Case2.小人の家
ふと目を覚ますと、そこは森の中ではなかった。私の顔を、心配そうにのぞき込むのは、七人の小さなおじいちゃんたち。彼らは一斉に口を開く。
「おお、 目を覚ましたぞ!」
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「森の中で倒れていたんだよ、危ないところだった」
「どうだい?しばらく泊まって行かないかい?」
「元気になるまで、いつまでもいていいさ」
「ついでに家の中を綺麗にしてくれるとうれしいなぁ」
「帰ってきたら美味しいご飯があるとさらに嬉しいなぁ」
次々と喋り出すおじいちゃんたち。小さな布団に寝かされたあたしは、寝起きと圧倒で、ただボーゼンとしていた。
「お嬢ちゃん?」
「大丈夫かい?」
「ほら、一斉に喋り出すからだよ」
「被せてきたのはお前だろう」
「えぇ? 僕だけのせいじゃないよ、君だろう」
「なんだ、俺のせいか?」
「そうだそうだ」
七人の小人たちは、今にも喧嘩しそうだ。まだはっきりしない頭を叩いて、言葉を探した。喧嘩の仲裁は、明兎の方が得意なのになぁ。
「あきと……」
名前を呟いて、思い出す。さっきまで隣にいたのに。ずっとそばにいたのに。だから、あの怖いおばあさんも、明兎を助けるためなら、焼き殺したって構わなかった。
「明兎!」
小人の喧嘩もよそに、私は布団から飛び出す。小人の家の中を探し回って、そのまま外に飛び出した。
声が聞きたい。会いたい。会いたい。
森の中を走り回る。だけど、明兎はどこにもいなかった。縺れた足がぺたり、あたしを森の中に座り込ませた。少しして、小人たちがあとを追いかけてきて、あたしの周りに集まった。
「お嬢ちゃん、誰かを探してるのかい?」
「残念だけど、僕らが見つけたのは君だけだ」
「お嬢ちゃん以外の人影はなかったよ」
「ごめんな」
「……おうちに帰ろう」
「ここは危ない」
「悪い魔女に殺されてしまうよ」
そういう七人は、少し困った顔をしていた。だけど、そんなことよりも。
「え……、まじょ?」
魔女、それは? 焼き殺したはずのおばあさん? 他にそう呼ばれている人がいるの? 汗が背中を伝った。
「お嬢ちゃん」
「魔女を知らないのかい」
「この森には魔女がでるんだ」
「美しい女性ばかりを狙って殺してしまうらしい」
「お嬢ちゃんもかわいいから狙われてしまうかも」
「魔女の正体はお妃様だって噂もあるよ」
「あの大きなお城のお妃様は、自分が1番じゃなきゃ嫌なんだって」
小人の一人が指をさした先には、昔に憧れた、素敵なお城が見えた。真っ白で優雅なそれは、どこか陰鬱にその姿を映す。
「さあ、早く」
「家へ帰ろう」
「日が暮れたら大変だ」
「お腹空いた」
「お前はそればっかりだな」
「じゃあ、お嬢ちゃんの歓迎パーティーでもしようよ」
「それいいね! 決定だ!」
何故かお城から目が離せないでいると、小人に腕を引っ張られた。何となく、何となくだけど、あのお城に行けば、明兎に会える。そんな気がした。
「嘘でしょ……」
改めて小人の家を見渡した時、あたしは愕然とした。散乱したお洋服、洗われていない食器。床にちらばったゴミたち。そりゃ、男性七人で住んでいれば、多少汚くても目は瞑ることが出来る。だけど。
「汚すぎる!」
あたしはこの汚部屋の中から、箒とぞうきんを引っ張り出した。ゴミだけを綺麗に掃いて、外へ追い出す。お洋服達はまとめて洗濯。ちょっと気に入ってた水色のエプロンドレスは、汚れてしまっていたので一緒に洗濯した。その代わりになったのは、昔ここにいた女の子の忘れ物。長い黄色のスカートがかわいい。
「わあ、お嬢ちゃん似合うよ」
「あの子にそっくりだ」
「それは嘘だよ、彼女は髪が短かった」
「それにもっと肌が白かった」
「でも負けてない」
「うん、とっても綺麗だ」
「そうだね、とってもかわいい」
お皿を洗うあたしの周りで、言い合ったり褒めてきたり。すごく嬉しそう。まるで白雪姫になったみたい。まあ、この小人たちの言う通り、色白でも綺麗なショートヘアでもないのだけど。
「ありがとう、小人さん」
素直にお礼をいうと、彼らはさらに喜んだのか、小躍りしながら笑った。
「今日はごちそうにしよう!」
「お嬢ちゃんの歓迎会だ!」
「やっぱりお肉は欠かせない」
「久しぶりにお酒も開けよう」
「かわいいかわいいお嬢ちゃん」
「ようこそ!」
「僕らの家へ!」
それから宴は夜更けまで続き、すっかり騒ぎ疲れてしまった。ぱたり、小さいベットに倒れ込んだあたしを起こしたのは、小鳥の鳴き声。
「ん……」
目を覚ましたら、小人たちは既にいなくて、テーブルの上に書き置きが。
『仕事にいってくるよ。僕達以外に戸を開けないこと!』
「分かってるし」
過保護なメモにくすりと笑う。メモをそっとポケットにしまって、お布団でも干そうか、そう思った時だった。とんとんとん、木戸を叩く音がした。もう帰ってきたのかな、忘れ物かな。
「はぁーい」
戸を開けると、そこに居たのは小人たちではなく、黒いローブを纏ったおばあさんだった。ふっと、あの日の光景が甦る。思わず身構えた。
「こんにちは、お嬢さん。真っ赤なりんごはいかが?」
「り、りんご……?」
思っていたより綺麗な声と、差し出されたりんごに拍子抜けする。なんだ、こんな所でも訪問販売なんてあるのね。
「ごめんなさい、りんごはいらないの」
あたしが断っても、おばあさんは食い下がる。
「そう言わずに、新鮮なりんごだよ。よかったら食べてみておくれ」
そう言うと、あたしの手にりんごを置いた。さぁ、と言われても、知らない人から貰ったものは食べちゃダメと教わっている身。躊躇っていると、おばあさんはカゴから、もう1つりんごを取り出した。そして、ローブの端でピカピカに磨いて頬張った。
「あぁ、美味しい。……ほら、何ともないだろう? 気に入ったら、貰っておくれ」
「……じゃあ、いただきます」
おばあさんの元気な様子を見て、あたしはりんごを口にした。その時。
「っ……!? ごほっ……」
手がしびれて、りんごを床に落とした。立っていられなくて座り込む。呼吸が浅い、鼓動も僅かに早まっていく。どうして、苦しい。
「死ぬほど美味しいかい?」
そう笑うおばあさんの顔を最期に、あたしの視界は消えた。