35話 ツッコミ不在
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――拳を交わせば通じ合う。誰かが言った、有名な言葉。
僕はそうは思わない。
だってさ、そういうの、物騒じゃん。
暴力を美化する文化、個人的にあんまり好きじゃないな。
そんなことせずとも、時間を掛けてゆっくり話し合いをするほうが、建設的だと思うんだ――
かちっ。かちん。
碁石を盤に打ち付ける音が響く。
この場には、二人の囲碁の打ち手が対面していた。
「ふむ」
一方は母。思考時間1秒以内というハンデを背負わされているのに、腕を組んで余裕そうな笑みを浮かべている。
「うーん……」
もう一方はそばかすちゃん。
秒数のハンデだけでなく、最初から複数の石を置いてスタートしているのに、彼女はしかめっ面だ。
「「……」」
そばかすちゃんの汗の流れる音すら聞こえてくるくらい、この場は静まり返っている。
そんな二人を静かに見守る3人。
「いやあ……ひりつくねえ」
二人を見学しながら、姉が小声で僕に囁く。
「ふひっ、圧迫面接みたいで草」
ゆーれいが小声で返す。
気持ちはわかる。母の目、くわっと見開いていて、圧力が凄いからね。
「まあ、そばかすちゃんは肝は太いタイプだから、あれで案外楽しんでるよ」
僕も二人の対局を邪魔しないように、小声で返す。
みみっちくても、肝は太い。それがそばかすちゃんだ。
そしてこれは以前聞いた話なのだが、そばかすちゃんはおじいちゃんっ子であり、おばあちゃんっ子らしい。
お年寄りが好きそうな趣味は一通り履修しているとも聞いた。
囲碁もその一つなのかな。
「ていうか、なんであの二人、我が家でガチガチの真剣勝負なんてしてるの? あーし、後からここに来たから、経緯を知らないんだけど」
僕たち三人は身を寄せ合って、二人の邪魔をしないように話し合う。
「それは僕も知らない。僕はそばかすちゃんが実家にいるって聞いてやってきたら、すでにこうしてた」
「ふひっ、ウチも同じです」
「多分だけど……僕が思うに、お母さんはなにか真面目な話をしたいんじゃないかな?」
母ってコミュニケーションに関してのみ、かなり不器用だ。
直接「話したい」と言えず、結果こうなったんだと思う。
「あとさ、これは僕のなんとなくの感覚なんだけど……二人のあの感じを見るに、今までもああして囲碁を囲んでいた仲なんじゃないかな?」
それほど二人の間に流れる空気に、ぎこちなさがないのだ。
「あはっ、じゃあ、邪魔しちゃいけないね」
「「「……」」」
かちっ。かちん。
この部屋には、二人の碁石を打つ音だけが響いていた。
「考えはまとまったか?」
母が絞り出すように発した言葉。
「……」
そばかすちゃんは盤を見てうんうん唸りながら、一手を指す。
かちっ。かちん。
「ええ。私では考えがまとまらないということに、最近ようやく気づきました」
「……ふっ」
母が盤を睨みつけたまま、満足そうに頷いた。
何の話をしているのかは分からないが、多分真面目な話だろう。
間をたっぷりと開けた、独特のリズムで交わされる会話だ。
おそらく本人達にとっては、あの間が自然なようだ。
これは大事なことなのでもう一度言うが、この場には誰も邪魔をしてはいけないような、ただならぬ空気が流れていた。
なぜそれが大事か。
だって、こういう空気をぶっ壊すのが大好きな芸人が、ここにはいるからだ。
かちっ。かちん。
「無銭飲食両親……」
突然、姉が小さく呟いた。
「?」
意味が分からない。いったい姉は何を言っているのだろうか?
かちっ。かちん。
「泥棒ババア……」
また姉が謎の言葉を呟いた。
「ピンポン!」
「はい、はやい。ゆーれい」
「千とちはるの神隠し」
「正解!」
……なんか始まったんだけど。
あれかな? つまらなさそうに説明された名作映画を答えるクイズ?
一応二人の邪魔をしないように小声でやってるんだけど……別に無言でよくない? 大人しくしていようよ。
てか、ゆーれいもゆーれいで、そんな変なクイズ大会に参加しなくていいから。
「悠久のことはどう思っている?」
「……」
母が言い放ち、そばかすちゃんが言葉をつまらせる。
かちっ、かちん。
あの二人の間には、独特の空気が流れている。
一方こちらは。
「数学の難題を解く」
また姉が呟いた謎の言葉に、ゆーれいは即座に返す。
「サマァ・ウォーズ」
「正解」
「……うぐっ」
思わず僕は口を抑えた。
ダメだ。なんだこれ。なんで僕、笑いそうになってるんだ。
この意味不明過ぎる状態に、笑いが込み上げてきたのかな。
ダメだぞ、僕。多分母とそばかすちゃんは大事な話をしているんだ。
今は邪魔しちゃいけない。笑うな。歯あ食いしばれ!
かちっ、かちん。
「ええ、とても大事に思っています。だからこそ、ですね」
「うむ」
そばかすちゃんが答え、母が満足そうに頷く。
何か前後の会話があった気がするが、笑うのを我慢するのに必死な僕は、そこまで覚えていない。
一方こちらはというとだ。
僕が吹き出しそうになったせいで、調子にのったらだめな女をのらせてしまった。
かちっ、かちん。
「身バレする」
「竜とそばかすの王子」
「ぴひょ――ッ!」
もう! やめてよ!
自分でもなんで笑っているのかは分からないけど、なんか面白いんだよ!
てか、ゆーれいも即座に答えるな! 事前に打ち合わせでもしたのかってくらい速いから、第二段階の笑いまで出ちゃったじゃん!
ああ……ほら。僕のせいで、母がチラチラこちらを見るようになってしまった。
さっきまであんなに対局に集中してたのに、まじすいません。
「……ごほん」
母が気を取り直し、再度、盤面に集中する。
かちっ、かちん。
よし、僕ももう何を言われても笑わないぞ。
笑うな……笑うな、僕。
腹筋に力を入れて……よし、完璧。
「ゴミクズみたいな詐欺にあった」
「……?」
突然、今度はゆーれいがそんな事を言いだした。
「あっ、花束みたいな愛をした?」
「正解」
……まーたなんか始まったよ。
ゆーれいが仕掛けたのは、独自の対義語映画クイズって感じか?
腹筋に力を入れていたおかげで、なんとか笑わずにすんだ。
でも、確実に腹筋にダメージは入っている。とにかくやめておしい。
かちっ、かちん。
「足音を聞く」
「バケモンの子」
「正解。ではこちらも。一瞬1になる」
「永久のゼロ」
「正解」
「ふひっ、続けて、初日ウミガメ」
「八日目のミンミンゼミ」
「――うぴ!」
あまりのテンポの良さに、咄嗟に口を抑える。
ねえ、ほんとに打ち合わせしてないよね? 息ぴったりすぎない?
というか、誰かこの場にツッコミの方はいらっしゃいませんか! この意味不明な流れを、ツッコんで終わらせてほしいです!
「じゃあ、次はね……」
「ねえ」
棘のある声に振り向くと、そばかすちゃんがこちらを睨んでいた。
「少し真面目な話をしているの。出てってくれないかしら?」
僕たちは問答無用で追い出された。




