第70話 闇に濡れる月影
「コウよ。これからどこに行くのじゃ?」
タリアは首を少し傾けて、僕を見る。
これまではルガルバンダに着くことだけを目的にしていた。
しかし今、その目的は達成されたが別の課題がある。
「そもそも、この国に来たのは同盟を結んでいる王様に会う為だったよね」
「うむ、クリスカ国を取り戻す為にな。だが、臣民の一部がレオンに賛同している今、助力を得て国を取り返したところで妾への求心力が戻るわけではない。故に妾自身が成長し完全なる王となってレオンを打ち破る為に、貴様の旅についていきたいのじゃ」
「そうか……じゃあさ、僕行きたいところあるんだよね」
僕の言葉に、マナの目が少し開いた。
「は?私達の町に戻るんじゃないの?」
「僕も、さっきまではそう考えていたんだけどね」
そう、タリア達が起こしに来る前、僕は天光龍サルマと相対していた。
なんとか切り抜けられたが、奴とはいずれ必ず戦うことになる。
その対策の為に、行きたいところが出来た。
「龍国ロンティェン、行ってみたい」
「でた、コウの悪いとこ。アンタ突発的に行き先決めるわよね」
龍国ロンティェンはここから北西にある、大陸最北の国だ。
名前の通り、天龍に関わりがあり、天龍山のお膝元にある国だ。
「よりにもよってかの国か。妾の国はあの国と仲がよくないのじゃが」
「宗教上の理由で対立してるんだっけ?じゃあやめようか?」
「いや、むしろ好機じゃ。折角なのだから、普通の少女として行ってみたいのう」
そう言って、タリアは可愛くウインクした。
なんか若干楽しんでないか?この女王様。
「ムサシ、マナ、アメリはどう?」
「俺はただ、主様に従うのみです」
「私も、貴方についていくわ」
「……」
アメリだけは返事をしない。というか、さっきから目が虚ろだ。
「アメリ?大丈夫か?」
「……はい」
「何か悩み事があるなら言ってね」
「いえ、大丈夫です」
少し前からアメリは様子が変だ、病気のような物ではなさそうだけど。
ま、本人が大丈夫って言ってるなら他者があれこれ言うべきではないか。
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次の日、僕たちは馬車で北西へ向かっていた。
御者台で手綱を握るのは、ムサシだ。
「主様、空が陰ってまいりましたね。
本日中に町へ到達するのは難しいかもしれません」
「そうか、でもできるだけ急ごう。夜は危険だし」
ガタゴトと揺れる馬車の中、僕の隣ではマナが魔導書を読んでいる。
そして、マナの膝の上ですぅすぅと寝息を立てるタリア。
僕の真ん前には、ひっそりと身を小さくして座っている少女、アメリの姿があった。
アメリはどこか怯えたように視線を落とし、服の裾を固く握りしめている。
「……ねえ、ちょっといい?」
マナが小声で話しかけてきた。
「あいつ、最近なんかおかしいわ。気づいてるでしょ?」
「でも、安易に踏み込んじゃいけないし」
「そういうの、優しさじゃなくて、問題の先送りって言うのよ。アンタができないなら私が行きましょうか?」
「それはちょっと待って──」
動こうとするマナと、それを止める僕。
だが、そんなやり取りを断ち切るように悲劇が訪れた。
――バキィッ!
