社会に出てから男が怖かった」とか、「生理用品が恥ずかしいものだと思いもしなかった」とかさ。
そういう話はいくらでも転がっていたでしょ?
前世では、男女比が同じということで、知らず知らずのうちに色んな常識が成り立っていたんだと、今ならすごく思う。
(前世の常識が、ここでの常識とは限らない。僕が考える普通が、全然普通じゃなかったんだよね……)
前世の記憶は武器にもなるけれど、「枷」にもなるということを、僕はまだ理解していなかったのだ。




