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笑ってはいけない貞操逆転世界!  作者: ながつき おつ


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36話 お前さあ……

一ミクロンでも口角が上がれば★やブックマークをお願いします。



――強欲は身を滅ぼす。誰かが言った有名な言葉。


 僕はそうは思わない。


 だってさ、普段から頑張ってる人は、たまになら強欲になっても許されると思うんだ。


 そう、たまになら良いんだ。たまになら……


 えと、やっぱりマネージャーさん、大人しく寝ててくれないかなあ――




「うー……死ぬ。私は灰になって死ぬわ。しんどい、死ぬー……」


「はいはい。冷えピタ貼りますからねー」


 僕は今、マネージャーさんの看病をしていた。


 最初はさ、今日一日中暇なゆーれいが看病してくれていたんだ。


 でも、そのゆーれいから電話で「ヘルプ」と消え入りそうな声で呼び出されたので、僕がやってきたというわけだ。


「せっかく美少年が看病してくれる、よだれだらだらシチュなのに……滾らないのが女として情けない」


「熱が39度もあるんだから、当たり前でしょ。ほら? あったかくして寝な」


「ありがとおー……ううう、絶対悠久君、私のこと好きじゃん。贅沢言わないから……ちょっと蹴られたい。男にドロップキックされたいよお。贅沢言わないから、豚とまではいわなくても、このアマって強い言葉で罵られてもバチは当たらない……贅沢言わないからあ……」


 ……可哀想に。きっと熱で頭がやられているんだろう。


 そんな状態の女性に掛ける言葉はこの程度でいい。


「はいはい。おやすみー」


 適当にあしらうに限るね。


「行かないでぇ……寂しいよお。やっぱりみんな私を捨てていくのね。私はこんなに咲いているのに、みんな私を踏んづける……寂しい……ぐすんぐすん」


 うっぜぇ……


 って、うそうそ、嘘でーす。


 ダメだぞ、僕。弱った女性に対して「くっそ面倒だなあ」なんて思ったら。そういうのかっこよくないぞ。


 マネージャーさんに早く良くなってもらいたい→いっぱい寝てもらうしかない→だからこそ、この対応しかない。うん、間違ってないね。


 と、自分を納得させる。



 一息ついていると、玄関から扉が開く音がした。


 買い出しを頼んだゆーれいが帰ってきたのだろう。


「おじゃましまーす」


「おかえりー。ちゃんと買ってこれた?」


「ふひっ、流石のウチでも、おつかいくらいはできる」


 ゆーれいがビニール袋を渡してきたので、中身を確認する。


 ……うんうん。桃缶、お酒、冷凍アサリ、かつおだし、卵、スポーツドリンク、プリン。


 ツッコミどころは「別に料理酒にそこまで良いお酒買わなくてもいい」ってくらいで、概ね合格だな。


 ゆーれいは料理をしないので心配だったが、杞憂だったようだ。


「正直、ビールでも買ってくるようなヘマをしてくるんじゃないかと思ってたよ」


「ふひっ、ウチにはインターネットという文明の利器があるから。そこらの生活力皆無勢とは違う」


 そんなことで威張られてもだが、まあ、それならよかった。


「あ、そうだ。レシートある?」


「ふひっ、もちろんそんなものは捨てた。証拠隠滅」


 証拠隠滅? どういうことだ?


