33話 言ってないんだけど
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――人は失敗からのみ成長できる。誰かが言った、有名な言葉。
僕はそうは思わない。
だってさ、僕は身近でその実例を見てきたから。過去の失敗を振り返らず、今だけを徹底的に頑張る成功者を。
そう、僕の姉。小張のこは、まさしく今を生きる女である――
「ねえ、悠久、慰めて?」
「そばかすたん。遅れてごめんね」
目の前には、肩を落とした姉と、ゆーれいの姿があった。
そんな二人に謝られる、僕とそばかすちゃん。
「……まあ、明らかに姉が悪いから、しょうがないね」
「たまには先輩も怒られるべきよ」
「「そんなぁ!」」
姉とゆーれいが捨てられた犬のような瞳で僕たちを見てくる。
この二人は、さっきまでマネージャーさんにしこたま怒られていた。
原因はそれぞれ違う。
姉は悪ノリをやりすぎてしまい、ラジオで放送禁止用語を連発してしまったこと。
ゆーれいは度重なる遅刻が原因だ。
「じゃ、時間も押しているし、先輩、さっさと稽古場へ行きますよ」
そばかすちゃんがこう切り出す。
そもそもそばかすちゃんがここにやってきたのは、ゆーれいとのツーマンライブが迫ってきているからだ。
二人は中高と一緒の高校で、昔からのゲーム仲間らしい。
その縁は強く、今でもこうして「どくどくだま」という謎の名前のライブを定期的に開くほどだ。
なんか、二人が親の敵ってくらい憎んでいるゲームのアイテム名らしいが……あまりゲームの世界に明るくない僕には当然ピンとこない。
でもこの二人、ライブでは毒を吐くことが多いので、ピッタリの名前ではあると思う。
「じゃあ、悠久、いつものいい?」
いつものとは、二人の稽古を見学することである。
そばかすちゃんは、僕が見ているほうが気合が入るらしい。
「もちろん! いやあ、楽しみだなあ!」
実は僕、超やり手作家としての裏の顔があるんだ。いつもビシビシとネタのダメ出しとアドバイスをして、二人を助ける影のボスで――
分かってるかもだけど、もちろんそんなことは嘘である。僕に面白いものを作る才能はない。
「いつものように、大人しく見させてもらうね」
「ええ。あなたは出しゃばってアドバイスとかしないから、助かるわ」
ある程度人前に出せるレベルになると、この二人は最後の修正のため、いつも僕にお願いする。
アドバイスなどはされたくないが、人がどう反応するかは見たいんだってさ。
「ふひっ、ウチ達のネタに対して、我が物顔で『絶対あそこもうちょっと間を開けたほうがいい』とか指図してきたあの他事務所の先輩芸人。一生許さないから」
ゆーれいは黒い笑みを纏いながら、続けてボヤく。
「こういうやつがいるからこの国は良くならないんだよ。こういうやつ、『詐欺業者に引っかかったふりをしてみた』とかの動画が好きなタイプだわ。あれ、一ミリも面白くないからな?」
ゆーれいは止まらない。
「ふひっ、ああいうやつに限って、バスツアーとか開催したりするんだよ。そんなんだから地元の友達しかお客が来ないんだよ。そして結局、霊が見えるとか言い出すんだよね。はいはい、ワンパターンワンパターン」
まだまだ止まらない。
「『唐揚げにレモンかけるの? ないわー(笑)』じゃねえんだよ。その話題、もう飽き飽きだわ。お前の存在が『ないわーwww』だよ」
ここでようやく、そばかすちゃんが止めに入った。
「あの先輩のことでしょ? 気持ちは分かるけど、言い過ぎよ。そういうのはツーマンの時までにとっておきなさい」
「ふひっ、そばかすたん。ライブでは一緒にダークサイドに落ちようね」
「私を先輩と一緒にしないでよ。そこまで堕ちるほど、性格がひん曲がっていないわ。私はただ、日頃の鬱憤を叫んでいるだけだもの。あと、気持ち悪いからそばかすたんって呼ばないで」
「ツンデレそばかすたん、可愛い。ふひっ」
「近寄らないで! 鼻息が荒い! キモい!」
相変わらず二人は仲が良さそうだ。
「でもさー」
突然、姉が二人がじゃれ合っているところに突撃し出した。
お姉ちゃんって、面白そうなところを見ると、とりあえず乱入しちゃうんだよね。
「ふひっ、なんですか? 百合の間に邪魔する女は嫌われますよ?」
少し棘のある言葉を平然と受け流しながら、姉はこんなことを言い出した。
「結構な回数稽古してるんだから、もう練習はよくない? 仕上がりは完璧でしょ?」
ここで一瞬、不自然な間が開いた。どう答えれば角が立たないか、迷ったのだろう。
口火を切り出したのはそばかすちゃんだ。
「私達は『弓なり』みたいな天才と違って、しっかり稽古したものを発表するタイプなんですよ」
芸人の中には、一から十までアドリブで漫才を披露する人もいるらしい。
弓なりは全てアドリブではないが、とにかく道中で横道にそれるタイプ。そういう意味ではアドリブと言えなくもない。
「いやあ、真面目だねえ。ツーマンなんてお客さんが優しい人ばっかなんだから、もっと肩の力を抜いたらいいのに」
姉の気楽な言い分に、ゆーれいが即座に答える。
「ふひっ、ウチ達、“降りる”ことによっておこる笑いが嫌いなんです。ハプニングとかアクシデントとか失敗とかで、笑われたくないから」
降りるとは、一種のお笑い用語だ。
コントの役や設定、または平場(トークコーナー等)でのボケ・ツッコミの空気感から抜け出し、素に戻ってしまうことを差す。
「えー、別によくない? その場でお客さんが笑ってくれるなら、なんでもいいじゃん!」
「そこはもう、考え方の違いですね。私たちはネタの中身で勝負したいので。一応言っておきますけど、私たちの考え方のほうが一般的ですからね」
そう、芸人の間では、降りるというのは忌避される文化がある。
僕も一お客さんとしては、その場が面白ければいいじゃんという考え方なのだが、ここは考え方が分かれるところだ。
「ってことで! あーしも暇だし、ネタの見学したい!」
……何が「ってことで」なのかは分からないが、その場を生きている姉にはよくあることだ。
「……先輩だけどタメ口で言わせてもらいますね。嫌よ。あなた、邪魔ばっかりするじゃない」
「いいじゃん! お願い! 絶対邪魔しないから! ほら! 悠久もちゃんとあーしの面倒を見てくれるって言ってるし!」
……言ってないんだけど。
「……まあ、ちゃんと手綱をつけてくれるのならいいけど……もう一度言いますけど、邪魔だけはしないでくださいね」
「もちろんそんな事しないよ! さっきも悪ノリで怒られたばかりだしね!」
さっき怒られたとは思えないような輝かしい笑顔で、姉は頷いた。
「……悠久、くれぐれも頼むわよ」
「もちろん」
「あーしに対する信頼感がない!?」




