27話 僕に前世があってよかったね
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――お笑いで大切なのは「ニン」である。誰かが言った、有名な言葉。
僕はそうは思わない。
たとえそれが真実なのだとしても、僕は決してその言葉を信じないだろう。
そんなにニンなるものが大事なら、キャラクター性のないお笑い芸人が無価値となってしまう。
お笑いファンの僕としては、たまらなく嫌なのだ。
だからこそ僕は声高に叫ぶ。
お笑いは9割以上がテクニックだと――
SNSに届いたコメントを自室で見て、ゆーれいが一人、悪態をついていた。
「ふひっ、なーにが『ゆーれいはニンがないから、一生売れない』だよ。素人が“ニン”とかほざくな。カスが。その言葉を使ってもいいのは芸人だけだ。だからお前は得意げに食材の産地とか一方的に話して、全員から嫌われてるんだよ。いや、お前のことなんて知らねえけどな。絶対そうだわ」
ゆーれいの黒いボヤキは止まらない。
「お前、絶対、冠婚葬祭の途中で帰る非常識な人間だろ。学生時代、しょっちゅうメアド変えてめんどくさがられてたんだよな。こういうやつって」
まだまだ止まらない。
「学生時代、別に友達が居ないわけじゃないけど、友達全員からうっすら嫌われていたね、お前は。あとあれね。えぐり取りたいくらい恥ずかしい黒歴史があって、隠してるタイプね。ウチには分かる」
一向に止まらない。
「こういうやつが積立投資で貧乏になるんだよ。バーカ。お前、季節の変わり目とか、気づいたことある? ないよね? お前はもうちょっと視野を広く持ったほうがいいよ? あっ、そうか。みんなお前を冷めた目で見てるから、見たくないんだ。ごめん、配慮が足りなかったね」
「ねえ、そろそろ気分も落ち着いた?」
僕はゆーれいの背後から声を掛けた。
……言いたい放題だったけど、ゆーれいはこうやって家でぼやくだけで、表で言わない分、偉いと思う。
ほら、レスバってなんかこう、見てられないからさ。
僕に突然声をかけられ、ビクッとゆーれいの背中が揺れる。
「……ふひっ、伝説ポケモンが我が家にいる件について」
「だれが伝説ポケモンじゃ。合鍵を使って勝手に入らせてもらったよ」
「ふひっ、もうそんな時間か。いらっさーい」
「うん、おじゃましてます」
ゆーれいの家は、たばことアルコールの匂いが鼻につく。
床には飲み終わった缶ビールが散乱しており、飲みかけのペットボトルや、謎の小物まで、狭い部屋にところ狭しと置いてある。
「相変わらず掃除のできない人だね。うげっ、なんで賞味期限が半年前のジャムなんてあるんだよ……」
一ヶ月前にもこの部屋を掃除したのに、どこに隠していやがったんだ、こいつ。
他にも、コーヒーの染みで汚れたレシートや、何故か萎れた花なんてものまで……はあー。
「ひぃ、これでもさっき軽く掃除したんですが」
多分こんな汚い部屋にこの世界の男が入ったら、発狂物だろうな。
ほんと、僕に前世があってよかったね?
