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笑ってはいけない貞操逆転世界!  作者: ながつき おつ


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28話 僕が面倒をみてやらないと

一ミクロンでも口角が上がれば★やブックマークをお願いします。



『あんまり私に笑いかけないで。メス落ちさせたくなるから』


 これが、以前ゆーれいに言われた実際の言葉である。


 メス落ちという言葉が分かっていなかった僕は、「何言っているんだろう?」と流していたが……そこに込められた意味を知ると、背筋がゾッと冷えたことは記憶に新しい。



「ごめんごめん、ちょっと気を抜いてたよ」


 いくらゆーれいが同性愛者だからといって、この世界の肉食獣相手に油断は禁物だ。


 多少気は抜いても、最低限いつものように笑わないくらいは気をつけよう。


「ふひっ、悠久のせいで、世の中の同性愛者が減っている。これは、由々しき問題……私を養ってくれる周りの女の子が、どんどん悠久落ちしているのだから」


 この世界には案外同性愛者は多い。


 故にアブノーマルな性癖扱いはされていない。


 なんなら、男が少ないなら、同性で良いじゃんという人は、合理的に見られることもあるほどだ。


 ……まあ、気持ちは分からなくもないよ。


 ほら? 数少ない男がみんな魅力的だったらまだしも、ここではそうじゃないからね。


「僕のせいにしないでよ。あのさあ。人の恋愛事情には口を出したくないけど……せめて相手を幸せにしてあげてね」


「大丈夫。捨てられるのは、いつもウチ。どうせウチ。とにかくウチ……」


 はあー、僕の親友、めんどくせえ。


 ゆーれいはポジティブなのか、ネガティブなのか……


「お笑い芸人としての顔は、あんなにかっこいいのに、なんでこう私生活は……いや、なんでもない」


 ゆーれいは案外モテる。恋人をそんなに大事にしないし、生活力も皆無だし、僕とタメをはるほど不器用なのに、女性にモテる。


 ぶっちゃけどう考えてもクズなのに、何故か恋人が絶えない。

 

 それは、ゆーれいがいかにも弱そうで、虚弱に見えるから。


 この世界の女性は、どうしたってそういう人が好きなのだ。


「いつまでもそういう暮らしを続けてたら、僕も他の恋人たち同様に、ゆーれいのこと捨てちゃうからね」


「しょんなー」


 ゆーれいが出荷される豚のような目で僕を見た。


 何故か罪悪感が胸をかすめる。


 そうだよなあ。せめて親友の僕が面倒見てやらなきゃ、ゆーれいはダメなやつだから……


 ……って、いやいや。おかしい。


 僕は頭を振って謎の罪悪感を振り払う。


「はあー……」


 思わずため息も出る。


 なんだか、一生僕はゆーれいの面倒を見ていく気がしてきた。


 あれ? そもそも、僕ってなんでゆーれいと親友なんて名乗っていたんだっけ。


「ああそうか。あの頃のゆーれいのこと、こんなにダメな人だとは思わなかったんだよなあ――」


「……あのー、心の声、聞こえてますよ?」


 ゆーれいとは、中学の頃にネット上で出会った。


 彼女は、僕にネットの世界のいろはを教えてくれた人だ。


 下心もなしで知らない世界を教えてくれる彼女のことを、頼れる先輩って慕ってたんだけど……


 出会うと、これだもんな。


 ゆーれい曰く「インターネットで出会っただけの親切な人に、勝手に期待した僕が悪い」らしい。


 そんなのさあ、分かんないじゃん。


 僕はゆーれいみたいに、青春時代をインターネットで過ごしたわけじゃあないんだよ。


 インターネットの常識を、さも当たり前の常識のように話さないで。


 

「ふひひ、人間にはいくつもの顔があるのが常識だよ? 勉強になったね」


 ほら、またこうやって……はあ、やめやめ。


 あんまりため息ばかりついてると、幸せが逃げる。


 真面目に相手するのは、ほどほどにしておかないとね。


「で、ウチのネタはどうだった?」


 ゆーれいが真面目な顔をして聞いてきた。


「うん。シンプルに面白かったよ」

 

