41話 迷走しすぎだよ
「流石にその結論は――」
「違うの! 聞いて!」
そばかすちゃんが僕の言葉を遮る。
でも、どんな言い訳をしようと、納得できる気はしないんだけど……
「私はね、あなたが夢に出てくるの!」
……ん?
「あなたから届いたメールが、あなたの声で再生されるの!」
うんうん。
「ネタを作ってる時、あなたのあの時の笑顔ばかりがちらつくの!」
ふむふむ。それはいいことだ。
「私の脳はおかしくなっちゃったのよ! 何をしても、どんなときでも、あなたの顔がちらついてしまう。病気なの!」
「――ぴひょっ」
わ、笑うな。あの様子だと、そばかすちゃんは大真面目だ。
そばかすちゃん……それはね、病気じゃないよ。
僕だって料理する時とか、一人の時とか、そばかすちゃんのことがちらつくもん。
「私の脳は、あなたに侵略されちゃったのよ!」
そばかすちゃんは、それはもう自らが悲劇のヒロインのように、そう叫んだ。
「それって、恋のやまい――」
「そんなの、ムカつくじゃない!!」
はい?
「だから私は、一度別の男と身体の関係を持とうとしたこともあったわ。あなたとの、ちょっとした恋の駆け引きのつもりでね」
「…………は?」
ちょっとその男、ここにつれてきてくれる?
海に沈めるから。
「あなたは知らないかもだけど、都会ではそこそこ男と出会うチャンスがあるの。ほら、男って、財力のある女が好きじゃない? そういう婚活のために来てる男と、私は合コンしたこともあったわ」
うんうん。分かった。
全然関係ない話だけど、人間って案外簡単に壊れるらしいよ。
だから……ね?
「でも、あなたのせいで、他の男なんてちっとも魅力的に感じない。芸人仲間は『遠くの手の届かない男より、近くの性欲の満たせる男』と言うけれど、その近くの男に性欲がピクリとも動かないの。もうね、私は確実に病気よ」
「…………」
「ダメなの。私の穴はあなた専用になってしまった。あなたに侵略されたのよ。結局その合コン、途中で帰っちゃったし……」
まあ、それならギリ……まあ、ギリギリ許そう。
でも、イエローカードだから。
「だから私は、オナ禁するしかなかったの!!!」
「どうしてそうなった!?」
ほんとにどうしてそうなったんだよ……?
「あなたのせいで私はあなた専用の穴に塗り替えられた。でも、そんなあなたの一番にはなれていない。なる方法も分からない。考えても考えても結論は出ない……」
その「あなた専用の穴」って表現、ちょっとやめてくれないかな?
「そんなの、ムカつくじゃない。そうやって絶望していたある日、私はある記事を見たの」
別にムカつかなくていいと思うんだけど……まあ、そばかすちゃんらしいっちゃあ、らしいか。
「『オナ禁は人生を成功に導きます! これであなたも男から求められる女に!?』タイトルを見た瞬間、ビビッと来たわ。これだって!」
僕は残念な目でそばかすちゃんを見る。
……そうかあ。ビビッと来てしまったのかあ。
「それからは、地獄の日々が私を襲ったわ。ああ、絶望するほどの快楽と苦しみだった……」
まさに物語の王道主人公のように、そばかすちゃんは語る。
「あらゆる滝に打たれたし、あらゆるお寺に通ったし、あらゆる自然には行ったわ。時には断食もしたし、フルマラソンもした。そうでなければ、この地獄には耐えられなかった」
ねえ、そろそろ気づいて?
僕とそばかすちゃんの温度差にさ。
残念すぎて、もはや笑えねえ……
「でも、私は一年間、オナ禁をやり遂げた! そして、ここに来る前にあらゆる精力剤、エナドリを混ぜたものを、大量摂取してきた! それこそ、もはやドーピングというくらいに」
……ああ、だから目がギンギンに決まっているんだね。
「よって、今の私は最強よ! ベッドの上では最強だったあなたも、今の私に勝てるわけがない!! さあ、観念しなさい! エナジー!!!」
エナジー!!! じゃなくて。何をどう観念すればいいのだろうか?
それに多分、オナ禁には何の効果もなく、そのエナドリと精力剤のせいでそうなってるんだと思うけど……もう何も言うまい。
「さあ! ベッドに行くわよ!! 私の手で、あなたを更新させる! この一晩で、物理的にも精神的にも、めっちゃくちゃに、徹底的にヤるわ! 傷だらけになってもやめてあげない。 以前はヤりたい放題されたけど、今回の私なら――」
「あ、そうじゃん。以前僕とまぐわったじゃん。それこそ一週間前も。それじゃあ、オナ禁の意味なくない?」
思わぬ図星を突かれたからだろう。
「…………えと」
暴走していたそばかすちゃんが、ちょっとだけ冷静になった。
その隙に、僕は追撃する。
「あとさ、過去の女を超えるとか、一番になりたいとか言われても、困る。もうとっくに僕の中では、そばかすちゃんが一番なんだよ?」
「ふふっ、ふふふふ。あはふふふふふふふ……」
あっ、そばかすちゃんが壊れた。
「ふふふっ、ここまできて、もう引き下がれないわ」
あっ、ガンギマリだった目のハイライトが消えた。
「あなたのせいよ。あなたが一緒にいて方向を正してくれないと、私はこうなるって分かったかしら?」
「うん、一旦落ち着こう」
そうやってジリジリ迫ってくるの、怖いから。
「この日のために、色々用意してきたの。結局最後は、あなたを性的に屈服させて、分からせなきゃいけないでしょ?」
いや、でしょ? って言われましても。
「そのために、これまでの私が思いついた、あなたを塗り替え、私が一番になるための道具よ。ほら――」
そばかすちゃんはその大きなカバンを開く。
中から出てきたのは……
「有名スポーツドリンク、油性ペン、催眠術セット、ヘルメット、未開封の嘘発見器に、三角コーン……?」
他にも、縄とか手錠とか……これ、なんでしょうか?
あまりに気になったので、興味本位で聞いてみた。聞いてみてしまった。
「えと、これ、どうやって使うつもりだったの?」
「そんなの、見て分かるじゃない」
そばかすちゃんが僕を壁際に追い詰める。
熱い。そばかすちゃんから伝わってくる体温で、やけどしそうだ。
僕に迫りながら、そばかすちゃんは耳元で語り始める。
「例えばそうね。スポドリなんかは、ある芸人のネタから着想を得たわ。スポドリのCMって、全身に水分が隅々まで行き渡るでしょ? だから、これに私の唾液を混ぜたものをあなたに飲ませて、私の体液があなたの全身に駆け巡ってほしいと思って持ってきたの。これで、あなたを内側から塗り替えるわ」
……うん??