「あれ? そういえばマネージャーさんから5000円もらってたよね。おつりは?」


 ゆーれいはそっと目を逸らした。


 ……なるほどね。


「よし! さっさとおかゆ作ってこよう」


「ねえ、分かってるなら、せめてちょっとは咎めてよ」


「まあ、芸人あるあるかなって」


 先輩からもらったタクシー代を懐に入れるみたいな話、よくあるじゃん。


「……ああ、国民的男性が芸人に脳を汚染されてしまった」


 なぜか残念なものを見る目で見られている気がするが、僕は正常だ。


「えっと、清酒とあさりがたっぷり入ったおかゆでいいんだよね?」


「うん。マネージャーさんがそれを食べたいってうるさくて。でも、ウチは料理できないから。熱が出た時のマネージャーさん。欲張りで面倒」


 熱が出た時の人の反応は二種類あると僕は思う。うるさくなる人と、静かになる人。


 マネージャーさんは極端な方の前者だというだけだろう。


「まあ、熱の時くらい許してあげよう。いっつも僕らのためにがんばってくれてるしね」


「ふひっ、早く良くなってもらわないと、会社が崩壊する」


「……そうだね」


 なにせ、ここまで会社が成長したのは、やり手のマネージャーさんのおかげだ。


 それに、うちの会社が問題なく回っているのは、マネージャーさんの手腕によるところが大きい。


 多少熱を出すくらいなら大丈夫だが、あんまり長く休まれると、困ったことになりかねない。


「熱いよぉ。でも、寒いぃ……助けて。私はこのまま、孤独死するんだ……私のことなんて、誰も愛してくれない。どこまで行っても、果てしない孤独。見渡せば真っ白な宇宙。私はここにいるよぉ」


 マネージャーさんの淀んだボヤキ声が、ここまで聞こえてくる。


「ほら? 僕はおかゆを作ってくるから、マネージャーさんの相手をしてあげて」


 このままだと、どんどん謎のポエムが口から量産されてしまう。多分だけど、あれは心によくないはずだ。


「……はあー。さっさと寝ろよ」


 ただ、ゆーれいは一歩も動かない。


 あの状態のマネージャーさんの相手をするのが嫌なのだろう。


「私は世界の産業廃棄物。暗く淀んだ、漆黒の切れ端。出口のない迷宮。振り出しに戻れない人生ゲーム。戻りたい。あの頃に戻りたい戻れない。世界は前に再生し続ける。止まることはない。その中で止まっているのは、ただ私だけ。時計の針が進むのを、見ていることしかできない。おいてかないで。一人ぼっちは嫌だよ」


 地の底から聞こえてくるような、暗く淀んだボヤキ声。聞いているだけで、心がしおれてくるようだ。


「ねえ、ゆーれい。頼むから相手してあげてくれない?」


 多分マネージャーさんは今、人の温かみが必要だ。


「ふひっ、ワロス」


 いや、ワロスじゃなくてさ。


 あの人の話を聞くの、気が滅入るのは分かるけどもさ。ほら。ね?


「……面白いからもう少し様子を見よう。ふひっ」


「とにかく早く! そうじゃないと、マネージャーさんから何かがこぼれ落ちちゃう!」


 誰でも良いから、あの人に今すぐ毛布をかけてあげて!


 僕? 僕はほら……料理をしなくちゃいけないから。うん。


「絶望を背負って。傷だらけで。ボロ雑巾のように捨てられる。ただ虚空を泳ぐ。儚く海に漂うクラゲ。君は言ったよね?『一人じゃないよ』って。でも、君は私を置いていった。みんな私を置いていった。ぽつんと一人。私は平気な顔しながら、片方の瞳から涙をこぼす」


「大至急! あの人はもう限界だ! 誰か抱きしめてあげて!!!」


 片方の瞳から涙をこぼし出したら、人間は終わりだ!


「ふひっ、うん、まだ大丈夫。せっかくの機会だし、限界まで削ろう。あっ、今のポエム、メモしておかなきゃ。熱が下がった時に、しっかりメールで送ってやらないと」


 ……お前さあ。ほんとゆーれいは、ほんと……はあー。


「お手々のしわとしわを、合わせても幸せにならない。私がやると、ただのしわ合わせ。怖いよ。誰か私を食べて。その人の血や肉となり、せめて誰かの役に立って消えたいの」


 あえて何も言わず、僕はとにかく視線で言葉を発した。


「……しょうがないなあ」


 刺すような視線に耐えきれなくなったゆーれいは、渋々マネージャーさんのもとに歩いていった。


 まあ、これで応急処置はできたと信じよう。



「……さてと、しっかり美味しく作りますかね」


 時に料理は救いとなることを僕は知っている。


 マネージャーさんのために、愛情を込めて作りますかね。



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