 以前コント中に寝落ちしたとは思えないほど、意外とゆーれいはネタに関してはストイックだ。


 こう見えてと言っては何だが、ゆーれいは芸人としてそこそこ尖っている。


『ウチは決してニンに甘えない。テクニックだけで勝負する』

『競い合いのないお笑いって、ぬるい』

『楽から生まれる笑いなんてない』

『なんなのこいつ、賞レースの審査員のネタの方がつまんないじゃん』


 これ、全部ゆーれいが言った言葉だ。


 家族を除き、僕が一番一緒の時間を過ごしたのは、ゆーれいだと思う。


 そういうエピソードには事欠かないほど、ゆーれいのことは知っているつもりだ。



「じゃあ、そろそろ、()()そばかすちゃんのネタを見ない?」


「ふひっ、そうね。でも、そばかすたんはウチのものだから。決してあなたのものではない」


「残念ながらそばかすちゃんは僕に首ったけですー」


「まだ一言も好きと言われていないくせに……」


「は?」


「ふ、ふひっ」


「「……」」


 この張り詰めた空気から分かる通り、ゆーれいもそばかすちゃんのことが大好きである。

 

 こうやって趣味嗜好が似通っているので、僕たちは親友なのかもしれない。


 ああ、ちなみに、別にお互い本気でギスギスしているわけではないよ。


 こんなの、ぶっちゃけじゃれ合いだ。


「じゃ、再生するね」


 ほら? 何事もなかったかのように物事が進んだでしょ?



『どうもー』


 画面の中で、元気いっぱいでそばかすちゃんが登場した。


『いやあ、あの。ねえ。 ……うん。ふふふっ……』


 ん?


 最初は何をするでもなく、手を所在なさげに動かしながら、意味深な笑みを浮かべている。


 何をしているのだろう?


『っと、十秒ほど時間を無駄にしたところで! そろそろネタに入りますか!!』


 なるほど。これがそばかすちゃんなりのツカミだったようだ。


 あえて何もしないなんて、肝が太いそばかすちゃんらしいね。 


『それはある夏の熱い日の夕方でした。私、公園でぼーっとしてたんです』


 劇場でその身のまま一人、嘆いている。


 そばかすちゃんはピン芸人なので、一人で淡々とネタは進む。


『ふと飲んでいた缶コーヒーを捨てようと、ゴミ箱を探していたんです。そしたらですね……』


 ここでたっぷり間を溜めた後。


 さもドラマチックなセリフを吐くかのように、抑揚をつけてそばかすちゃんはこう言った。


『ゴミ箱の中に、大量の銀メダルが捨てられていたんです――そう、絶対にここで何かがあった』


 ここで、なぜか嗚咽を漏らしだすそばかすちゃん。


『私は物語を想像せずにはいられませんでした』


 さも自分を自嘲するかのように。まるで投げ捨てるかのように、その言葉は発された。



 ここで突然照明が暗転し、物悲しげな音楽が鳴り響く。


『私……自分が主人公になったような気分でしたっ!!!』


 スポットライトが当たる。


【自分が主人公になったような気分でした】


 これは、そばかすちゃんの全てのネタに共通している、キラーワードだ。


『別に私の身に何かが起きたわけではありません。そんなこと分かってるっ! でもさ、あんなの見たら、しょうもない私の人生、なにかが変わると思うじゃないですか!!』


 早口でまくしたてる。その瞳には薄っすらと涙の光が見える。

 

『でも、待てど暮らせど、何も起こらない。現実は無情でした。捨てられた大量の銀メダルは、当たり前のように捨てられた大量の銀メダルでしかなかったのです』


 ここで少し一区切り。少し()を開けた後、もう一度口を開く。


『私は主人公にはなれませんでした。そして、その日の夜、ちょっとした夢を見たんです』


 お客さんに語りかけるように、丁寧に言葉が紡がれる。


『場所は飛行機の中です。“この中にお医者様はいませんかー!”CAさんは必死です。この時の私は……何故か歯医者でした。そんな私に何もできることなんてありません』


 まさに敗者……小さく嘆く。


『私は夢ですら、主人公になれませんでしたっ!』

 

 物悲しげな音楽のボリュームが上がる。

 

『以上、なんでもない私の、ただの独白でした。ありがとうございました』



 うん、なんというかこう、そばかすちゃんのネタは、とても人間らしい。


 確かに笑える。でも笑いたくないような……


 物語を読んだ後みたいな読後感がある、不思議なネタだ。


「そばかすちゃんの新ネタも、最高だな」


「ね、キャラクターだけじゃなく、もうちょっと評価されてもいいのにね」

 

 気持ちが一つになった僕たちは、自然と硬い握手を交わしていた。


「この握手、メス落ちに合意ということでよろしいか? よろしいよね?」


 僕は全力でこの家から逃げた。



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