40話 ヤバこの女
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――人生にはターニングポイントがある。誰かが言った、有名な言葉。
僕はそうは思わない。
だってさ、人生って、地続きじゃん。過去の積み重ねによって、未来は決まると僕は考えている。
うん、僕はそう考えている……んだけど、そばかすちゃんはそうではないようで――
「ちょまっ、待って待って!! 落ち着いてってば!!!」
今日は特別楽しみにしていた日だ。
それなのにもかかわらず。
「ふふふっ、追い詰めたわよ。さあ、覚悟しなさい」
何故か今僕は、目をギンギラギンにさせたそばかすちゃんに追い詰められていた。
僕は壁際に追い詰められながら、どうしてこうなったのか、走馬灯のように思い出す。
(そう、今日は最初からおかしかったんだ)
何がって? ああ、僕の幼馴染であり、最愛の彼女、そばかすちゃんが、だよ。
そばかすちゃんの様子が、明らかにおかしかったんだ――
今日はそばかすちゃんが帰ってくる日であり、同時にある約束をしていた日でもある。
『そばかすちゃん! 今度ゴールデンの番組に出演するんだよね! 凄い! あんな数字を持っている番組に出られるなんて、本当に凄いね! 放送日は一緒に見よう!』
数字を持っているとは、芸人界隈での業界用語だ。
視聴率が高く、世間への影響力の高いテレビ番組のことを、そう呼ぶことがある。
『……う、うん。そうね。そうしましょう』
そばかすちゃんから返ってきた返答は、あまり良くなかった。
もしかしたら、あまり現場で活躍できなかったのかもしれない。
でも、それでもいいんだ。ちょっとずつでいい。
そりゃあ、芸人として売れてくれたほうが嬉しいのは本音だ。
でも、芸人の世界で売れるには、どうしたって運が大きく関わってくる。
一生そばかすちゃんが売れない芸人のままでも、僕はずっとそばにいるからね。
で、今日がその日。つまり、二人でそばかすちゃんのゴールデンでの晴れ姿を見る日。
「ふんふんふーん」
ちゃんと録画もしてあるし、料理も大量に作った。
パーティーでも開くのかってくらい、派手な料理を大量に作っている。
それほど、僕は舞い上がっていたのだ。
――がちゃり。
おっ、きたきた。やっと帰ってきた。
「ただい……ま?」
明らかにそばかすちゃんの目が、オーラが、おかしい。
なんというんだろう?
例えるなら、3日間絵のことだけに集中したせいで、全く寝ていない芸術家のような……?
それでいて、肉体的には限界なはずなのに、最高の作品ができあがったことによる高揚感で立っているかのような。
そういう奇妙な危うさがそこにはあった。
「ただいま」
ギラギラとした目で、あくまで普通にそばかすちゃんは答える。
ただ、声の音量がいつもよりも大きい。そしてそのことに、本人は全く気がついていなさそうだ。
「その大きな荷物……どうしたの?」
「……ああ、そうね。少し話がしたいの」
うん、会話が噛み合ってないね。
これはますますおかしい。
「じゃ、じゃあ、とりあえず晩御飯でも――」
僕の言葉は遮られる。
「今日、全てのプレイを試すわ」
……はい?
「どういうこと?」
「あなたの言いたいことは分かるわ。私はね、ムカつくから、決してあなたのことを好きと言わなかったの」
今日のそばかすちゃんは、かなり一方通行だ。
会話のキャッチボールが成立しない。
仕方がないので、僕は黙って話を聞き続けることにした。
「今日がターニングポイントよ。この日で、私が国民の“笑われ者”になるのか、“嫌われ者”になるのかが、決まるもの」
「……」
えっと……そんなに今日の収録でやらかしたのだろうか?
「本当はあの時みたいに、あなたを心から笑わせてから、改めて『好き』と言おうとしていたけど……やめたわ。もう、限界なの」
ほんとに何を言ってるの? 何が限界で、どういう思考回路?
「私はね、あなたの一番になりたかった。あなたが想う過去の女を超えたかった」
話が飛び飛びだし、話の内容も理解不能。
それに、そもそも僕に過去の女なんていない。そばかすちゃんが初めての彼女だ。
「弁当屋のおばあさんや、せんせーとやら。その二人を超えたかったの」
「えっ」
黙って聞くつもりだったのに、思わず声が漏れた。
(どういうことだ? 僕はこの人生において、前世の話なんて一度もしたことがないぞ)
その理由は単純。前世には決して戻れないからだ。
それなのに、前世の話をしたって、どうにもならないでしょ?
前を向いて生きるために、前世の話は僕の心の中だけにとどめて生きてきたのだが……
「この世界の女をなめないで。好きな男の隠し事なんて、何だって分かるのよ。それこそ、あなたの家族はみんな知ってるでしょうね」
「まじかよ……」
でも、いくら何か隠しているということが分かったとて、そこまで詳細に言い当てるのなんて、無理じゃないか?
その僕の疑問は、次の言葉で解消された。
「あなたって、結構寝言を言うタイプなのよ。何度も何度も『せんせー』と『弁当屋のババア』って呟いてたわ。それこそ、私の名前よりも多く。そのことに、私はムカついていた。なんか、その二人に好感度で負けてるみたいじゃない」
「ええ……なんか、恥ずかしいんだけど」
そうか。僕って寝言を言うタイプだったのか……知らなかった。
でも、前世のことを呟いたからって、負けたって発想になるのはどうかと思う。
比べるようなことを言うのもなんだが、もうね、明らかにそばかすちゃんのほうが、二人より好きなんだからさ。
「前世の女を超えるため、私は考えたわ。頭が沸騰するくらい、考えに考えた。この一年、考えっぱなし。初めて知恵熱が出たってくらい、考えたの」
「……」
「そんな私が最初に思いついたのが、今後一切、0721を禁止することよ。そうオナ禁ね」
「は?」
……は?
…………はあ?
「この一年、私は0721をしていない!!!」
家の玄関で、それはもう大きな声でそう宣言した。
ヤバこの女……って、うそうそ。嘘でーす。
そばかすちゃんはやばい女ではありません。ちょっと迷走しているだけ。
だって、明らかに大真面目に言ってるのが、痛いほど伝わってきたもん。
本当に本気で考えた結果、たどり着いた結論なのだろう。
でもね。
思わず僕の脳がその言葉をしっかり聞き取ることを拒否してしまったほど、意味わからない結論だというのは、理解してほしいな。
まさかそんな卑猥な言葉を発するとは思っていなかったので、その言葉を数字で脳が認識してしまっているほどなんだよ?
僕のそんな冷めた気持ちが伝わったのだろう。
「え、エナジー!!!」
いや、それじゃあ誤魔化せないからね?
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