保安隊海へ行く 35
もはや夕日は落ちていた。わずかに西の空に赤い色が残っているほかは、もう紺色の夜が辺りを支配しつつあった。
「しかし、日本語。お上手ですね」
じろじろと二人の男に見つめられるのに食傷してそう誠は話しかけた。
「ああ、日本に駐在していた期間が長いものでね。ちなみに岡部中尉は日本の……」
「横浜生まれですよ」
『横浜』に力を入れるジョージ。誠は愛想笑いを浮かべてそれを受け流す。東和と同じ日本語文化圏の日本。当然だが一般庶民の誠にははるかに遠い世界。コピーと呼ばれることが多い東和には無いプライドがあるのだろう。誠はそう思いながら心の中で『横浜』と言う言葉を繰り返し聞いていた。
「それにしても東和の気候は実に日本のそれに似ているものだな。しかも誰もが日本語を話し、顔も日本人と区別がつかない」
ロナルドはそう言って湯船の中で足を伸ばす。リラックスしているように見える彼だが、誠は後の上官と言うこともありゆっくり出来ずに彼の言葉に応えた。
「まあ遼州人は元々極東系アジア人と見た目では区別がつかないですから。僕も地球人の血はほとんど入っていないって、軍に入ったときの遺伝子検査で言われました」
その言葉に大きく頷く岡部。少しばかりその態度が気になる誠だが、黙ってお湯で顔を洗う。
「しかし、それ故に問題が起きる可能性が大きい」
誠から目をそらし正面を見据えたロナルドが自分自身に言い聞かせるようにそう言った。言いたいことはわかっていたが、自分では言うつもりは無い。そう言う表情のロナルドにつり出されるように口を開く誠。
「法術のことですね。おっしゃりたいことは」
自分でも厳しい顔をしているらしくロナルドは少し呆れたような顔で誠を見つめてきていた。一月前。胡州帝国海軍でも屈指のやり手であり、貴族主義者として知られた近藤忠久中佐の起こしたクーデター未遂事件。それがただのクーデターであれば誠は目の前の二人のアメリカ軍人と顔を合わせることは無かったろう。
それはある一人の人物により政治的なデモンストレーションの舞台となった。
嵯峨惟基。
遼南新王朝の前皇帝であり、退位後は本人の『楽隠居する』と言う発言が多くの首脳部の疑心暗鬼を生み、ほとんど無理やり遼州同盟機構の司法実力部隊、通称『保安隊』の隊長を押し付けられた男。
彼は公然の秘密とされ、誰もが表に出すことを憚っていた遼州人の特殊能力『法術』の存在を全銀河にアピールする舞台としてこの事件を選んだ。この東和にも1億の遼州系の血を多く受け継ぐ人々がいる。その中に誠と同じく法術を使うことが出来る人間がいる。これまで触れることすら避けられていたその事実を嵯峨はその政治力で表ざたにし、その力の軍事利用を放棄する声明を大国に発表させることに成功した。
『あれだけの大芝居を隊長が打ったんだ。アメリカが動かない方がおかしいか』
誠は頭の中でそう思った。
「それが国益を守るということですから」
ジョージが突然口にしたその言葉に、誠は驚いてその顔を見つめた。
「岡部中尉。プライバシーというものがあるんだ。むやみに人の思考を読むのは止めたほうがいいな」
余裕のある態度でロナルドがジョージを制した。思念傍受。嵯峨も使えるどちらかと言えば微力な法術能力で発動可能な力。だがそれゆえに相手にすると厄介なのは誠も十分知っていた。
「わが小隊の法術師、法術戦適応アサルト・モジュール、M10A5のパイロットは彼だ。岡部、君は仕事熱心なのは認めるが、今の我々はオフなんだ。楽しく温泉を満喫した。それでいいじゃないか」
そう言うとロナルドは立ち上がった。ジョージも釣られて立ち上がる。
「それでは神前曹長。また会うことになるだろう」
そう言うと軽く手を振りロナルドは脱衣所へ消えていった。




