37話 悲しくなってきた
「すぅ……すぅ……」
僕たち二人は、マネージャーさんが万が一にでも起きないように、身を寄せ合う。
「ふぅ……ようやく寝たか」
「ふひっ、長く苦しい戦いだった」
同感だ。
とにかくいっぱい話を聞いて、手を握って、お水やスポドリを飲ませて、おかゆをあーんで食べさせて、トイレについていって、布団の空気を抜くようにポンポンし、子守唄まで歌わされ……
何故か即席で謎の舞を踊らされ、「一回だけ」とうるさいから肩パンし、ゆーれいに動物モノマネを無茶振りし、「つまんないから罰ゲーム」と、ゆーれいに換気扇の掃除をさせ、その後僕に「一回だけ首を絞めてほしい」と懇願されたので、僕は逃げて……
そこでようやく、マネージャーさんは眠りについた。
ほんとこの人、欲張る時は死ぬほど欲張りだ。
「マネージャーさんが体調を崩すの、珍しいね。体調管理も仕事のひとつって、よく言ってたのに」
彼女は自炊をそこまでしない代わりに、サプリメントなどで足りない栄養を補給するタイプの人だ。
僕もサプリメントをおすすめされたことがある。
……まあ、とりあえず若いうちはいいかなって、優しく断ったけど。
あ、でも、プロテインは飲んでるよ。
そのおかげで、僕の腕は丸太のように太く固く、迫りくる狂気の目をした女どもを、バッサバッサと切り倒し、今まで生きてきた――
うん、分かってるかもだけど、もちろん嘘だよ。
僕ほどみんなに守られて生きている男はいない。少しカッコ悪いが、こればかりは仕方ないね。
「ふひっ、マネージャーさんが熱を出したのは、自業自得」
「自業自得?」
「うん、出会い系サイトで出会った男性にメールで『この場所で下着姿で丸一日一歩も動かず待っていれば、付き合ってやる』って言われて、実際にやったらしい」
「……は?」
「しかも、1日半」
なにそれ。
男性も男性だけど、マネージャーさんもマネージャーさんで待ってたのかよ。
「てか、その男性、絶対女性だよね。だって、男は基本無視だもん。山のように連絡がくるから、相手してられないはず」
「ウチもそう思って調べてみたら、やっぱりどこかの糞女の悪ノリだったみたい。男性の名を語るのは悪質だから、そいつの個人情報を特定して、警察に通報済み」
「おおう。仕事が速いな」
「ふひっ、インターネットはウチにとって、庭みたいなもの。ただしこの力には代償がある。悪の力を手に入れる代わりに、性格がインターネットに汚染され、二度と陽の光を堂々と歩けなくなる」
これ、インターネットでの常識ね。と、最後に付け足した。
「インターネット、こっわ」
僕はテキトーに返事した。
思考がインターネットに汚染された人って、極端にインターネットをアンダーグラウンドとして扱うからね。
「そういえば、なんでマネージャーさんは清酒とあさりのたっぷり入ったおかゆなんてものが食べたかったの?」
そういう組み合わせ、割と珍しいレシピな気がするけど……?
「ふひっ、これもマネージャーさんの悲しいサガ。ある一人の女が『アサリの酒蒸しをしゃぶるように食べると、男性器から出る我慢汁の味がする……気がする』ってツイートした。それに影響された」
「ほんと、何この人」
なんか、悲しくなってきた。
この人さあ、男関連の色々な噂に踊らされすぎじゃない?
