15話 癒やして差し上げなければ
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そばかすちゃんとの同棲はかなり気を使っている。
もちろん、そばかすちゃんにじゃない。世間様にだ。
そばかすちゃんは今「ダメな後輩」として、色んな先輩に可愛がられている。
そんなダメな彼女が、僕と同棲しているなんてことがバレたら……
うん、控えめに言って、タコ殴りにされるだろう。この世界の女性、武闘派が結構多いから。
……まあ、「僕と家が近く、幼馴染だった」ということは以前口を滑らしたので、その時点である程度タコ殴りにされてたんだけどね。
当時はかなり世の女性から嫉妬を受けたが、今ではそういうのは落ち着いている。
なんなら、逆に口を滑らしてしまうような部分を可愛げとして受け取られているくらいだ。
そんなご時世なので、お昼に堂々とデートなんてできないし、外で二人きりでいることも難しい。
基本的にプライバシーに関してのセキュリティがしっかりしている我が家でしか、僕達はデートできないのだ。
――がちゃり。
おっ、きたきた。
この家の合鍵を持っているのは、家族とそばかすちゃんだけ。
ようやく彼女が帰ってきたようだ。
僕は弾むように、玄関まで早足で向かった。
「おかえりなさい!」
玄関に居たのは、やはり最愛の彼女。
小柄でそばかすを持つ、力強い目をした女の子だ。
やはり、世界一かっこいい。彼女を見ると、僕の表情はどうしたってとろけてしまう。
「たっ、ただいま」
僕の決して世間では見せない綻ぶような笑顔に、そばかすちゃんはたじろいだ。
「……」
「……?」
おや?
いつもならもうちょいテンポよく話せるんだけど、今日はなんだかリズムが悪い。
それに、彼女が纏う雰囲気も、いつもより元気がない気がするぞ……?
……あっ、なるほど分かった。これはあれだ。
仕事で疲れていて、取り繕える余裕がないんだ。
ふふふ、これは彼氏である僕が癒して差し上げなければっ!
「ご飯作ってあるから、食べよ?」
「そ、そうね。そうするわ」
普段の大きな声は影を潜め、顔を赤らめて早口で話している。僕と同棲しているという事実に、彼女はまだ慣れていないようだ。
まあ、ずっとアプローチは続けていたけれど、付き合い始めたのはつい最近だもんね。
それに、付き合ってもらったのも、半ば強引だった。彼女が慣れないのも無理はないだろう。
ふふふっ、可愛い。
こういう姿を見られるなら、そばかすちゃんの性欲に訴え、無理やり同棲の許可を得た甲斐があった。
「あの時、強引に迫ってよかったなあ……」
「何よその言い方」
「おっと、ごめんごめん。心の声が漏れちゃったんだよ」
「……ふぅん。そう」
僕はルンルンでキッチンへと向かった。
大量の餃子にサラダにスープ。うん、確実に作りすぎた。ちょっと浮かれすぎたかな。
まあ、余ったら事務所の芸人たちがこぞって食べるだろうから、問題ないけどね。
それに、多分余らないし。そばかすちゃん、めっちゃ食うから。
僕は料理を持っていき、彼女の隣に座る。
「……ねえ、近くない? こういうのって、向かい合って食べるんじゃないの?」
「そう? これくらい普通だって。ほら、食べよ?」
まだそばかすちゃんは何か言いたげだったけれど、僕のニコニコ笑顔を見て、諦めたようだ。
「「いただきまーす」」
こうして、僕達の夕食が始まった――
「私はネタで評価されるつもりだったのに! それなのに、最近はリアクションとかドッキリばっかり求められるの! ひどくない!?」
「うんうん。分かる分かる。僕はそばかすちゃんのネタ。好きだよ」
僕が根掘り葉掘り色んな質問をし、答えているうちに、彼女もこの状況に慣れてきたようだ。
どんどん口の滑りが良くなってきて、声も大きくなってきた。
