19話 僕が間違ってるの?
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「バランス感覚、ねえ……」
これは、本当に何度も妹に言われている言葉だ。
究極のバランス感覚。もちろんこれは身体能力の話ではない。
社会での立ち振る舞い、人との関わり合いのことを、そう言っているのだ。
「別にそう大したことをしてるつもりはないんだけど……」
「いえ。お兄様はもっと自分の能力を誇るべきです。過去を見ても、お兄様ほど絶妙な立ち位置で愛された男性は、この国には存在しないのですから」
どう具体的に凄いのかを、妹は熱弁し始めた。
「お兄様は異性としてあり得ないほど魅力的です。にも関わらず、決してアイドルとは思われていない。それは全て、これまでの立ち振る舞いが見事だったからに他なりません」
一息ついて、妹は続ける。
「そんな絶妙な立ち位置を保てるのは、この世でお兄様くらいです。これはまさに、薄氷の上を走り抜けるような、究極のバランス感覚がなければ不可能なのですよ?」
あえて強い言葉で断言しよう。
この世界の女性は皆、幸せな脳みそを持っている。
だからこそ、世の男は女性に愛想を振りまかない。端的に言って、危険だからだ。
ちょっとでも隙という餌を与えれば、肉食獣は遠慮なく骨までしゃぶりついてくるだろう。
ただ、ここでちょっとしたジレンマが発生する。
愛想がなさすぎるのは、僕からすればかなりカッコ悪いのだ。
だから、普通の女性が暴走しない程度に、愛想よくすることを意識した。
意識はしたが……
「ま、きっと、たまたま僕がそういう立ちふるまいをするのがこの国で初めてだったってだけで、これからは僕みたいな人が増えてくるよ。うん」
「お兄様……」
最愛の妹から、何故か「ダメな子」を見る目を向けられました。
つらいです。
「ま、まあ。アイドルにはなりたくなかったからさ。なんていうか、男がアイドルになるのって、小学生しかいないオセロ大会で無双するようなものじゃん。そんなことしたって、虚しいだけじゃない?」
この世界で男がアイドルになるのって、驚くほど簡単だ。
みんな、男を求めてやまないからね。
若い男というだけで、それはもう一定数、いや、大多数の人間から評判を得ることができる。
顔のいい僕も、きっとアイドルとして働けば、一世を風靡することになるだろう。
だからこそ、僕はアイドルになりたくなかった。
「まあ、確かに男性がアイドルになることは簡単ですが……アイドルを続けることが難しいんですよね」
女性からの需要がとんでもない分、アイドルになって楽して稼ごうとする短絡的な男は、いつの世にも一定数存在する。
そして、9割以上はアイドルになって1ヶ月以内でやめてしまう。
「アイドルはアイドルで、そんなに生易しい仕事じゃないからね」
「嘆かわしいことです」
この世界の男は、気合と根性が足りない。
愛されまくって生きてきたせいで、アイドルという「重労働」に耐えられないのだ。
そう、アイドルは精神的にも、肉体的にも重労働だ。
歌、ダンス、撮影、ライブ、移動、ファンサービス……どれをとっても楽な要素がない。
さっきはアイドルにはなりたくないとは言ったが、正確には、アイドルなんて僕には力不足という方が正しい。
なにせ、僕は虚弱だからね。
「まあだから、結局僕にバランス感覚なんてものはないんだよ。僕はただ、できることをしただけ」
物腰は柔らかいけど、媚びない。
隙がありそうでない、なんならワンちゃんもなさそう。
特別な人ではあるけれど、普通の人。
好印象で、自然と女性が守りたくなるような人。
色んな言い方があるけれど、要はさ、ちゃんと一線を引いて、異性ではなく人として相手を見る人を目指したんだ。
それも、猛獣の群れに囲まれた、子鹿の僕ができる範囲で。それが、子鹿の僕の生存戦略。
そうやって振る舞っていると、いつの間にか「国民の息子」なんて呼ばれていたってわけだ。
「それがみんなできないから、お兄様は凄いのですが……まあ、いいです。お兄様、頑固ですから」
「ええ……そうかなあ?」
「例えお兄様自身がその才能を認めなくとも、事実そうなのです。それに、これはそもそもの話ですが……他の男性より頭20個ほど飛び抜けてイケメンな容姿は、あまりに特別な才能ではないでしょうか?」
「流石にそれは言い過ぎだよ」
僕のツッコミに対し、妹は呆れた視線で僕を見てきた。
ええ……これ、僕が間違ってるの?
「いや、僕なんてただちょっと知名度があって、多少顔が良くて、ほんのり愛想のいいだけ……」
「……」
妹がじとーっとした目で見てくる。
まるで「もっと俯瞰して物事を見ましょうね」と諭しているようだ。
「本当は?」
見透かすように、僕に問うた。
「……はい。他の男よりは頑張っていると、素直に思っています」
そりゃあ、多少はね、多少はそう思ってるよ。うん。
「よろしい」
妹は花開くような笑顔を見せた。
なんで妹は、こんなに満足げなんですかねえ……
「そうしてゆっくり、リハビリしていきましょうね」
「人を病人みたいに扱わないでよ」
「ふふっ、では次に、お兄様に寄せられた世間の声を読み上げていきましょうか」
「……聞いてないし」
まあ、最高に楽しそうだから良いけども。
妹はスマホを使い、エゴサーチだったっけ? いや、こういう時ってどういうんだっけ?
とりあえず、僕のことを調べだした。
「『悠久君のこと、ほんとに息子みたいに思っています。どれだけあなたに救われたか、文才のない私には表現できません』うんうん。いいですね」
「ねえ、そうやって読み上げるの、やめない?」
「いーや♪」
またそうやって最高に可愛い笑顔で……もう、可愛いなあ。
「『悠久君のおかげで、仕事はうまくいき、こじれた家族仲も元通り。借金もなくなり、持病の腰痛も治りました。これも全て、悠久エネルギーを定期的に摂取したおかげです! 私の全てを悠久君に捧げたいです』うん。悠久エネルギーなら、その程度は当然ですね」
もう、やめてよ。
僕、エゴサーチとかそういうの、苦手なんだからね。
なんかこう、小っ恥ずかしくてさあ。
それに、自分の評判を気にしてるのって、なんとなくカッコ悪い気がしてさあ。
「さて次は『いつも悠久きゅんでシコってま……』 ――パリン!!」
「す、すまほー!!」
妹の手から、握りつぶされ、粉々になったスマホの残骸が、ポロポロとこぼれ落ちていた。
ここであえてもう一度言うが、僕の妹は特異体質だ。常人の三倍の筋肉量を持っている。
特に握力は凄まじい。それはご覧の通り。
粉々に落ちたスマホの残骸を見て、妹だけは怒らせないようにしようと心に誓うのだった。
作者の作品↓
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