みんな、軽い気持ちでデマとか流したらダメだよ。あまりに信じられない噂だろうが、こんな風に踊らされる人はいるんだから。
「ふひっ、可哀想だから、悠久、もらってあげな。男ができない限り、一生このままな気がするから」
この世界の結婚は、例え愛が無かろうと、多少好印象ならやるべきと言われているものだ。
僕も将来10人の女性と結婚すると思う。なにせ、国がそれを推奨しているし、なによりそれが普通だから。
けれど、今のところ心から好きなのはそばかすちゃんくらい。
仮に家族全員と結婚するとしても、あと6枠空いている。
だからまあ、将来を共に過ごしてもいいんだけど……
「マネージャーさんのことはもちろん好印象だけど、可哀想だからで結婚するのは、マネージャーさんがより惨めにならない?」
「……大丈夫。もともと惨めな女だから、これ以上下がりようがない」
「流石に言いすぎじゃない? 今回はたまたま踊らされちゃったけど、普段はそうじゃないでしょ」
「ふひっ、ウチにしては珍しく、今回はまったく言いすぎじゃない。だって……」
少し間を開け、神妙に語り出した。
「今から話すことは、全て実話。彼女の人生は、ずっと惨めな敗北者だった。幼い頃から結婚を口約束していた男は、実の妹に奪われるところから始まり……」
ええ……可哀想。
なんでこんな美人なのに、こうも可哀想なんだ。
ゆーれいの発言は続く。
「切り替えて必死にお見合いに励むも、若い女を優先されること、多数」
「……ッ!」
わ、笑うな……!
「しかも、その中では一番頑張って場を回したのに。男からしたら、ただ空回りしている哀れなピエロにしか見えなかったと、後にSNSで語られていたらしい。しっかりその投稿を見ていたマネージャーさんは、一人寂しく泣いたそう」
「……うぐっ」
あっぶねー。僕、笑うなよ。
笑ったら、流石にマネージャーさんが可哀想だ。
「その後も高い金を出してお見合いに挑むも、全て失敗。ひどい時は、片思いしたってだけで訴えられることもあったらしい。もちろんその日の夜は、泥酔しながら泥のように泣いたそう」
「ぴひょ――ッ!」
やめてよ、もう。可哀想過ぎて、吹き出したじゃん。
「ううん……」
やべっ、ちょっと笑い声が大きすぎた。決して笑わないように気をつけないと。
「その後も彼女の挑戦は続く。なんとか男1、女3の合コンに人数合わせで参加することができ、恋愛テクニックをガチ研究して挑むも、ガツガツしすぎと引かれる」
ふぅ。気をつけていたおかげで、なんとか笑わずにすんだ。
「ちなみにその回は、結局合コンで一人だけ余ったらしい」
「――ッ!」
あっぶねー。
「その日の夜、何故か彼女はベッドの下で、溶けるように眠っていたそう」
「ヒュッ――! うぴぴぴぴっ!」
咄嗟に口を抑える。
こんなこと言いたくないけど、なんでこう、惨めなのって面白いんだろう。
普段なら面白くないかもなのに、今この「起こしてはいけない」という状況が、謎の面白さを加速させているのだろう。
「ううん。こほっ、こほっ。二人とも、楽しそうだね。何の話をしていたのかは知らないけど、寂しいから、私も混ぜて」
やべ。いまの笑い声のせいで、起こしてしまった。
「あっ、いやえと、その……」
「……そう。二人も私の除け者にするんだ」
「「……」」
マネージャーさんの目が死んでいく。
あああああ! めんどくさ……じゃなくて、どうしよう!
どうすればこの重苦しい空気をどうにかできるんだ!
誰でもいい、誰か、助けてくれ!
――バタン!!
そんな声なき声に答えるように、ある一人の女性がここにやってきた。
「あ、あら、ひかり、来たのね」
「お母さん!」
母がやってきたというのに、何故かマネージャーさんは嬉しそうじゃない。
それどころか、僕達にヘルプのサインを視線で向けてくる。
「どうせ二人に面倒なことを迫っていると思ってな。この私が来たから、二人は帰っていいぞ」
「いや、ちょっとま……」
「「分かった」」
「――!?」
マネージャーさんから目をそらし、僕らはそのまま帰ることに。
「さあ、前回風邪をこじらせた時のように、座薬を持ってきたぞ。結局この解熱剤が一番効くんだ。さあ、入れてやるから、ケツを出せ」
「え、ちょま。待って待って! せめて悠久君に――」
「問答無用」
「いやああああああ!!!!」
マネージャーさんの悲鳴を聞き流しながら、僕たちは家を後にした。
そして、その少し後――
親友から告げられた意外な言葉は、大いに僕を悩ませた。




