29話 海が好き
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――人間は海から生まれた。誰かが言った、有名な言葉。
僕はそうは思わない。
だってさ、海って果てしなく壮大じゃん。そんな桁違いな物の一部が身体を流れているって考えると、どうしたって驕ってしまいそうになる。
真実がどうあれ、僕は海と人はかけ離して考えるべきだと思うんだ――
突然だけど、なんだか無性に海に行きたくなったなんて経験、みんなはある?
僕はある。前世ではそんなことなかったのに、今世では特に海が好きだ。
別に落ち込んでいるとか、失恋したとか、そういうわけではない。仕事もプライベートも順調そのものだ。
ただ、特に仕事が順調に回って調子が良い時に限って、僕は海に行きたくなる。
もしかしたら僕は、海という大きな存在を肌で感じて、自分のちっぽけさを戒めたいのかもしれない。
なんて、ちょっと詩人のようなことを言ってみたり。
「ねえ、お母さん。今度の日曜日、雑誌の写真撮影があるじゃん」
「うむ」
僕と母はモデルの仕事も多い。
僕も母も容姿がいいので、二人そろうとかなり映えるのだ。
そのおかげか、僕達の載った雑誌の売れること売れること。
新聞より売れたと聞いた時は、耳を疑ったね。
「その後さ、近くのプライベートビーチで、ちょっとだけ遊ばない? 久しぶりにデートしたいな」
ただ普通にわがままを言っても、母は何でも叶えてくれる。
それこそ、借金しても、仕事を休んでも、命を削ってでも、母は僕のわがままを叶えてくれるだろう。
だからこそ、普段はわがままを言わないようにしているのだが……ついでの時くらいはいいんじゃないかな。
その日はちょうどよく、写真撮影の現場がプライベートビーチに近いのだ。
この機会を逃したくはない。
「うむ! せっかくだ。この機会に親子二人きりでデートでもしようか」
母がくわっと、目を見開いた。
「わーい! じゃあ、みんなも誘ってくるね!」
この男、話をしっかり聞いていないのである。
それほど僕は舞い上がっていたっぽい。
「……うむ? まあ、悠久が幸せそうだし、いいか」
ということで、僕は妹とそばかすちゃんを誘うことにした。
あと気軽に誘えるのは姉とゆーれいとマネージャーさんくらいだが、姉はその日仕事があり、マネージャーさんは土日、全力で婚活に励んでいるので無理。
ゆーれいはアウトドアが嫌いなので、消去法的にこのメンバーを誘うしかない。
「妹はメールして数秒でオッケーの返事をもらったから、後はそばかすちゃんだな」
ってことで、声も聞きたいし、電話しよっと。
◆
「えー、そばかすちゃん、来れないの?」
「別に予定が合わずに行けないってわけじゃないのよ? でもね……」
そこで不自然に言葉が途切れた。
「交通費も出すよ?」
「お金についても問題ないわ。最近は収入だけで食べられるようになったし、貯金も多少はできるようになったしね」
最近のそばかすちゃんは、かなり上り調子だ。
ある大物司会者にハマり、かなりその司会者さんの番組で可愛がられている。
その影響で、「もしかしたら新番組のレギュラーになれるかも」と、以前嬉しそうに語っていた。
「え? じゃあどうして?」
「あのそのえっと……」
「ん? 何か言いにくいことでもあるの?」
電話越しに、視線があっちこっち彷徨っているのが透けて見える。
そばかすちゃん、視線の動きが分かりやすいから……
「お兄様、少し電話代わって下さい」
さっき帰ってきた妹が、そう声をかけてきた。
ここで声をかけてきたということは、何か女性同士でしか話せないようなことなのだろう。
そばかすちゃんと妹、仲がいいから。
「ちょっと妹に変わるね」
妹は僕から電話を貰い受けると、そそくさと扉の外へ歩いていった――
扉を閉める寸前のこと。
「(おい、ズベ公。命と見栄、どっちが……)」
何かどす黒い言葉が妹の口から聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。
なにせ僕の妹は天使なのだからな。きっと聞き間違いに違いない。
数分後。
扉を開けて戻ってきた妹は、僕に向かってこう笑いかけた。
「そばかすちゃん、気が変わって来られるらしいですよ」
「やったー!」
◆
ということで、僕達はプライベートビーチにやってきた。
メンバーは母と妹とそばかすちゃんと僕だ。
行く前にちょっとしたアクシデントもあったが、無事にここまで来られた。
何があったのかというと、姉に今日海に行くことを話すと、「裏切り者! うわああああんん!!」と泣き叫びながら走り去っていき、その反応に僕がほんのり笑ってしまったことだ。
その影響で、母が気絶しちゃったんだよね。
「わん!」
おっと、大事なメンバーを忘れていた。
もちろんわさびも同行している。
この子も立派な海好きだからね。
いつも海に来れば、テンション高く砂浜を跳ね回っている。
「……相変わらず色気のない水着ねえ」
この世間では死ぬほどイケメンと言われている僕に向かってそう言ってのけたのは、そばかすちゃん。
「まあね。僕って肌が弱いから、このウェットスーツの格好が一番気が楽なんだ」
芸人風に言うと、僕がどれだけ海が好きでも、海は僕のことが嫌いって感じかな。
いっつも海は、「虚弱な男なんて存在価値ないんだから、ここに来るんじゃねえ!」と、僕を怒鳴り散らしてくる。
なんてね、もちろん嘘だよ。
ただ僕が日光が苦手だから、海との相性が悪いってだけ。
いつも紫外線を通さないウェットスーツに、強めの日焼け止めを顔に塗っている。
「僕はいいとして、なんでそばかすちゃんは水着の上にパーカーを着てるの? いつもなら海では、水着なんて邪魔って勢いなのに……」
「……ま、そんなことはいいじゃない。さあ、せっかく来たことだし、ゆっくり羽をのばしましょう」
僕の問いかけに、そばかすちゃんはそっと目をそらした。
ん? なんだか誤魔化された?
そう言えば、僕が海に誘った時、若干断ろうとしてきたよね。
今回も水着を見せるのに否定的だ。
……もしかして、僕、そばかすちゃんに嫌われちゃった?
あまりのショックに、たちくらみがする。
「は、ははは……」
この時の僕は、このキラキラしたブルーの海が、味気ないグレーに見えていた。
「……おい、女。死ぬか、事情を説明するか、今すぐどちらかを選べ」
妹が何か言葉を発した。
ドッシャアアアアアン――!!
同時に電柱が破壊されたかのような、とんでもない音も鳴り響いている。
ただ、心ここにあらずの僕には、音が情報として頭には入ってきていなかった。




