16話 最愛の彼女がめんどくさい件について
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僕が彼女のことを「そばかすちゃん」と芸名で呼ぶのは、彼女にそう呼べと言われたからだ。
彼女の本名である「松井かなめ」、特に下の名前である「かなめ」と僕に呼ばれると、男性免疫レベルが強である彼女でも、強烈に舞い上がってしまうらしい。
芸名なら「別の自分」という感覚が強いので、そこまで気持ちが浮つかないそうだ。
……まあ、ベッドへのお誘いとかをどうしてもしたくなったら、遠慮なく下の名前を呼ぶけどね。うひひ。
「私は人を笑わせたいの! 笑われたいわけじゃないの! そりゃあ、結果的に笑ってもらえるなら、その時は嬉しいけど……そういうのじゃないのよ!」
僕は笑われるのすら才能だと思っているタイプだけど、彼女は決してそうは考えない。
「確かに今はドッキリとか、そういう仕事多いもんね」
「そうね。そりゃあね、こんな若手を使ってくれる分だけありがたいのかもしれないけど……はあー、なんだかなあ」
今のところ、そばかすちゃんは都会でそこそこの成功を収めている。
「あっ、そういえば、昨日小学生くらいの子どもたちが、『エナジー!!!』って、そばかすちゃんの真似をしているのを見たよ」
エナジー!!! というのは、そばかすちゃんの一発ギャグみたいなものだ。とにかく大きな声でカメラに向かって、「エナジー!!!」と指差すだけ。
特に意味はなく、割とどんなときでも使っている。苦し紛れの時とかは特に多用しがちだ。
「ふふん、それは嬉しいわね。私も偉くなったものね」
「でも、周りの子はポカンとしてたんだけどね」
「……それ、言う必要あった?」
ごめん、そばかすちゃんのどや顔を見たら、ちょっと意地悪したくなってさ。
「まあ、自分でも分かってるわよ。あくまで若手芸人としては、そこそこ頑張っている程度だってことは。まだ芸人の収入だけでは、ギリギリ生きていけないもの」
「それ、僕は結構凄いことだと思うけどね」
「いいや、私なんてただ運が良かっただけよ。はあ、もっと面白くなりたい。センスが欲しい……」
「そばかすちゃんは面白いと思うけどなあ。ネタも生き様も」
これはかなり本心。僕はそばかすちゃんのネタも生き様も大好きだ。
ただ、テレビでは彼女のネタを見る機会はほとんどない。
基本的にリアクションとか、ドッキリとか、無茶振りとか、そういうのに使われることばかりだ。
そんな時、そばかすちゃんはいつも全力。
全力で無茶振りに答えて、全力でなんでも挑戦し、全力で叫んでいる。とにかく世間に自分の価値をしめすために、ただ全力で。
そんな彼女に、何度も笑わされた。
『その程度、余裕よ!!』『こんな見え見えの落とし穴なんて、ハマるわけ無いでしょ?』『私は運は良い方よ! 一発目でわさび入りの寿司なんて絶対に当たらないわ!』
そう言った後、いつもひどい目に遭う。
あまりにきつい企画をさせられ、ヒーヒー言ったり、見え見えの落とし穴をぴょんと避けたら、その場所が真の落とし穴だったり、一発でわさび入りを当てたり。
要はそばかすちゃん、自滅タイプなんだ。僕はひっそりと自爆芸と呼んでいる。
怒られるから言わないけどね。
「ていうかさあ! あれおかしくない!?」
突然話題が飛んだ。話したいことが急に思いついたのだろう。
「美容院でさあ、『今日はお仕事おやすみですかぁ?』って、あれやめてよ! なんか煽られた気分になるのよ!」
そばかすちゃんは言い終わった後、僕に向かって何かを求める目を向けた。
「……えっ、うん? そうだよね」
何を求められているのが分からなかったので、とりあえず共感の相槌をしてみたが。
「……正直、これはウケ狙いで話したんだけど……あなたなんて嫌いよ」
「いや、難しいって!」
うちの最愛の彼女がめんどくさい件について。
だって、さっきは笑わずに真面目に聞けって言ったじゃん。だから、笑っちゃダメなのかと……
でもまあ、そういうところも好きなんだけどね。
「はあー……大帝国も、弓なりも、後ろのコート屋も、あなたも、みんなみんな……私より活躍している人、みんな嫌いよ……」
あっ、この「嫌い」は自己嫌悪による嫌いなので、絶対に受け付けません。
嫌いに並んだ具体的な名前が、都会の芸人ではなく、僕達の事務所に所属する人ばかりなので、ただの甘えと受け取ります。
「うんうんうん、僕以外、みんな生意気だよねー」
そう言いながら、最愛の人の頭をなでり、なでり。
「適当に返事しないで!」
そばかすちゃんは餃子を米の上にのせ、かっこんだ。
「その中なら、僕のことはまだ好きだよね?」
「……あなたなんて特に嫌い。弓なりと大帝国としか共演しないっていう舐めプをしてるくせに、私より圧倒的に有名なんだもの」
ぷいっ、と、そっぽを向いてしまった。その頬は心なしか、ほんのりと赤い。
「はあーあ、この世の私以上に有名な人、全員消えてなくならないかしら」
誤魔化すように、早口で呟く。
このように、そばかすちゃんは男の僕にもライバル意識がある。
この世界では男のほうが、圧倒的に有名になるのにアドバンテージがあるのにも関わらずだ。
「ほんと、そばかすちゃんは意地っ張りだなあ……」
そもそも彼女は、世間の色んな物を見返すために芸人をやっている。
自分の力で売れて、絶対に有名になるという気持ちは、そういう性格が関係しているのだろう。
そしてその意地は、とても強い。あの時だってそうだった――
僕が中学生の頃、一度目の告白をしたときのこと。
『あなたと私じゃ全然釣り合っていないから、付き合えないわ』
何故か「やってやったわ!」とでも言うように、彼女は胸を張っていた。
ただ、そばかすちゃんは僕のこと、確実に好意的に見ていたはずだ。そんな確信があったから、僕は告白したんだもん。
実際あの告白の次の日から、何故か僕は、恨めしげな目で見られるようになった。
あれは、自己嫌悪と後悔とか、そういう色んな気持ちがごちゃまぜになった視線だったと思う。
思わず僕は声をかけた。
『後悔するくらいなら、最初から断らなければよかったのに……』
『なによ! 泣いてなんかいないわ! あっ、やめて! 抱きしめないで! 泣いちゃう……泣いちゃうからあ!!』
それでも、彼女は僕と付き合わなかった。
……まあ、ね。それくらい、彼女の謎の意地やプライドは根強いんだ。
そういうところに惚れたとはいえ、こじれにこじれてるなあ。
そばかすちゃんの今の芸人人生だって、売れるだけならもっとやり様はあったはずだ。
僕というブランドを使って知名度を上げればいいのに、決してそうしないのは、彼女の意地だろう。
……ま、そうやってこじらせているところも、僕は好きなんだけどね。
「ってことで、僕と釣り合うくらい、今すぐ売れて?」
「無茶言わないで」




