保安隊海へ行く 26
「何、これ」
秀美は静かにディスクを受け取る。何の変哲も無いデータディスク。親指の爪ほどの黒い板をじっと見つめる秀美。吉田はそれが何かを知っているとでも言うようにソファーで静かに頷いていた。
「プレゼント。という事でどう?」
嵯峨はニヤリと笑う。秀美は嵯峨の言葉遣いに彼を見つめて一瞬ハッとした後、照れるようにディスクに目を移す。
「見ないんですか?隊長は」
不満そうに呟く吉田。彼の不満そうな表情から秀美はそのディスクの内容があまり公に出来ないが重要な情報が詰まっていることを察した。
「見たよ。よくやってくれたねえ。まあ予想の範囲内ってとこか」
「近藤資金の流れ?」
安城は軽く掻き揚げると足元のかばんを開き、バインダーを取り出して並んだ同じようなディスクと一緒にそのディスクをしまった。
「上手い事、公然組織に分散してたからね。末端までたどるのに苦労したよ」
「俺のデータにいくつか加筆したわけですか……」
見上げた吉田の先に、いつもの通り眠そうな嵯峨の瞳が漂っている。
「東ムスリム革命戦線、皇国の旅団、日本解放戦線。まあぞろぞろと出て来る出て来る。金持つと人間変わるってのがよくわかったよ」
「そのあたりの名前と金の流れだけならこれをもらう必要なんて無いわね。何か掴んだの?」
秀美の目がまた鋭く嵯峨を睨みつける。
「南都の米軍基地を標的にした自爆テロ。確か現役の海軍兵士が20名程お亡くなりになった事件。ありましたよね。あれからもう三ヶ月だ。遼南の警察当局もがんばっているねえ、俺の耳につまらない話が聞こえなくなったよ」
「遠まわしな言い方は無駄よ。とりあえず何が言いたいのかしら?」
苛立つ秀美に笑顔で答える嵯峨。
「それ以降、何処の紛争地帯でもこの手のテロは発生していない。先週の日本の成田の乱射事件も射殺された日本解放戦線のメンバーには遼州系の参加者がいたにもかかわらずだ」
秀美は嵯峨を見つめた。物悲しげな殺気を感じないその表情。だが彼女はその表情を見るとどうしても目の前の男に近づきがたい雰囲気を感じる自分があることを知っていた。
「近藤事件以降、テロ組織が方針を転換したとでも?」
ようやく気がついたかのように秀美はそう言った。
「そのあたりを頭に入れてそのデータを見ると納得が行く。非公然組織への資金供与や政界工作の為に流れていた資金だけど、俺が見ただけでも数倍の金額が消えてなくなっている。近藤の石頭に私的流用なんて器用なことできるわけが無い」
「つまり、正体不明の資金がどこかに流れ込んでいるって言う訳?確かに胡州の公安憲兵隊が近藤中佐の公然組織名義でプールされていた資金があまりに少ないのには私も唖然としたけど」
嵯峨はボールペンを握ると頭を掻き始める。
「その……ねえ。ディスクを見てもらえればわかるけど、金額が金額だ。僕がつかめる範囲での新しい情報が入ったら連絡させてもらいますよ」
そう言うと嵯峨は立ち上がった。
「それでさあ……秀美さん。上手い蕎麦屋があってね、これから暇なら昼飯くらい……」
揉み手でもしかねない態度の変化。秀美はいつもそんな豹変する嵯峨に振り回されてきた。
「残念だけど、これから会議なのよ。『彼女』の件で」
そう言うと秀美は悪戯っぽい笑みを浮かべる。嵯峨の笑みが『彼女』と言う言葉を聞くと一瞬だけ残念そうな表情に変わるのを吉田は見逃さなかった。
「良いじゃないの、ここまで足を伸ばしてもらうなんてことはそうないんだからさ」
食い下がる嵯峨だが、秀美は渡されたディスクを持っていたバックにしまった。
「また今度にしましょう。彼女ったら結構まめなのよね。どこかの誰かさんとは大違い」
秀美はそう言うと親しげな笑みを浮かべて部屋を出て行く。
「笑うなよ吉田……」
振られた嵯峨を見て笑う吉田に情けない顔を晒す嵯峨だった。




