42話 どうにでもなーれ
「油性ペンは至って単純ね。これであなたの身体をマーキングして、私の物って物理的に分からせようって狙いよ」
……それ、思考力がもはや姉なみだよ? 気づいてる?
「催眠術セットは、これであなたの過去の女を忘れさせて、私だけにメロメロになってもらおうと――」
「もう、もういいから!」
僕はそばかすちゃんを力いっぱい抱きしめた。
「そばかすちゃんが僕のためにいっぱい頭を悩ませたのは分かる! でも、普通でいいんだ!」
こうやって、愛の力で、僕はそばかすちゃんを正気に戻そうとした。
そうすれば、流石に落ち着いてくれると思ったんだ。
でも、今日のそばかすちゃんは、一つも僕の思い通りにはならないようで――
「悠久。あなたのこと、世界で一番大好きよ」
ドキン――!
耳元で囁く愛の言葉に、強烈に鼓動が鳴り響いた。
「好き。好き。大好き。だーいすき」
求めてやまなかった言葉に、僕の身体は瞬く間に侵される。
「……なあんだ。最初から素直にこうするのが正解だったのね。あなたから、強烈に雄の匂いがするわ。もう、私のことしか今は目に入っていないでしょ? 珍しく余裕がないみたいね」
自分の心臓の音で、言葉が上手く聞こえない。身体の中が焦げ付くようだ。
「あなた、すっごくドキドキしてる。体温も私と同じくらい熱い。そう、そんなに私のこと、好きなんだ」
そばかすちゃんは挑戦的に笑う。その瞳に、僕は魅入られる。
「気持ちいいわ。いつもなら、あなたにタジタジだったせいで、絶対に夜は勝てないと思ってたのに……好きな人を振り回すの、最高ね」
「あっ、あう」
違うんです。攻撃力が強いのと、防御力が強いのとでは、また別なんです。
僕ってただ、好きな人への攻撃力が強いだけなんです。
僕が余裕があるように見えたのは、そばかすちゃんから「好き」って言葉を引き出したかったからってだけなんです。
「好き。すーき。大好き。ふふふっ、あなたって、こんなに弱かったのね」
ビクンビクンと身体が反応する。
嬉しくて嬉しくて、死ぬほど恥ずかしい。
「本当は、私にめちゃくちゃにされることを、望んでいたの? 可愛い」
やばい。そばかすちゃんがいつになくノリノリだ。
そんな彼女は、がさごそとカバンの中から何かを取り出し、僕の腕に何かを巻き付けた。
「ねえ、あなたも私のこと、好きって言って?」
「好き」
勢いに飲まれている僕は、思わず言う通りにしてしまう。
「ふふふ、じゃあ、今度は試しに嫌いって言ってみて?」
「ええ、嘘でもそんなこと――」
「いいから、私はちゃんと分かってるから」
納得はできないが、彼女のペースに巻き込まれた僕は、いやいや口に出す。
「嫌い」
ぴー。
僕の腕に巻き付いている謎の機械から、無機質な電子音が鳴り響いた。
「ふふふ、いいわね。この嘘発見器、本来私が想定していた使い方とは違うけれど、楽しいわ」
どうやら腕に巻き付いたこれは、僕の嘘に反応するようだ。
「私のこと、世界一好き?」
「うん」
もちろん電子音は鳴らない。
この嘘発見器は信用できるようだ。
「過去の女よりも?」
「うん」
鳴らない。
「ねえ、実はさ、私に今からめちゃくちゃに襲われるの、楽しみだったりする?」
「う、ううん」
ぴー!
無慈悲にも電子音が鳴り響く。
「ちょ、ちょっと待った。このポンコツ嘘発見器め! 誤作動するな! いくら胸を押し付けられて嬉しいからって、楽しみってわけじゃむぐっ――」
言い訳する僕の口を、そばかすちゃんは自らの唇で塞いだ。
口の中からエナドリのほんのりとした甘みを感じる。
全身からどんどん力が抜けていく。
快楽で、視界がチカチカする。
僕はもたれかかるように、そばかすちゃんに身体を預けた。
「はあ……はあ……」
「ふふふっ、そう。そうなのね」
やめて下さい。そんなに綺麗に笑わないで。
今、とにかく余裕がないんです。
「私と結婚したい?」
「うん」
鳴らない。
「こんなバカな私とでも、本当に一生を添い遂げる覚悟はある?」
「うん」
鳴らない。
「こんな低身長で胸も大きくて、そばかすなんてものまである私を、本当に好きなの?」
「うん」
鳴らない。
「ふふふっ」
やばい、やばいぞ。
このままだと、僕の心が丸裸にされる。
それ自体は別に良いんだ。けど、良くない。
だって僕、できることなら、一生そばかすちゃんを振り回していたいんだもん。
流石にやられっぱなしは、カッコ悪い!
「ね、ねえ――」
「じゃあ、私と結婚、しよっか?」
「うん」
気づけば、返事をしていた。
「ふふふっ」
それから、そばかすちゃんは僕の唇に、もう一度深くキスをした。
なんかもうむちゃくちゃだけど、今の僕は「もうどうにでもなーれ」という気分だった。
好きな人が僕を好きと言ってくれる。その快楽で、クラクラしてたんだ。
全てのことがどうでもよかった。
あっという間のことだったが、とりあえず、結婚できて一件落着。
それくらいしか考えられなかった。
「そうね、せっかくだから、用意してきたものも使おうかしら……? この三角コーン、あなたのおしりの穴に――」
途端に、頭の芯が冷えた。
僕は逃げた。
とにかく逃げた。
僕、おしりの穴だけは無理なんだ!
本当に、無理なんだ!!
「あははっ、待ちなさい!」
そばかすちゃんは嬉しそうに笑っていた。
一方、僕の顔はひきつっていた。
その後のことは、あんまり語りたくないな――
さて、実は僕たちがこうして追いかけっこをしていた裏でのこと。
そばかすちゃんが、テレビである発言をしたんだ。
『この日で、私が国民の“笑われ者”になるのか、“嫌われ者”になるのかが、決まるもの』
この言葉の意味を、僕は軽く聞き流していた。
そのせいで、苦労することになるのだが……
この時の僕は逃げることに必死で、そんなことは夢にも思っていなかった。
そう、僕達は、そばかすちゃんのある発言のせいで、とんでもないことになる――




