保安隊海へ行く 41
ホテルの地下はまるで雰囲気が違った。上の階の華やかな落ち着きと違うどちらかと言えば危険な香りがする落ち着いたたたずまい。案内板を見ればシャムなどがドンちゃん騒ぎをしていた場所とは隔離されているようで実に静かな雰囲気のバーに要が向かう。誠もその後に続き、要の隣のカウンター席に腰掛ける。
「いつもの頼む」
慣れた調子でバーテンにそう言うと、要は手袋を脱ぎ始めた。バーテンはビンテージモノのスコッチを一瓶とグラスを二つ、二人の前に置いた。
「柄にもねえことするからだな。罰が当たったんだな。そう思ってんだろ?」
要はそう言いながら氷の満たされたグラスを手にした。
「そんなこと無いですよ!僕が、その……ええと……」
「気にすんなよ。アイシャの口車に乗ったアタシが馬鹿だったんだ」
スコッチが注がれた小麦色のグラスを目の前に翳しながら誠を見つめる要。誠も付き合うようにして杯を合わせた。
「言い出したのはやっぱりアイシャさんですか」
「あのアマ」
そう言って言葉を飲み込みながらスコッチを舐める要。なじんだ場所とでも言うように店に並ぶ酒を見つめる要の目は安心したと言う言葉のために有るようにも見える。誠はそう思いながら苦いスコッチを舐める。舌に広がるアルコールの刺激。それを感じてすぐにグラスをカウンターに置いた。
「やっぱこっちのほうが合うぜ、アタシは。ああいう世界が嫌いで軍に入った癖に、三つ子の魂百までってのは本当だな」
誠も同じ気持ちだった。今の要の姿はまるで舞踏会を抜け出したじゃじゃ馬姫のようだ。その方が彼女にはふさわしい。口には出さないが誠は要を見ながらそんなことを考えた。
「でもリアナ中佐は喜んでたじゃないですか。人によるんですよ」
そんな誠のフォローに心底呆れたような表情で彼を見つめる要。
「お姉さんが喜んでもな」
ふと見た要の顔に悲しげな影がさしているように誠には見えた。
「やっぱりあれですか、西園寺さんはああいった食事をいつも食べてたんですか?」
誠は話題が思いつかずに地雷になるかも知れないと感じながらそう言った。
「うちは和風……と言ってもお袋は料理なんか出来ないから、全部家政婦任せだけどな。まあ政治家の家庭って奴だからああ言うパーティーには餓鬼の頃から出てたのは確かだけど」
そう言ってまた一口、ウィスキーを口に含む要。
「うちの母は料理が趣味でしたから。まあ和風と言えば和風の料理ですけど、時々お試し料理と言ってなんだかよく分からない料理を食べさせられることも結構ありましたけどね」
誠も付き合うようにグラスを傾ける。
「確かにお前のお袋の料理は旨いよ。この前アイシャにコミケつき合わされたときにでた里芋の煮っ転がしなんて料亭に出せるくらいだったもんな」
二週間ほど前、東都の下町にある誠の実家の剣道道場を借り切ったお祭り騒ぎのことを思い出した。そのときに見れたいつもの笑顔が要の中に見えた。誠はそれがうれしくて要の空になったグラスに酒を注いだ。
「来年はシャム達の方に顔出すか」
ようやく吹っ切れたように要は伸びをした後、誠が注いだグラスを口元に運んだ。