突如として耳を刺す激しい破壊音が響き渡り、馬車が大きく右へと傾いた。
「な、なんだ!?」
「きゃあッ!?」
悲鳴が交錯する中、馬車は激しい衝撃とともに路肩の泥へ突っ込み、停車を余儀なくされる。
「痛ったた、もうなんなのよ」
「な、なんじゃ!?なにが起きたのじゃ!」
本と荷物と木枠が僕の体に押し付けられる。
多分これ、どこかにアザできるな。
「主様、大丈夫ですか?」
「うん、今そっちいくから」
這う這うの体で横転した馬車から抜け出す。
見ると、右後輪の車輪が木屑となって木ごとなぎ倒されるように崩壊していた。老朽化などというレベルではない。内側から何か強力な力で圧砕されたかのような、あからさまな異常事態だった。
馬車から出て、状況を確認する。
ムサシとアメリは無傷、素早い身のこなしで脱出したらしい。
マナとタリアは軽傷、んで僕は……
「うわっ、コウ額から血が出てる!」
マナは駆け寄って回復魔法を掛けてくれた。
多分、あの時なんか尖ったものとぶつかったんだろうな。
「うわぁ結構ザックリいってるわね、回復まで時間かかりそう」
「ふーん、そっか」
「……え?痛くないの?」
「あー……えーんえーん痛いよー」
「……意外と大丈夫そうね」
状況確認に戻ろう。荷物はほぼ無事、十分な量の食料がある。
しかし馬は逃げてしまった、ここからは徒歩かな。
「傷口は塞がったわ、これで血を拭いて」
「ふっ……血も滴るいい男、か」
「アンタはただの出血バカよ」
「悪口のレベル加減しろよ」
しかし、また歩いて旅をしなきゃいけないのか……時間かかりそうだなあ。
「まあまあ、いいじゃないですか。これも思い出ですよ」
アメリが、僕を見て、薄ら笑いを浮かべてそう言った。
まるで心を読んだかのような口ぶりに、背筋から悪寒が走るのを覚えた。
それから、日が傾く前に少しでも進もうと僕らは歩き始めた。
先頭を歩くのはアメリ、今にもスキップしそうな明るさだ。
「主様、少々お耳を」
ムサシが耳打ちしてきた。
「どうした、ムサシ」
「……車輪を破壊した犯人は、アメリです」
「なっ……!?」
絶句する僕に、ムサシは厳しい眼光を崩さずに続けた。
「壊れた車輪を調べたところ鋭い切断痕がありました。
あれが出来るのは俺かアメリだけです。
最初から俺たちの足を止めることが目的だったのでしょう」
信じられない思いでアメリを見返す。
顔は見えず、動きは陽気。しかしどこか危うい雰囲気を感じる。
陽はすでに沈みかけ、周囲は深い闇に包まれ始めていた。
僕たちは森の中で、野宿を余儀なくされたのだった。
ーーーーーーーー
パチパチと火の粉を散らす焚き火を囲む夜。
空気は不自然なほど重く冷え切っていた。
「……コウ」
静寂を破ったのはマナだった。
彼女は少し気まずそうに、けれど真剣な眼差しで僕を見つめてくる。
「……アメリが纏っている魔力の質が、急速に変質しているわ。
あれは……ただの人間やエルフの魔力じゃない」
アメリの尖った耳がピクッと反応する。
虚ろだった目が、明確に僕らを見た。
「……何か?」
「この際だから、はっきり言わせてもらうわね」
マナはアメリを一直線に見つめ、ひと呼吸してから言い放った。
「アンタ、ただのエルフじゃないでしょ。というか、ダークエルフよね?」
「……あはは」
笑った、無感情に。
そして、立ち上がった。
「うん、もういいですね。仲良しごっこは終わりにしましょう」
「動かないで。私の質問に答えなさい」
「私がダークエルフかどうか、ですか?ええ、正解ですよ。おめでとう」
ぱちぱち、とアメリの拍手がやけに響く。
「まあ別に、もう隠す必要はないですよね。あの人ももういいって言ってますし」
「アメリ、僕の質問にも答えてくれ。あの人って誰だ?」
「神、です」
その瞬間、アメリの背後が歪み、不気味で禍々しい魔力の嵐が吹き荒れた。
瞳は赤く発光し、長い耳の先が暗闇の中で妖しく浮き上がる。
暴走――完全に理性を失った魔力が解き放たれる。
「コウ、タリア、下がって!」
「主様、お守りします!」