「で、最近いつ風呂に入ったの?」
突然の僕の尋問に、不自然なくらい、数秒、間が空いた。
「……そんなことより、ですね。えとあの、そばかすたんのライブ映像が手に入ったので、一緒に見ましょう。それがいいですね。うん、それがいい」
何故か敬語で、しかも消え入るような声でまくしたてる。その目はしっかり斜め上を向いていた。
「うん、片付けできないのはまだいいけど、せめて風呂には入ろうね」
「あのー、ね。ふひっ、風呂の野郎がですね、正直、性格悪いところあるでしょ?」
「風呂の陰口言ってないで、ほら、今すぐ入ってきて。その間に僕はゆーれい達のネタでも見てるからさ」
「ふ、ふひぃ」
僕はゆーれいを強引に風呂場に押し込んだ。
「うっは。果てしなくイケメン男子に風呂に連れてかれるとか、絶対バレたら殺されるやつじゃん。やーん、ダーリンったら、だいたーん」
「はいはい、分かった分かった」
ゆーれいのおふざけは無視。とにかく今は風呂だ。
このように基本的に僕の親友、ゆーれいは生活力皆無だ。
お笑い鑑賞とゲームとインターネットとネタ作りに一日を費やしているせいで、衣食住がおろそかになってしまう。
だからこそ、こうやって僕はたまにやってきて、最低限のチェックをしているのだ。
「うん、ちゃんとご飯も食べてるみたいだし、寝てる形跡もある。今月は大丈夫そうだね」
あいつ、コント中に寝落ちしたこともあるほどだから……
一応親友として、心配なのだ。
「じゃ、後ろのコート屋のコントでも見ようかな」
備え付けの小さなテレビで、映像を流し始めた。
手品師の格好をしたゆーれいが、慌てている。
セットの感じから、マジックバーのようだ。
カウンターの椅子に、何故か小さな白い鳩がちょこんと座っている。
『やばい……やばいぞこれ。やばい』
ゆーれいはさぞ慌てている。
辺りを見回し、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
『どうしよう……店長に教えられた通りにやっただけなのに……』
そう言いながら、お皿の下を覗いたり、店を覗き込んだり、鳩を手に取ったり……何かを探している?
店長ってことは、バイトか何かなのかな?
『大丈夫、一度深呼吸しよう。すぅぅぅぅ……はあああああ。うん、大丈夫。こういう時は、店長に相談しよう』
さて、ここまで長々引っ張っているが、何を慌てているのだろうか?
『てんちょー!! てんちょー!! 来て下さい!! 緊急事態です!!』
『はいはい。なんだ?』
『あの、落ち着いて聞いて下さい。手品でスカーフを鳩に変えるマジックをしたらですね……』
『うん』
『何故かお客さんを鳩に変えてしまいました!!』
『…………はあ?』
『クルックー』
「あははははは!」
うん、面白い。素直に笑いが込み上げてきた。
いつもこんな風に普通に笑えればいいんだけど……表に出ると、途端に無理なんだよなあ。
『店長! どうしましょう!』
『いや、そんなわけないって』
『でも、実際そこに』
『くるっくー』
『えと……とりあえず……お客さんを探せ!! そんなわけないんだから!!!』
『はい!!』
今度は店長とゆーれいの二人が揃って慌てだした。
すると……
――バリンバリンバリン!!ドシャアアア!!ドンガラガッシャーン……パラパラパラ……
あまりのゆーれいの慌てっぷりのせいで、棚に置いてあった全てのお酒の瓶を割ってしまう事故が起こる。
『……』
『お前……』
『店長。今日までありがとうございました』
『ちょちょちょ! 待て! こんな状況でバイトをやめられると思うな!!』
「あははははは!」
「ふ、ふひひひ。イケメンがうちのネタで笑ってる……やば、濡れる」
「うわっ、びっくりしたあ。ゆーれい、もう風呂上がったんだ。ちょっと早すぎね」
突然背後から低い笑い声が聞こえてきたと思ったら、髪の毛をビチャビチャに濡らしたままのゆーれいだった。
バスタオルを巻いただけの姿で、僕の背後に立っている。
「って、どんな格好してるんだよ。ほら、バスタオル貸して? 拭いてあげるから」
「ふひっ、あーれー」
僕は強引にバスタオルを剥ぎ取ると、頭を拭く。
普通この世界の女性にこんなことしたら、確実に自分に好意があると勘違いされる。
でもまあ、ゆーれいなら大丈夫だろう。
「ふひっ、やば、濡れる。流石のウチも、これにはノンケ落ち不可避」
ノンケとは、同性愛者から見た異性愛者を指す言葉だ。
つまり、彼女は性的対象が女性なのだ。




