20話 僕がちろるを守らないと
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「お兄様……今日もブラックコーヒーチャレンジしてもいいですか?」
妹が僕の飲みかけの缶コーヒーを見て、そんな風に問いかけてきた。
「うん、いいよ」
ブラックコーヒーチャレンジ。
ちろるは甘いコーヒーしか飲めない。それを気にしている妹は、こうして僕の飲みかけの缶コーヒーに一口だけ挑戦することをよくするのだ。
ブラックコーヒーを飲めないことを気にするなんて、ちろるはおこちゃまだなあ……
と、いつも僕はほっこりしている。
「では、いただきますね」
僕の飲みかけのコーヒーに、ちろるがゆっくりとその潤んだ唇で口づけしていく。
セミロングの艶のある黒髪を耳にかけ、優しく缶を傾ける。
まるで大切なものにキスをするように、ゆっくりと。
苦手だからこそなのだろうか? いつもちろるは、この動作に妙に時間をかける。
一口だけ口に入れた後は、目をつむり、コーヒーの全てを自分の身体の一部にするかのように、ゴクリと飲み込んだ。
「……ほぅ」
目を開け、軽くため息を一つ。
コーヒーでほんのり濡れた桜色の唇を、指で触った。
それはまるで、余韻を楽しんでいるみたいに。
……いつも思うんだけど、ブラックコーヒーチャレンジの時のちろる、妙に艶めかしいんだよね。
「すみません、お兄様。今日もチャレンジは失敗です。この苦さはまだ私には早かったようです」
「ふふっ、大丈夫。これはちろるだけに言うけど、僕だってちょっとムリしてブラックコーヒーを飲んでいるからさ。微糖のほうが好きなんだけど、ブラックのほうがかっこいいかなって」
これが、正直な気持ち。少し恥ずかしいけど、妹にはバラしちゃおう。
あっ、ちなみにだけど、この場には僕が雇った運転手さんもいるけれど、秘密が漏れる心配は無用だ。
あの人は契約によってガチガチに固められている。
この場で交わされた会話などを漏らした場合、かなり厳しい刑を受けることになるだろう。
この世界は男が過剰に大切にされているからか、そういう男が有利な法律やルールが多い。
わがまま放題するためにそういう法律の力に頼るつもりはないが、多少は使うつもりだ。
「あら、そうなのですね」
「うん、ぶっちゃけカフェインが取れさえすれば、なんでも良いんだよね、僕」
コーヒーの味自体はそこまで好きじゃないんだけど……僕、ちょっとだけカフェイン中毒入っているからさ。
それに、ブラックの缶コーヒーは、料理の試作の時に役に立つ。
何度も味見してわけが分からなくなってきたら、ブラックコーヒーを飲む。そうすると、見事に舌がリセットされるんだよ。
これ、豆知識ね。
「ねえ、お兄様、夕食も一緒に食べていいですか? 今日もお母様は仕事で家にいないので、少し寂しいのです」
母が組んでいるコンビ「大帝国」は、地元のテレビ局で仕事をすることが多い。いわゆる地元密着型の芸人だ。
ただ、知名度がとんでもなく高いので、都会の方で仕事をすることもそこそこある。
だからこそ、移動が多いのだ。
「うん、最初からそのつもりだよ」
「ありがとうございます! では、夕食は鍋なんていかがですか?」
「ふふっ、ほんと、ちろるは鍋がホント好きだなあ……もう、春だよ? まあ良いんだけどね。じゃあ今日はしびれ鍋に挑戦してみようかな」
しびれ鍋っていうのは、山椒や花椒を使用し、舌がしびれるような刺激があり、爽やかな香りが特徴の鍋だ。
僕はこの鍋の存在を最近知ったので、今日はせっかくだし挑戦してみようと思う。
「えへへ。私、お兄様の料理、大好きです」
……なんでこう、妹って可愛いんだろう。男の僕なんかよりも、絶対に優遇されるべきだと思う。絶対そうだ。
こんな可愛い妹が道端に落ちていたら、すぐにさらわれてしまう。僕がちろるを守らないと。
……まあ、明らかにちろるの方が僕より強いんだけどね。
鉄棒を握力で曲げてしまったことがあるってくらい、嘘みたいに力が強いから。
そんな風に考えていると、いつの間にか家に着いていた。
ちゃっちゃっちゃ、と、玄関に駆けてくる愛犬の足音が聞こえてくる。
「わさび、お出迎えありがとう」
「わんわ――」
わさびがちろるを視界に捉えた瞬間だった。
「きゅーん」
それはもう見事なUターン。
わさびはケージの中へ去っていってしまった。
「「……」」
まあ、ね。
うん、どんまい。
「……ああ、お兄様、料理をしてくれる間、その飲み終わった缶コーヒーを捨てておきますね」
気を取り直すように、妹は口を開く。
「ほんと、ちろるは気が利くね。いつもありがとう」
「では、一度部屋で着替えてから、捨ててきますね」
僕が住むこの家には、ちろるの部屋がある。
というか、姉や母、そばかすちゃんや、マネージャー、僕の親友の部屋まである、大きな家だ。
この家は、ちろると相談しながら決めた物件だ。
僕はちろるのことを全面的に信頼しているので、家選びにも付き合ってもらった。
僕はセキュリティとプライバシーがしっかりしていれば小さなものでいいって言ったんだけど……
こんなに部屋数があるのは、ちろるが「絶対にそうした方が良い」と言うから、そうしたんだよね。
理由は不明だが、妹の言うことに間違いはないから(過激派)。
ちろるは自身の部屋へと戻っていき、部屋の扉が閉まった。
さてと、僕は僕で、鍋の準備をしますかねー。
電気もついていない、誰もいない仄暗い部屋。
そこに平気な顔で僅かに残ったブラックコーヒーを飲みながら、にやりと嗤うある妹の姿がそこにはあった。
「ふふっ、ふふふふふ。ああ、お兄様の唾液って、なんて美味しいのでしょう」
体液交換フェチ。
これが兄には決して見せない彼女の裏の顔である。
「さて……と。証拠隠滅までが犯罪。名残惜しいですが、捨てに行きましょうか」
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