マナが杖をアメリに向け、ムサシも抜刀する。
一触即発の状態で、僕は二人より一歩前に出る。
「二人とも離れてくれ、僕が話す」
二人の制止を振り切り、嵐のような魔力が吹き荒れるアメリと対峙する。
尋常ならざる魔力が吹き荒れる中、アメリだけはただ静かだった。
「アメリ、魔力を抑えてくれ。そして話をしてくれないか?」
「……ふーん」
アメリの目が細まった、まるで興味のないものを見る瞳。
その瞳が一人ひとりの顔を見回したあと、再び僕を捕捉した。
「こんな状況でも平和主義ですか。おめでたいですね。
では、これでもまだ対話を続けますか?」
アメリがそう呟くと同時に、彼女の身体から漆黒の魔力が爆ぜた。
「死の牙」
甲高い音とともに、地面から黒影の刃が無数に突き上がる。
「主様、下がって!」
刹那、ムサシの刀が閃いた。
一瞬にして放たれた無数の斬撃が、僕たちの足元を襲う影の刃をことごとく叩き割り、甲高い打撃音を木々にこだまさせる。
砕け散った魔力の破片が、夜の闇に溶けていった。
「コウ、諦めなさい!コイツは敵よ!」
すかさずマナが詠唱を完了し、杖を突き出す。
「駆け巡れ、蒼き業火——『スペル・フレイム』!」
眩い炎の渦がアメリを呑み込もうと疾走する。
しかし、アメリは不気味な薄笑いを浮かべたまま、その場からふっと姿を消した。
「速い……!?」
「上じゃ、マナ!」
タリアの叫びと同時に、マナの頭上に影が落ちる。
アメリは跳躍し、漆黒の魔力を纏わせた二刀のナイフを容赦なく振り下ろそうとしていた。
「やめろ!」
僕は龍人化し、直感に従って滑り込む。
二つの衝撃が、僕の腕から全身へと駆け抜け地面をひび割る。
威力が強い!アメリはこんなにもパワーがあったのか!?
「……本当に、厄介な人」
近距離で見交わす彼女の瞳は深紅に染まり、かつての儚げな少女の面影はどこにもない。
彼女の瞳には殺意が宿っている。しかし、同時にどこか操られているような無機質さすらも感じる。
「龍人化、神の代行者から受け継いだ力ですか。やはりデタラメに強いですね」
アメリが冷徹に吐き捨て、爪先から更なる魔力を爆発させる。
彼女は空中でくるりと身を翻し、周囲の空間へ同時に数十の魔法陣を展開した。
「けど、私もそこへ届きつつある」
無慈悲な合図とともに、魔弾の雨が僕たちを襲う。
数百発の魔弾が、途切れずに襲い掛かる。
龍人の耐久力で無理やり突っ込み、アメリに殴りかかる。
「アメリ、目を覚ませ!」
「貴方のそういうところが、嫌いなんですよ!」
拳が届く直前、アメリが霞の様に消えた。
「なっ、どこに……」
辺りを見回す、いた。木の上、およそ十メートル離れた先、アメリがいた。
「どうやって……」
「コウ!二人が……!」
マナの叫びで、後ろを振り返る。
魔弾を避けきれなかったのだろう。マナの体は傷ついていた。
そして、ムサシとタリア、二人の姿がない。
「ムサシが捌ききれなくて、タリアも流れ弾に当たって、二人とも渓谷に落ちたの!」
渓谷……!?まさか、あの闇の奥に渓谷があったのか。
「あっはっはっは!鈍臭すぎでしょ!面白~い!」
アメリが手を叩きながら高笑いする。
まるで無邪気な子供の様に。
「面白い物も見せてくれたことですし、今日は見逃してあげますよ。
では、終末の日までさようなら」
アメリは闇の奥へ去っていく。
僕はその背中を捉え、完全に消えさる前に呟いた。
「……スクロールコピー、アメリ」
個体名:繧「繝。繝ェ繝サ繝ゥ繧ソ繝シ繝医?繧ォ繝シ繝弱ヰ繝ォ
種族:遐エ貊??蛹冶コォ
能力値:▼
生命力:N/A
魔法力:N/A
抵抗力:N/A
攻撃力:N/A
精神力:N/A
レベル:99999999999
所持スキル:『終末魔法』『神の隠し子』『?????』『???????』『????????』『??????』『???????』『????????』『??』『?????????????????????』
所持スキルポイント:-1
実績:『世界の破壊者』『破滅を受け入れよ』『終末が訪れる』『殺せ』




