18話 今日も妹が天使
――非のない人間なんていない。誰かが言った、有名な言葉。
僕はそうは思わない。
だってさ、僕の妹は、性格から容姿までまさしく非の全くない、完璧な人間なのだもの――
「あら? お兄様? 偶然ですね!」
仕事帰りに車で家に送ってもらっている途中、コンビニに寄ってもらった時だ。
突然「僕が世界一信頼している人」が駆け寄ってきた。
僕の妹――小張ちろるはまさしく天使だ。性格も見た目も清楚で、生まれてこの方非の打ち所の一切ない、素晴らしい女性だ。
僕の6歳下なんて信じられない。
今もセミロングの艶やかな黒髪を揺らしながら、「えへへ」と、誰をも魅了するような可愛らしい笑顔で僕に抱きついてくれる。
可愛いし、かっこいいし、清楚だし、努力家だし、健気だし、不思議な色気まで備えているし……
溺愛してしまうのなんて、当然だね。
「ちろる! 偶然だね。ふふっ、今日も最高にキュートだね!」
自然と表情がほころんだ。
以前『親しい人の前でも、ギリギリ第2段階の笑顔までしか見せないと固く決意している』とは言ったが……
まあ、妹の前では仕方ないよね。
そのせいで通行人が……
「あ、あへへぇ……無理、死ぬぅ」
「おい、気絶するな! イケメン笑顔テロが起こったからって、死ぬな! 男性免疫レベルが弱だからって、諦めたら負けだ! 意識をしっかり持て! しっかり呼吸をしろ!」
「決めた。私、お笑い芸人に……きゅうぅ」
うん、なんかいろんな場所で血飛沫が飛び交ってるけど……しーらね。
「ええ、お兄様も最高にかっこいいですね。愛してますわ」
「うん、僕も愛してるよ! っと、忘れてた。妹の友達のみんなも、こんにちはー」
「「こここ、こんにちは(こけこっこ)!!!」」
僕がニコニコ笑顔で挨拶すると、友達さんたちは顔を茹でダコのようにして答えた。
なんか一人だけ鶏がいた気もしなくもないが……気のせいってことにしておこう。
「せっかくだし、乗ってく? あっ、運転手さん、いいよね?」
僕の専属の運転手さんは、大げさにコクリコクリと、何度も頷いた。
「ええ、お願いします。じゃあ皆様、また明日」
妹はくるりと僕に背を向け、僕の見えないところで何かジェスチャーで友達さんたちに伝えた。
「「で、では!!」」
ん? なんだ?
さっきまで茹でダコのようだった彼女達の顔色が、茹でられる前のタコみたいな青色に変わったぞ。
それから、逃げるように立ち去っていった。
……なんか妹の友達には、ああいう風に逃げ去られることが多いんだよね。
うーん、恥ずかしがり屋なのかな?
「ふふふっ、ちゃんと有名な兄の妹として、しつけ……ごほんっ、友達を選んでいるので、お兄様に絡みに行くような、はしたない真似はしないのですよ」
僕が疑問を持ったことを察して、妹が説明してくれた。
「なるほど。いい子たちだね」
「ええ、とっても“素直”で、いい友達です」
ん? 今何か声がダブって聞こえたような……気のせいか。
妹を車に乗せ、家に帰る。
「お兄様……今日はそちらの家に泊まっては行けませんか? 恥ずかしいのですが、まだ兄離れができなくって……」
「もちろん! ちろるならいつだって大歓迎だよ! それに、僕も一人だとちょっと寂しいしね」
「えへへ。嬉しいです」
ねえ、えへへだって。今日も妹は天使だわ。
控えめに笑うところも、申し訳なさそうにお願いするところも、全てが可愛い。
「今日こそわさびちゃんに好かれればいいのですが……」
「ちろるは昔から動物と相性が悪いもんね」
「これもきっと、特異体質のせいなのでしょう」
そう、妹は特異体質だ。人より筋肉の密度が高く生まれてきており、常人の3倍ほどのパワーを持って生まれてきた。
こんな体質となった最大の原因は、母だ。
母は遺伝子研究で培ってきた知識を最大限利用し、全力で我が子を優秀な子供にしようとした。
母曰く「この私の卵子と世界一相性の良い精子を選別し、人工授精させただけ」らしいが……
母の「〇〇しただけ」は、信用ならないからなあ。多分他にも色々画策したんじゃないかな?
「はあー、みんな、いいなあ。僕にもみんなみたいに、なにか突飛な才能があればなあ」
姉、僕、妹と、三人ともその試みで生まみ、実際に僕以外のみんなが才能溢れた人に成長している。
それが僕は羨ましくて仕方がない。
僕も一度は自らの実力で世間を認めさせるようなかっこいいことをしてみたいものだ。
……まあ、二回目の人生をやり直すなんて機会を与えてもらっておいて、贅沢言うなって話か。
「ですが、お母様が言うには、お兄様を受精する時だけ、明らかに精子が“あり得ない”動きをしたらしいですね。それを考えれば、お兄様こそ特別なのでは?」
そう、僕は計算外の人間ということになるらしい。
前世とは世界が違うとはいえ、受精までの流れは同じ。
数億存在する精子が、一つの卵子に競い合うように向かい、最終的に一匹の精子だけが受精する仕組みだ。
今回のケースは人工授精なので、数億の精子ではなく、数百万の精子らしいが……今回の話には影響しないと、注釈しておこう。
そうだな……僕が生まれる時、何が起こったか。僕が聞いた話を、少し物語チックに説明してみようか。
「「「ついにたどり着いたぞ!!!」」」
優秀な精子達が、一足先に卵子の元にたどり着く。
「「「かかれー!!!」」」
そして、殻を削るようにぶつかり続けていた。
「「「よし! ようやく卵子の殻をやぶったぞ!」」」
ただ、ここで何故か、精子達は受精しなかった。これが、計算外の動き。
それはまるで、誰かの到着を待っているかのようだった。
「「「では、王よ。進んで下さい!」」」
のろのろと泳ぐ、一匹の精子。それは、僕の元になる精子だ。
その精子が、かなり遅れて到着した。
「うふふ、あなたを待っていました」
卵子が僕の元になる精子を選び取るように、精子を受け入れ――
そうして、僕が生まれましたとさ。おしまい。
「それだけ聞くと凄いことみたいに聞こえるけど……生まれたのが特に何の才能もない、虚弱な僕だからなあ……」
正直、そんな計算外がなければ、こんな虚弱ではなかった気もするんだよなあ……
「ふふっ、何度でも言いますが、お兄様は誰よりも特別な才能を持って生まれてきたと、私は確信していますよ」
「そうかなあ……」
僕の家族は、みんなそう言う。
小張家で誰より特別なのは、僕だと。
でも、明らかに僕なんて、なんの才能もないと思うけどなあ……
「自己評価の低いお兄様のために、何度でも言いましょう。お兄様は、誰よりも才能溢れた怪物です」
「怪物って、言いすぎじゃない?」
「確かに怪物という表現は適切ではない気がしますね。達人、または天才、とでも言い換えましょうか。なにせお兄様の才能は、“究極のバランス感覚”なのですから」




