2話 やりすぎだよ
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「今回のゲストは、今、話題沸騰!! お笑い芸人『大帝国』のボケ、小張ひかりさんの息子であり、お笑い芸人『弓なり』のツッコミ、小張のこさんの弟!」
――シュウウウウ!!!
スタジオに明らかに多すぎるスモークが焚かれる。
「全国女性が押し倒したい男性ランキング、ぶっちぎり1位!!!」
――ゴーン。ゴーン。
荘厳なる音楽が鳴り響く。
「もはや名を知らぬ人はこの国にいない!!! 全国人気タレントランキング、圧倒的1位!!!」
――ヒューーー……ドン!!!
空はまだ昼だというのに、空に大量の花火が飛ばされる。
「その日、この男の登場に、世界が激震した! この男はこの国の何よりの宝! 小張家が命をかけて守る財宝!」
――ヒッグ。スンスン。ふぐぅ。
観覧のお客さんの咽び泣く声が響く。
「国民的総受け男子とは、まさにこの人!!! さあ、どうぞ!!!」
そして、様々な方向からスポットライトが照らされ、満を持して煙の奥から登場したのは……
「小張悠久です。よろしくお願いします」
「「「ぎゃああああああ!!!!!」」」
そう、僕だ。
小張悠久。
何故か僕は「国民的総受け男子」や「国民の息子」なんて言われ、女性からキャーキャー言われる存在となっていた。
……あの、司会者さん? いつも言っているけれど、その「国民的総受け男子」って呼び方、やめてくれる? せめて「国民の息子」の方で呼んでよ。
まあ、どちらの呼び方にしろ、僕にとっては大それたものなんだけど、やっぱりなんかね。
てか、明らかに演出がやりすぎね。いつものことながら、そんな大仰にしないでくれよ。
ほら、観覧のお客さんの方を見てよ。
あんまり煽りすぎたもんだから、興奮しすぎて気絶しちゃった人もいるじゃん。
あの人なんて、両鼻から大量の鼻血を垂れ流しているのに、一切拭かずに僕に釘付けだ。せめて拭くくらいはしてってば。
ほんと、普通に生きてきただけなのに、どうしてこうなったんだろうなあ……
(どれだけ頭の中で困惑しても、プロとして表情には一切出さないんだけどね。ハハハ……)
乾いた笑いをするのは、頭の中でのみ。
今までの23年間の人生で色々あったせいで、そういう小器用なことばかり覚えてしまった。
まあ、仕事は社会貢献。どんな仕事だろうが、お金が発生しているからには、全力で求められるキャラをやり遂げるつもりだ。
◆
今日はスタジオでVTRを見る仕事だ。言ってみれば、30分ほど母の所属するコンビ、大帝国のロケを見るだけ。
たったそれだけの仕事ではあるが、この場にいる人達はみんなプロフェッショナルな人ばかりだ。
特に司会者さんなんて、都会でバリバリ活躍している、腕利き大御所芸人ときた。
正直、こんな地方のテレビ局に集まるのには持て余すほどの、そうそうたるメンバーだろう。
腕もいい上に、「男性免疫レベル」もそこそこある人達。
今日の生放送はきっとうまくいくはずだ。
「始まりました! 大帝国の街のお悩み解決サポートの時間です! ……あれ? うちの相方の姿が見えないですね……って、おいおいおーい!」
母の相方さんが、スタジオ正面の大型モニター内でタイトルコールを始めた。
大帝国の街のお悩み解決サービス。地元限定で、帯でやっているお昼のニュース番組の水曜日の一コーナーだ。
ただ、ローカル番組として、ちょっとありえないほどの視聴率を叩き出しているコーナーでもあるんだよね。
(まあ、その原因は、間違いなく僕のせいなんだけど……)
それほど、僕という存在は世の女性を熱狂させているのだ。
大型モニターに、母がかなり気合の入ったキャバドレスを着て登場したシーンが映る。
「今日行くのは地元の商店街だぞ! 愛しの息子が見ているからって、気合入りすぎだ!」
「黙れ劣等種」
「劣等種!?」
母のあまりに強すぎる言葉に、スタジオが笑いに包まれる。
現場のADさんや、ディレクターさん達の、いわゆる「スタッフ笑い」のおかげで、空気が柔らかい。
こうやって現場は笑いやすい空気が流れているので、演者も自然と笑いやすいのだ。
僕? 僕はまあ、笑わないよ。
母のあれ、キャラでやっているわけじゃなくて、素の姿だからさ。
母って本当に何でもできるのに、コミュ力だけがちょっとゴミ……うそうそ。嘘でーす。
えと、コミュニケーション方法がお茶目な人でね。
そんな母の姿はいっぱい見てきたから、面白いっていう感じじゃなくて、母らしくて微笑ましいって感じかな。
だから、あくまでニコニコするだけ。
この「愛想笑いに見えるけれど、ちゃんと楽しそうに見える」笑い方を習得するの、苦労したなあ……
母たちの小気味よいやり取りから、ロケがスタートする。
「悠久が見てるんだ。これくらい気合を入れるのは当然だろう。さあ、さっさとこの街の出がらし共の悩みを解決するぞ」
「……ちょっと顔と頭が良くて、天使みたいな息子を産んだからって、さも自分が間違っていないって態度で歩きやがって……おまえ、夜道には気をつけろよ」
……うぐっ。相方さんの最後にぼそっと呟いた言葉で、ちょっと笑いそうになった。あまりにも感情が乗ってるから、つい……
ダメダメ。決して笑うなよ、僕。
僕は僕を叱りつける。
もっと腹筋に力を入れて、我慢しなきゃ。
僕が見せて良いのは、このニコニコ笑顔まで。なぜなら、このニコニコ笑顔は、僕を守る「最強の鎧」だから。
……こんな僕でも、色々気をつけているんだよ?
この心の警戒を解くけれど、舞い上がらせない程度の笑顔とか、二秒以上目を合わせないとか、優しさの塩梅とかね。
そうでなければ、この世界で男は生き残れない。
この場にいる演者はプロフェッショナルなので、性欲は表には出ていないように見える。
特に女性からしたら、「よく僕がいてたぎらないなあ……」なんて思う人も多いだろう。
(でもさ、男の僕からすれば、一皮むけばおぞましいほどの性欲があることは見え見えなんだよなあ……)
だからこそ、僕にはペラペラの皮をめくらないような立ちふるまいが求められる。
とにかく身持ちを固く。このギリギリ見せていい笑顔で、場を凌ぐのだ。
ニコニコ笑顔程度なら、肉食獣をそこまで刺激しないことは今までの経験から分かっている。その一皮をめくってしまうことはない。
猛獣の中で子鹿の僕が生きていくには、そういうバランス感覚が必須なのだ。