少しお酒も出したせいか、頬がほんのり赤い。
(もりもり食べて、ようやく少しずつ元気が出てきたみたいだ。嬉しいなあ)
やはり、時に食は人を救う。
今も食事は続いているが、もうすでに顔色が良くなっているからね。
「別にさあ! そういう笑いを否定してるんじゃないの。リアクション芸人さんて、本当にすごいから」
おそらく彼女は意識していないだろうが、愚痴の声すら大きく、よく響く。
とてもそばかすちゃんらしくて、思わず口角が上がった。
そばかすちゃん――彼女は本来、お口の悪い人だ。
今までの人生を「嫌い」を原動力に動いてきたので、自然とそうなったのだろう。
そういう負けず嫌いなところや、毎日を全力で生きているところに、僕は惚れたのだ。
「うんうん。分かる分かる。で、僕のこと好き?」
「好きっ…………ぱらにこの食事は効くわね。うん」
ちっ、しれっと流れで僕のこと好きって言ってもらおうとしたけど、失敗したか。
「……こほん、話を戻すけれど、私のはそういうんじゃなくて、ただ素のリアクションなのよ! テクニックなんて全く無いの。意識してるのなんて、大きい声を出すくらい……このままじゃ、笑われるだけの存在のまま終わっちゃうわ!」
その後も、カメラマンと編集さんが凄いだけとか、スタジオにいる先輩芸人の茶々入れがセンスあるだけ、など、どんどん弱音をこぼしていく。
都会の過酷な芸能界で戦ってるのだから、積もる気持ちはたくさんあるのだろう。
いくら彼女が「何でもやります!」「全力!」というタイプの芸人でも、愚痴がないわけではないのだ。
できる限り愚痴って、心に巣食ったもやもやを清算していってほしい。
「私だって強烈に売れて有名になりたいから嫌なこともしているだけで、痛みを感じないわけでも、怖くないわけでもないの! ホントは断りたい仕事だって、そりゃああるわよ!」
それにしても、わんこそばってくらい愚痴が出てくるなあ……
まあ、そばかすちゃんって全くそう見えないけど、根っこはネガティブだしね。
自ら「自分には価値がない」ことをさも真実だと思い込み、自分の考えで枷をつけて動けなくなるタイプ。
なんか、妙に自らを価値のない人間と思っているんだよね。
あっ、ちなみに彼女がそう思っているのに、強い物語性はない。
物語性っていうのは、過去の強烈なトラウマや、変な家庭環境だとか、そういうのね。
ただ単に彼女が人間臭く、こじれまくっているだけだ。
「はあ……なんであの時の私は『できます!』って言ったのよ。縄でぐるぐる巻きにされて海に捨てられたら、下手したら死ぬわ!!」
「――ぴひょっ」
あまりの魂からの叫びっぷりに、思わず口に手を抑える。
「ねえ、今笑いそうになったでしょ? 私が笑わせようとしてない時は、笑わないで真面目に聞いて」
「分かった」
そばかすちゃんの、このなんと言うんだろう……後悔芸? それに、僕は弱い。
「ん? まあいいわ。まあその仕事は別にいいのよ。プロデューサーの頭がイカれているだけだし。でも、あの時は完全に自業自得だったのよね」
よし、そばかすちゃんは真剣に聞いてほしいみたいだし、ちゃんと寄り添ってあげなきゃね。
腹筋に力を入れてっと。絶対笑うなよ、僕。
「はあーあ……恥ずかしくて死にたい。なんであの時、劇場でスベってしまった後、後輩に『かましてやったわ!』みたいな態度取っちゃったんだろう……かましてやったじゃないわよ。反省しろよ。バカ」
「――うぴっ」
あまりの人間らしさに込み上げてきたものがあったので、咄嗟に口を抑える。
「ねえ、また私を笑ったでしょ?」
「笑ってません」
「……まあ良いわ」
セーフ。危ない危ない。
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