23話 エゴマゾってなんですか?
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――急がば回れ。誰かが言った、有名な言葉。
僕はそうは思わない。
だってさ、人は案外、道なき道だって進めるんだ。
そう、僕の事務所の社長は、まさにそんな人だ――
ある喫茶店にて。
母と、母のマネージャーが、僕の小学生時代のアルバムを見ながら、語り合っていた。
「でね。あのときの息子も、それはもうイケメンだったのだ。流石はこの私の息子だ」
「あなたはこんなイケメンな息子がいて、いいわよねえ……はあ、羨ましいったらありゃしないわ。それに比べて、私なんて……」
「お前の糞男に引っかかった話はどうでもいい。では、次はこのページだ。ほら見ろ? この壁に向かってもたれかかり、気だるげな表情をする立ち姿……輝いているだろう」
「わー!! ちょっとカッコつけてる! ショタ悠久きゅん、かんわいい!!!」
「ねえ、もうやめてよ!」
そう、僕のいる前でだ。
小学生時代は、僕の黒歴史である。
あの頃は周囲から全肯定されてしまうせいで、何が「かっこいい」のかが分からなかった。
それなのに、ただ漠然と、しかし強烈に「かっこいい」に憧れていた。
そう、小学生時代、僕の憧れる「かっこいい」は、とにかくふんわりしていたのだ。
その原因はただ一つ。どういう人に対して僕が「かっこいい」と思うのかが、はっきりしていなかったからだ。
そんな当時のクソッタレの僕はこう考えた。
(今世間で流行っている“クールな男”とやら。クールってかっこいいって意味だから、とにかくそれを目指せばいいのかな?)
「はあー……」
これが、大きな間違いであったと気づくのに、6年も費やしたのだから、自分のバカさ加減には呆れ返るというものだ。
「ほら、次の写真だ。眠そうな顔で『僕、今日2時間しか寝ていないんだよ』と、寝ていないアピールをしている悠久も、世界一、いや、宇宙一イケメンだ。あまりのイケメンさに、私は腰を抜かし、持病の片頭痛が治り、鼻から血を流した」
「悠久君、ほんとに恐ろしいくらいイケメンねえ……どんな仕草もやけに似合うわ。かっこいい!」
「……今日は仕事の会議でしょ? 僕の傷口に塩を塗りたくってないで、仕事しようか」
「「ふふふっ」」
母とマネージャーさんは、僕をいじめてそれはもう楽しそうに笑う。
この二人、たまにこうやって僕に意地悪することがあるんだよね。ていうか、もはや僕をいじめるのが趣味だ。
母はただ単純に息子をからかいたい一心で。一方マネージャーさんは……
「はあ……はあ…… ああ……悠久君のその蔑むような目、いい。とてもいいわ。身体の芯が甘くじんじんと痺れてくるようだわ」
このように、彼女はちょっとM気質なもので。
「私はMじゃないわ。ただのエゴマゾよ?」
……しれっと心を読まないでくれますかね?
マネージャーさんの少し大きめの丸い眼鏡の奥の瞳が、ギラギラと輝いている。
なんでこう、大人しそうな見た目なのに、セクハラまがいのことに関して遠慮がないんだろう。
しかも、マネージャーさんは僕に許されるギリギリのラインを誰よりも把握しているから、本気で怒りそうな時は、サッと身を引くこともできる。
さらに特徴を付け足そう。
こんな厄介な性格でも、「敏腕マネージャー」かつ、僕たちが経営する「芸能事務所の社長」でもあるんだ。
世も末……いや、なんでもない。
有能なことと、性癖は関係ないもんね。
「それにしても、この頃はあなたと二人だけの個人事務所だったのに、“ダンディズム”も大きくなったわねえ……」
昔を懐かしむように、マネージャーさんが呟いた。
ダンディズムというのは、僕が副社長を務める芸能事務所の名前だ。
最初は母のコンビ、大帝国だけが所属する個人事務所だった。
その小さなお笑い事務所が、マネージャーさんの手腕と、僕の宣伝により、今では数十名が所属するそこそこ名のしれた芸能事務所となっている。
規模だけで言えばそう大したことはないが、影響力で言えば、芸能界ではトップクラスだろう。
あっ、これは余談だけど、「ダンディ」って言葉は、この世界と前世で少し言葉の持つニュアンスが違う。
本来の意味はよく知らないが、この国で「ダンディ」といえば、基本的に中年女性を褒める時に使われることが多い。
おしゃれで独自のスタイルを持ち、流行に流されず、女性として魅力的な人。だいたいそんなイメージの言葉だ。
だからこそ、この言葉は母にぴったりだと思う。お母さん、女性からも憧れられるくらい容姿がいいからね。
「マネージャーさん、僕というブランドを活かす手腕、すごいもんね。あの当時は大手の芸能事務所をやめて、個人事務所を作るなんて、無謀も無謀だったのにね」
マネージャーさんのやり方はシンプルだ。
強者には徹底的に媚び、弱者には強く出る。そして、たまに僕という餌をちらつかせる。
そうやって、ここまでのし上がってきた。
言葉にすればうーん……といった感じだが、侮ることなかれ。
媚びや強気の塩梅が上手く、嫌味を感じさせない人というのは、案外どこを探してもいない人材なんだよ。
そんなマネージャーさんの口癖は「大丈夫です。責任はひかりが取ります」だ。
ああ、ひかりっていうのは母の名前ね。いつもそう言って、母に責任を取らせている。
他にも「自分なんてただの一マネージャーですから」などもよく言っているかな。
ここまでで何となく分かった人もいるかもしれないが……そう、基本的にマネージャーさんは「卑怯者」である。
「悠久君。いつも言っているでしょ?」
マネージャーさんが僕の目を見つめる。
「できればまっすぐ褒めるのではなく、『この豚め!』とでも蔑んでくれたほうが、私としては嬉しいんだ。では、もう一度頼む」
彼女は卑怯者のエゴマゾである。
僕はあえて何も言わず、ただただ哀れな目を向けた。
その視線に「マネージャーさんの親、泣いてるよ?」という意味を込めて。
「やめてよっ。蔑むのはいいけど、憐れむのは心にくるわ! ほら!『この雌豚め!』って言うだけだから! ほら!?」
マネージャーさんの期待するようなギラギラした目を受け、僕はそっと視線をそらした。




