表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/48

第45幕

 最後の一体が、むせび泣くような声をあげ、崩れ去った。

 夜風が吹き渡ると、土の山はサラサラと流れ、冷たい大気のなかに溶けあっていった。

 土くれは大地にかえり、無念の嘆きはレラの睫毛まつげでていく。

「掃除は終わりました……母様」

「そのようですね」

 二人は向きあった。

 リヨネッタは、レラを静かな眼差しで見つめている。体が微かに震えているのは、恐怖からではなく、魔力が底を尽きかけているからだ。

「なぜなのです、レラ」

 それでも彼女は、膝を折ろうとはしなかった。立っているのもしんどいだろうに。

「なぜあなたは、そうまでしてあの王を守ろうとするのです。あなたにとっても、父親の仇なのですよ」

「お母さんは、この国もこの国の人たちも愛してました」

「…………」

「だから王が死に、この国が乱れたら、お母さんが悲しみます」

「そうですか」

 姉さんらしい、とリヨネッタは呟いた。

「ですが、まだ詰めが甘い」

「えっ?」

 不意にレラの足元の土が隆起し、一体の土人形が生まれでた。

「な……」

 土人形が、レラの腰にがっしりとしがみつく。

 デイジアの姿で。

「!?」

『ウフフ。レラ、会いたかったわぁ』

 デイジアは虚ろな目で笑った。口のなかが、深淵のように暗かった。

「母様、あなたは……!」

 デイジアが、力強く、レラの腰を締め上げる。

「ぐっ……」

 内臓がひしゃげるほどの激痛に、レラは呻いた。

 デイジアの腕を引きはがそうとするが、ぴくりとも動かない。むしろ締め上げる力はますます強くなっていく。

『ねえレラ。わたし、お腹空いちゃったぁ。ご飯まだぁ?』

 どす黒い低周波が混ざったような声で、デイジアがごろごろと甘えてくる。

「デイジア姉様……はなして……」

 そのとき、レラの目の前の土が隆起して、さらにもう一体の土人形が生まれた。

 血染めの美しいドレスを着て、シンシアの姿をした土人形。

「シンシア姉様……」

『レラ、今度こそあんたを殺してあげるわ』

 シンシアは、さも愉快げに笑った。虚ろな目と、深淵の口から流れる黒血をてらてらと輝かせながら。

「母様、自分が何をしてるか判ってるのですか!」

「それが魔女というものです」

 実の娘が土人形と化し、醜い姿で現れても、リヨネッタは眉ひとつ動かさない。

「この程度で狼狽うろたえているようでは、まだ半人前もいいところですね」

「……正気じゃない」

「そんなものは、とうの昔に……姉さんを殺すと決めた日に失くしています。さあ、我が娘たちよ!」

 シンシアが短剣を両手で掲げ、にたりと笑い、レラの喉元目がけて振り下ろした。

「くっ!」

 その手首を掴む。

『往生際が悪いわよ、レラぁ』

 シンシアの腕に力がこもる。短剣の刃が、じわじわと喉に迫ってくる。

『ねえねえ、お腹空いたってばぁ』

 腰にしがみついたデイジアが、台詞だけは無邪気に、レラの体を締め上げてきた。

「がはッ!」

 激痛に顔が歪む。

 シンシアの短剣の刃が、喉に触れた。その先端が食い込み、ぷつりと血が溢れだす。

『さっき私を殺したんだから、今度は私に殺されなさいな!』

『レラぁ、早く早くぅ!』

「……いい加減に」

 レラが歯を食いしばる。その肌から、無数の光の粒子が浮かび上がってきた。

「これは……」

 リヨネッタの顔に初めて動揺が走る。

 輝きは徐々に増してくる。

「まさか、サンドラ姉さんなの?」

 レラの肌に浮かんだ粒子。それは彼女が地下水路で浴びた、サンドラの灰だった。

「もういい加減にして下さい……姉様ぁ!」

 レラが絶叫する。

 無数の粒子が……サンドラの灰が、凄まじい勢いで四散した。

『レラァァッ!』

『レラぁぁっ!』

 シンシアとデイジアの体が吹き飛ばされた。

『……アアァァァ……』

 その体が、跡形もなく霧散する。

「なんという……」

 愕然とするリヨネッタ。いまや彼女は完全に独りだった。

「レラ、これを!」

 ユコニスが、レラに向かって彼女の短剣を投げて寄越した。先程の爆発で、先王の土人形も消滅したようだ。

 空中で巧みにその柄を握り取ると、レラはリヨネッタに向かって踏み込んだ。

「母様!」

「まだです!」

 リヨネッタが咄嗟に両腕を前にかざす。その先に、円形状の光の盾が出現した。

 短剣と光の盾が交錯する。

 バシッ!

 光が爆ぜた。

「くっ!」

「ぐ……」

 光の盾が、レラの刃を正面から受け止めていた。

「まだ!」

 レラの魔力が、光の奔流ほんりゅうとなって短剣に流れ込む。徐々に光の盾を圧倒していく。

 リヨネッタの額に脂汗が浮かぶ。

「この程度で終わる訳には……!」

 リヨネッタが目を見開いた。光の盾に残る全ての魔力を注ぎこむ。

「あぐ……」

 今度は光の盾がレラを押し返した。

 レラの額にも脂汗が浮かんだ。

「これが……」

 あれだけの魔力を放出しながら、まだこれほどの力を有しているとは。

「がはッ!」

 リヨネッタが吐血した。

 それでもまだ、彼女は魔力を放ち続けた。

「母様、そんなになってまでも、まだ続けるというんですか」

 リヨネッタは蒼白の顔で、血走った目で、レラを睨んだ。

「これが魔女の……わたくしの生き様なのです。わたくしには、もうこれしか残されていないのです」

「だからって……」

「あなたもそうでしょう、レラ」

「え……」

「己が命を懸けて、母の仇を討ちにきたのでしょう」

「…………」

「それこそが人の情念。人のあるべき姿です」

「情念……」

 ピシリ。

 レラの短剣の刃に、ひびが入った。

 同時にリヨネッタの光の盾にも、亀裂が走った。

「正義でも悪でもない。理性や理屈でもない。情念の強い方が勝つのです」

 リヨネッタが最後の魔力を振り絞った。盾がさらなる閃光せんこうを放ち始める。

「く……」

 魔女リヨネッタの情念に、レラは気圧けおされた。

 短剣に、さらに皹が入る。

「レラ」

 不意にレラの手を、何者かの手が包みこんだ。

 ユコニスだった。

「だめ、逃げて。あなたまで巻き込んじゃうわ」

「今度こそ君を守りたいんだ。力不足かもしれないけど」

 ユコニスの手に力が込められた。その温もりが、まるで浄化するようにレラの体を駆け巡った。

「ありがとう」

 レラは短剣を握る手に力を……ありったけの魔力を込めた。

「見せてみなさい、あなたの情念を!」

「母様!」

 レラの短剣とリヨネッタの盾に、最後の情念が迸る。

 カッ!

 エネルギーがぶつかりあい、ついに空間が爆発した。

『!!』

 短剣と盾が粉々に砕け散った。

 レラとユコニスの体が吹き飛ばされ……周囲はまばゆい光に包まれた。

 世界は白く染まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