38話 嘘に見えなかったんだけど
――酒は人の本音を引き出す。誰かが言った、有名な言葉。
僕はそうは思わない。
だってさ、あの言葉の真意が、どれだけ考えても分からないんだもの――
「あー、どうすっかなあ……」
頭の中でゆーれいの言葉が強烈に残っていて、最近は深い眠りができない。
あの後、親友のゆーれいと個室居酒屋へ行って、またカラオケに行った時の話――
僕達に関しては、二人きりで朝方まで遊ぶのは、よくあることだ。
僕は日光が苦手な分、夜型の人間で、夜が一番元気。ゆーれいもどちらかというと夜行性だ。
「ふひっ、こんな不良の時間まで付き合ってくれる親友が居て、本当にラッキーだったわ」
ゆーれいは深夜から朝方にかけての時間を「不良の時間」と呼ぶ。
「僕もゆーれいと出会えて良かったよ」
普段なら恥ずかしくて言えない素直な言葉も、今くらいは良いだろう。
なぜならば。
(どうせ覚えてないしね)
ゆーれいを見て、小さく心の中でほくそ笑んだ。
明らかにゆーれいは酔っぱらっていた。その白い頬は赤く染まり、目がトロンとしている。
そう、ゆーれいはアルコールで記憶をなくすタイプなのだ。
だから、何を言っても大丈夫というわけ。
「ほんとにもう……悠久はウチのこと、大好きなんだからあー。ふひっ、趣味悪っる。こんな気持ちの悪い同性愛者のこと好きになる男なんて、あんたくらいよ」
どこか嬉しげにそう言いつつ、ゆーれいは肩を組んできた。
「重いいぃ……」
「何よ。ウチなんて、わたあめくらい軽いでしょ? スタイルだけは良いんだから」
そう言いながら、更に体重をかけてきた。
まさにダル絡みだ。
確かにゆーれいは体重的には軽いのかも知れない。
でも、忘れてもらっては困る。僕は虚弱なのだ。
「うわっ――!」
ドシンと、カラオケのソファーに二人で倒れ込んだ。
「「……」」
この時、倒れ込んだ体勢があまり良くなかった。
僕たちは数秒の間、息もかかる距離で見つめ合うことになってしまった。
(あんまり意識してなかったけど……こう見ると、ゆーれいって綺麗だなあ)
ゆーれいのほんのり甘い体臭と、アルコールの突き刺すような香りが鼻につく。
なんか、ゆーれいの香り、悪くないなあ……
って、うそうそ。何考えてるんだろう。
きっと時間のせいだ。この不良の時間のせいで、こんな事を考えてしまったんだ。
「ちょっと、どい……」
僕の言葉は、ゆーれいの熱っぽい言葉で遮られた。
「好きよ。あなたのこと、愛してる」
一瞬。時が止まった。
――DAMダムチャンネルを御覧の皆さん、こんばんは……
この妙な静けさのせいだろう。普段は気にしないような映像から流れる言葉が、鮮明に聞こえてくる。
「……は?」
「って、嘘よ。嘘に決まってるでしょ? ふ、ふひひっ」
ゆーれいは、ばっと立ち上がった。
その誤魔化すような立ちふるまい。普段では見られない、目の泳ぎ。
それがゆーれいの気持ちを表しているようで。
「嘘に見えなかったんだけど……」
僕は僕で聞かなかったことにすればいいのに、つい正直な気持ちをこぼしてしまう。
「嘘よ! ドッキリ! 全部嘘なの! あああああ! そばかすたんに怒られちゃう! 違うの。そんなつもりじゃなくて!」
もはや支離滅裂だ。
「ちょ、一旦落ち着いて!」
「落ち着いてるわ! ウチはこれ以上ないくらい、落ち着いてる。そう、落ち着いてるの。まだあわわわわわわてるような時間じゃない!」
うん。落ち着いてないね。
「『そばかすちゃんにバレたら、怒られちゃう』っていうのは、どういうこと?」
さっきまであんなに慌てていたゆーれいが、フリーズした。
なんとなくだが、慌てている原因は、僕に「好き」と言ったことではなく、そばかすちゃんに怒られること。そっちのほうが比重が高いような、そんな気がしたのだ。
だってこの世界の女性、とりあえずで告白してくること、よくあるからさ。
多分だけど、告白のハードルが低いんだと思う。もはや挨拶かと思うくらい、僕は告白されてきたし。
なにせ大事なのは、男からの告白だ。それ以外にはあまり価値がないから、そんな文化が根付いたのだろう。
もちろんそばかすちゃんやうちの母のように、気軽に好きと言わない人もいるよ。
そういう人は、告白というものに真剣に向き合い、真面目に取り組んでいる人なのだろう。
でも、ゆーれいは違う。それこそ、好きになった女性には、気軽に告白するタイプだ。
だから、好きって言ったくらいで、そんなに慌てる必要はないはず。
「はあー……そう。図星よ。降参だわ」
ゆーれいは両手をあげた。
「……そうね。うん、決めた。ウチは性格が悪いから、もう全部言っちゃおうかな」
ゆーれいは覚悟を決めたような目で……いや、よく見たら違うな。
あれは多分、自棄になっている時の顔だ。
「ウチ達はね。あなたのために、裏で盛大な結婚式の準備をしているのよ」
「……は?」
どういうこと???
多分だけど、話の結論だけ話されたのかな?
その結婚式とやらに至るまでの道中が全く見えてこないので、わけが分からない。
「できることなら、最初から分かりやすく説明してくれる?」
「ふひっ、嫌よ。 ……ああ、そうそう。さっきあなたのことを好きって言った気持ちは本当よ。だから、将来はついでに親友のウチも面倒見てね」
「はあ? そりゃあ、ゆーれいから好かれているなら嬉しいけどさあ……分からないことが多すぎて、まだ理解が追いついていないんだけど」
っていうかさあ。そもそもゆーれいって女性が好きなんじゃないのかよ……
「ふひっ、言葉にせずとも、顔で何が言いたいのかは分かるわ。そうね。あなたの姉の言葉を借りるなら、“女心は複雑怪奇”ってところかしら。確かにウチは女性が好きだけど、それだけじゃないの」
ゆーれいはそれはもう楽しそうに、そして同時に、意地悪そうに笑った。
ほんと、これだから酔っ払いは面倒だ。僕のペースに全く合わせてくれない。
「ねえ、あなたもウチのこと、そんなに嫌いじゃないでしょ? だからさ、ウチと結婚しちゃえよ」
「いや、そんな理由で……」
ゆーれいは止まらない。僕の言葉を遮って、どんどん話したいことだけを口に出していく。
「そばかすちゃんはあなたの過去の女を超えるために、頭を悩ませてるの。でも、最近ようやく答えが出たみたい。だから、あなたも覚悟しておきなさいよ!」
過去の女? どういうことだ?
僕には今までお付き合いしてきた女性なんて、いないはずなんだけど……
「ふひっ、大丈夫。どうせあなたはウチのこと、切り捨てられないんだから。だってあなたは……ぐぅ」
「寝たし……なんなんだよ……」
で。だよ。
その次の日、ゆーれいはすっかりその出来事を忘れていた。
「ほんともう、どうしろってんだよ……」




